救出作戦
脅威が目の前にあろうとも生きていれば腹は減る。
あれから太陽は沈み、それが照らしていた地面を月が照らす頃。
ライトたちはダイニングに集まって食事を取っていた。
それぞれの皿が空になったのを見てマーリンが話を切り出す。
「では、今後の行動について話すとしようか」
「今の目的としては3つ。
ポーラ様の救出とガラディーンの回収、王の説得って認識なんだけど合ってるか?」
ウィンリィの確認の言葉に全員が頷いた。
最終的な目標がディザスター討伐であるのに間違いはないが、その前にやることがその3つだ。
「優先するのはポーラ様の救出だな」
「です。私もライトの意見に同意します。
救出後に共に城へ赴く方が良いでしょう」
ポーラの救出を優先するのはライトの心情を考えて、というわけではもちろんない。
彼女の地位としては第3王女。
相手はそれよりもさらに上の立場である王ということがネックではあるが、少なくとも貴族の一部を取り込むにはかなり大きいことに間違いはない。
幸いなことにガラディーンも王も所在は王都だ。
であれば先にポーラを救出しその足で王都へと向かった方が手間は少ない。
ただ、ライトの中には1つの懸念があった。
「でも、これって大丈夫なのかな」
「大丈夫っていうのは?」
「この国を分断することにならないかってことだ。
ナナカならわかるだろ?」
「あ、そっか。今の状況って」
そうこの構図は勇者派とライト派で貴族が二分した時とそっくりだ。
ライトの懸念とは王派とポーラ派の2つに国が分かれるのではないか、ということだ。
彼としては多少思うところはあれどセントリア王国そのものに恨みはなどない。
それにディザスターから救った後、2つに分かれたまま混乱し、それが原因で滅ぶなど寝覚めが悪い経験はしたくないのだ。
それを察していながらも口を開いたのはミュースだ。
「私が言うのもなんですが、その時はその時です」
「それは、そうだろうけど」
「それに、多数の犠牲が出ようとも世界だけは残る。
それが残っていればまた立ち上がれる強さが世界にはあります。
あなたは……いえ、私自身もですが今はディザスターを倒すことを考えるべきです」
「同感だな。
俺たちがいくら頭を捻ろうともそこだけは変わらん。
騎士やら貴族やらの混乱は、そっちに任せるしかない」
バウラーに視線を向けられ、ブルートは頷いて安心させるように胸を張った。
「おう、どうにかするさ」
しかしブルートのそのふわふわとした表現の仕方にライトは眉をひそめる。
「どうにかって、どうやるんだ?」
「お前そりゃ、どうにかだよ」
改めてどこか他人事のように発せられた言葉に露骨に不満気な表情を浮かべるライト。
そんな光景を見ていたミーツェが逸れかけた話を元に戻すため、咳払いをした。
「ポーラ様の救出をするのであればそう相応の準備が必要です」
準備とはどのようなことをするのだろうか。と各々が考え始めるのと同時、ウィスが手を挙げながら問いかける。
「侵入ルートってすでにあるのかしら〜?」
「はい。例に漏れず西副都の城にも緊急時の脱出ルートがありますからそこから侵入します」
はっきりと言い切ったが同時に顔を曇らせた。
誰かがそのことを突っ込むよりも早く彼女は再び口を開いた。
「いくつかそれらしきものを見繕っていますが、9割は偽装されたものと考えた方が良いでしょう」
「つまり、侵入は可能だが時間がかかる、ということか?」
ゼナイドの質問にミーツェは頷いた。
彼女たちの会話が区切られるのを見計らって提案を上げたのはブルートだ。
「裏が難しいってんなら逆に表から入るのはどうだ?」
「あぁ、なるほど。飛竜騎士団と聖歌騎士団2つの視察要請であればいくら副都といえど拒むのは難しいでしょうね。
ミーツェ、と言いましたか。どうですか?」
「……内部から調べることで正規の脱出ルートが絞り込めるようになるやもしれません」
ミーツェは言うとライトへと視線を送る。
彼女が求めているのはブルート、ミュースとの同行だろうことはすぐにわかった。
そのため、彼は首肯に続けて言う。
「わかった。なら、ミュースは2人について行って情報の収集を」
「かしこまりました」
「じゃ、残りは3人が情報を持ってくるまでどこかで待機って感じか?」
そう確認を取ろうとしたウィンリィにライトは頷こうとしたが、バウラーとマーリンはそれを止めるように手で制した。
2人はどちらから言おうか目を合わせたが真っ先に譲ったのはマーリンだ。
会釈してバウラーは口を開く。
「悪いが、俺は一度ほかの連中にこのことを伝えるために一度村に行きたい」
「わかった。えっと、マーリンは?」
「ああ、すまんが。魔術師の2人、えっと……ウィスとレーアじゃったか? はここに残ってくれんか?
