意思のために
ポーラが幽閉されているのはウイスト城にある3つの塔、その1つのちょうど真ん中あたりだ。
一応その塔へと直接繋がる地下道もあるらしいが、おそらくなにかしらの罠があったり、塞がれている可能性を考慮して別の場所から侵入することになっている。
作戦としてはブルートとミュースが正面からそれぞれの騎士団の団長として突入、一部の視線をそこへと向ける。
それでポーラを監視する戦力は減らずとも塔の周りを歩き回る周りにいる者たちの数は減らせる。
その下がった密度の場所から地上へ出て塔へと向かう。
地上に出てからはライトが周りの視線を集め、その間にナナカたちがポーラを救出し、脱出。
そのまま王都へと向かうことになっている。
作戦を改めて確認しながら地下道の入口へと向かう中でナナカがこぼす。
「頻繁に行って2人とも怪しまれたりしないのかな?」
彼女の疑問はもっともだ。
西副都ウイストはたしかに副都だ。
だが、聖歌、飛竜騎士団の団長の2人が代わる代わるに赴き、最終的に2人同時に来るというのは頻度として少し高いような気がする。
そのウイスト城にいる者たちも同じように感じていれば怪しまれてしまうかもしれない。
彼女と同じような疑問と懸念を持っていたライトは周りにいる者たちへと問いかけるように言う。
「それは俺も思う。
どうなんだその辺り」
2人の疑問に答えたのはゼナイドだ。
「いや、副都であればそう珍しくもない。
特に飛竜騎士団と聖歌騎士団はな」
「なんで?」
「式典などでパフォーマンスをしますから。
そのすり合わせの確認、とでもいえば騎士や貴族たちにはそうそう怪しまれませんよ」
ミーツェの答えに2人は納得できたようで揃って「へ〜」と相槌を打ったがウィンリィがそれに待ったをかけた。
「いや待て、近い日に式典なんてあったか?」
式典が近くなければ準備という名目で行っているのであればそれがないと不自然になるはずだ。
しかしゼナイドは心配はないと首を横に振る。
「式典の準備は数ヶ月前からしている。
もちろん、簡略化されたりあまりにも突然に開かれるものは例外だがな」
「では、西副都の王、ベルファル王はどうするのだ?
騎士とか貴族へは式典準備として納得できても王様までは納得できまい」
デフェットの言葉にはっきりと否定を示したのはミーツェだ。
「いや、問題はありません」
「なぜ言い切れる」
「ディザスターの件があるからですよ」
そこまで聞いてデフェットは腑に落ちたようで「なるほど」と頷いた。
そう、むしろ王からしてみれば2人が来ることは予想できることだ。
北、東、南副都はディザスターを倒すために動き始め、西副都へもそれに合流するように言っている。
その流れに騎士団が乗ったとしてもおかしくはない。
「重要なのが王も我々の本当の目的を知らないということだ。これで不意をつける」
「なんか……騙してるみたいですごく嫌な気分」
「我慢してください。今はこの方法しか取れないのです。ライト様もその辺りは頭に置いてください」
「わ、わかってるよ」
ナナカと同じことを思っていたライトはミーツェに釘を打たれて素直に頷いて地下道へと向かう。
◇◇◇
地下道は用水路を兼ねたものだ。
天井や壁、床は石レンガで作られている。水場らしく所々には苔が生えていたりと肌に張り付くような水気を帯びた空気が流れている。
そんな道への入り口は草葉と土の山に埋もれるような場所に存在していた。
ライトたちはその前に集まっていた。
「入り口、いやこの場合は出口か?
とにかく誰も守ってないんだな」
「まぁ、ここは村からも少し遠いですし、街道から外れていますから」
ウィンリィの疑問にミーツェは答えながらしまっているシンプルな鉄柵の扉に近づく。
罠がないのを確認すると柵の間から腕を通し内鍵を外し、扉を開いた。
「そんなところに騎士なり人がいればむしろ目立つ、か」
「そっか。ここ森どころか木もないから野宿しようとする人も来ないし、他の生き物もあまり住処にはしないんだ」
「そういうことです。ナナカ様」
ミーツェが素直に褒め、ナナカは照れ臭そうに頭を掻きながら「えへへ〜」と笑う。
そんな彼女から視線をライトへと向けて問いかける。
「ライト様、どのような順で入りましょうか」
「ん? んー、そうだな。ミーツェが先頭なのは絶対だろ?