少々頼みたいことがあるのでな」
「どうします? ウィス」
「ん〜、どうするもこうするも賢者様に言われちゃったら従うしかないわね〜。
レーアちゃんもそうでしょ〜?」
頷いたレーアはライトへと視線を向けた。
もちろん彼としてもマーリンが必要だと考えるのならばそれを止める必要性はない。
「えっと、なら待機組は俺とウィン、デフェ。ナナカとゼナイドさんかな」
指を折りながら最終的に人数を確認したライトはそれに間違いがないか同じテーブルを囲む者たちへと視線を巡らせる。
今度は誰も手を挙げることはなかった。
話が落ち着いたのを確信し、その場を締めくくるようにマーリンが言う。
「今日の話はここで終いじゃな。
主たちは明日には出るのだろう?」
「まぁ、そうだな。ここでじっとしていても俺たちができることなんてあまりないし」
「うむ。では、またここで再開できることを願っておるぞ」
「ああ、その時にはガラディーンも持ってくるさ」
◇◇◇
話を終えた彼らがそれぞれ与えられている部屋へと向かう中でライトはデフェットを引き連れながらミュースへと声をかける。
「あっ、ミュース。少し良いか?」
「どうかしまし……あぁ、そういう」
呼び止めた理由を問おうとしたが、彼の後ろにデフェットがいることからミュースは全てを理解した。
「ああ、契約の解除。今しておこうって思って」
「ええ、その方が良いでしょう。
ですが、場所はどこで?」
奴隷との契約には必ず魔術陣の補助が必要だ。それは新しく結ぶ、主人を変えるどのようなことであってもそうだ。
いくらマーリンの城とはいえ、それを無視できるわけがない。
そんな考えから出た問いだったがライトは当然のように答える。
「ここでやるよ。大丈夫、すぐ終わるから。
陣がある方の手を貸してくれるか?」
ミュースは疑問符を浮かべながらその右手を差し出した。
それを見たライトはデフェットへと目配せする。
言葉なく彼女は頷いてから差し出されているミュースの手を取った。
握手した2人の手の上にライトは手を優しく乗せると、1つだけ唱える。
「創造、ギアス・トラッシュ」
それはデフェットの奴隷の契約を打ち消すためだけの魔術だ。
その魔術は正常に消えたらしく、デフェットの右手首にあった奴隷の印が綺麗に消え去った。
一方、ミュースは他にも奴隷がいるようで魔術陣は消えていないが、デフェットとの主従関係は無くなった手応えを感じていた。
ライトが手を下ろすとどちらからが言うでもなく、2人は手を離す。
「驚きましたよ。それがあなたの力ですか」
ポツリと呟くとデフェットを一瞥しライトへと問いかける。
「ともかくとして、これでこの件は終わり、でしょうか?」
「ああ、これでデフェはミュースのでも、俺のモノでもなくなった」
「そうですか……」
そこには残念がっている様子は見えない。
あくまでもライトの言葉に相槌を打つために吐かれた言葉だ。
「では……ありがとうございました。デフェット」
なんに対しての礼かはライトにはわからない。
デフェットも予測を立てることはできるが真意は不明だ。
そんな2人へと説明する気はないようで彼は背中を向けるとダイニングの扉へと向かった。
その去りゆくその背中へとデフェットは小さく返す。
「ああ、私も感謝する。ミュース殿」
夢を追いかけ始めた2人はそうして離れた。