広さは……そこそこあるけど余裕を考えると2人、か。
後のことを考えて俺は殿だろ?」
頭を捻るライトへとゼナイドが軽く手を挙げて口を開いた。
「では、私が先頭に行こう。
この中で城内を知っているのは彼女と私だからな」
「たしかに。なら、ナナカとデフェは真ん中で、ウィンは俺と一緒に後ろだな。
みんなもそれでいいか?」
ナナカはエクスカリバーの所有者ということで可能な限り保護、デフェットは魔術を用いた罠を見抜くために真ん中に置く必要があるため、残ったウィンリィは自ずと後ろになる。
他の者もライトがそのような考えから出た言葉であることを理解しているため、確認を取る彼の言葉に手を挙げる者はいなかった。
それを確認してライトは右腕をマントから取り出し、取り付けた。
「よし、なら突入開始といこう」
彼らは思考を戦闘準備へと切り替えて脱出路である地下道へと歩みを進めた。
◇◇◇
西副都の王、ベルファル・ツー・ウイスト王は他の副都の王に比べて少々若い。
顔にシワもあまりなく、髭も蓄えていない姿は威厳というものが少し感じられないが、代わりにこれから先の姿を想像させる若々しさがある。
そんな彼の執務室にブルートとミュースはいた。
「私は中立、関わらぬと言ったはずだが?」
顔は若々しいが鋭い視線や声そのものには王らしい気風を感じる。
それに物怖じせず、ミュースは答える。
「そういうわけにも行かぬのです。ベルファル様。
3つの副都の王たちは乗り気です」
「そう、我々飛竜騎士、聖歌騎士も。ゆえに他の騎士たちも近い未来合流するでしょう。
ここで道を違えれば……」
「しかし、アルルハイド王は違うのであろう?」
2人は揃って奥歯を噛む。
その反応を見てベルファルは息を吐き目を閉じた。
そしてゆっくりと開くと同時に口も開く。
「この国はアルルハイド王、セントリアナ家を頂点として繁栄を得ている。
王が認めぬうちに動くわけには行かん。それが良き配下というものだ」
「私としては異議がある答えですね」
驚いた様子でブルートが視線を向ける中、ベルファルが一段、声のトーンを下げて問いかける。
「レイヴィ卿、今なんと?」
「異議があると言いました」
だが、威圧に気圧されることなくミュースは堂々と胸を張りながら続ける。
「上が間違っているのならば指摘するのもまた良き配下の仕事です。
ただ“あの方が言っているから”という理由で考えもせず、実行するだけの存在に価値はありましょうか?」
「王が間違っている、と貴卿は言うか?」
「そこまでは申しておりません。
アルルハイド王もまた民たちの幸福を祈っている。
その思いは本物でしょうし、そのお考えも私には同意できる部分があります」
「ではなぜ貴卿は、否、貴卿たちは争いへと、分裂へと進む。
これは反逆となるぞ」
「私たちは王の座を狙っているのではありません。
誰かから死ねと言われて死ぬのではなく、自らが首を断てる世界のために戦うのです」
自らが首を断てる世界のために戦う。
それは自分の生と死を選べる世界のために戦うと言う意味だ。
例えどれほど難くとも、どれほど厳しくとも自分が目指す場所へと手を伸ばせる世界のために戦うとミュースは決めたのだ。
それゆえにベルファルへと彼は言葉を向ける。
「お言葉ですが、ベルファル様。
自分の正き答えは己の中にあるものです。
貴方様ご自身も一度、自身に問うてみてはいかがでしょうか。
己が望むものを、己が望む未来を、世界を」
ミュースは毅然とした態度で言い締めた。




