小さな救い
アリスに引っ張られながら2人は木製の家の前に訪れていた。
「お母さんただいま!!」
アリスは真っ直ぐに玄関を開け放つのと同時、中にいる母親に元気な声をかける。
そのまま2人を置き去りに家の中に入り、奥へと消えた。
しかし、その元気な興奮気味の声は微かながらに聞こえる。
案内されることもなかった2人は勝手に家に上がるわけにもいかず、再びアリスが現れるまで玄関扉の前に立っているしかなかった。
そんな中で、ウィンリィはアリスのあまりの変わりように驚きを隠しきれていない様子で呟いた。
「……随分と雰囲気が変わったな」
「いや、あれが本当の姿なんじゃないのか?心配だったんだよ。親が」
「……ライトはそういう経験があるのか?」
「いや、ないよ。
ただ、両親はほとんど家にいなかったからな……」
ライト、光の父親と母親は家にいることの方が少なかった。
母親は光が中学3年の頃までは一応は月に何日か家にいたが、高校受験が終わると早々に父親を追いかけてどこかに行ってしまった。
それから帰ってくるのは1年に一度だけ。
連絡は月に一度あったがかなり簡素なものだった。
父親とは中学に入ってからはまともにあった記憶がないほどだ。
「まぁ、だからかな。せっかく親がいるんだから元気に過ごしていて欲しいんだよ」
「なるほど、それが受けた理由か……」
「たぶん、な」
ライトは知らないうちに自分とアリスとを重ねて見ていた。
両親が家に居なくて羨ましいとよく言われていたが、その実は家のことは全て自分でする必要があると言うことだ。
しかも、家に帰っても誰も居ない。と言うのは実際に味わってみると心寂しくなってしまう。
1人が好きだと言っておきながら1人でいるのには恐怖のような感情があったと、今は少し思う。
「あっ、こっちこっち。お母さんが会いたいって」
ギルドであった時とは比べ物にならないほどの明るい声の案内を受け、2人は家に入った。
そのまま言われるままに彼女の母親がいる奥の部屋へと向かう。
やはり家の中も特別変わったものは無い。この世界の標準的な家だ。
木造のどこか温かみのある民家。部屋の中もある程度の掃除はされているようだ。
「貴方たち、ですか……」
アリスの母親の部屋に入るのと同時、ベッドから上半身を起こし、ライトとウィンリィへと女性が声をかける。
確かに風邪で体力を失っている影響で顔はやつれ、表情と声にも覇気をあまり感じ無いが、その真っ直ぐで柔らかい目はアリスに似ているところがある。
「……はい」
頷くとアリスの母親はふっと表情を和らげた。
「私はアリスの母のアリシスです。どうもすみません。わざわざ……」
2人はその予想外のアリシスの反応に目を見開いた。
「え? いや、あの。俺は……」
「もしかしてあのことを知らないのか?」と思い質問しようとしたが、アリシスは全てを言い切る前に言葉を続ける。
「噂は聞いていますよ。あのオーガを倒したそうですね。それもたった1人で。
そんな方とその仲間の方に助けて頂けるなんて……何もできなくて本当に申し訳ありません」
そう言い深々と頭を下げるアリシスに疑問を通り過ぎ違和感を感じていた。
(この人は、この人は知っていて……知っているのに)
アリシスは知っている。
ライトがオーガを倒したことを。
そして、そのことを知っているということはセットで流れているはずのあのこと、そこにいた女性を殺したことも知っているはずだ。
「だ、大丈夫ですよ。困っている方がいるんです。
助けられるならば助けたいですから」
「ふふっ、本当に優しい方ですね。それではよろしくお願いします」
アリシスは女性らしい細い手を差し出す。
「は、はい」
ライトはその手を握り返しながら答える。
アリシスはその手を感触を確かめるように軽く握ったり強く握ったりを繰り返すと、ボソボソと小さく何かを呟いた。
「あの?」
ライトの声でアリシスはバッと手を離すと恥ずかしそうに笑いながら言う。
「あ、あはは。ごめんなさいね。
男の人の手なんてそうそう触らないものだからつい」
ライトは首をかしげていたが「わからないこともない」と思い流した。
辛い時は人肌が欲しくなるものだ。恥ずかしながらそう思った時が何度か彼にもあった。
「えっと、あっ、そうだ。
今夜うちに泊まっていってくれませんか?無理に、とは言いません。せめてものお礼をさせてください」
ライトとウィンリィはその願っても無い申し出に顔を見合わせ身を乗り出しながら即答した。
「「是非とも!!」」
◇◇◇
その日の夜、ライトは食事を終えるとアリシスの部屋に彼女を送るついでに案内されていた。
ちなみにアリシスは体力が落ちているだけで軽い料理だけなら作れるようだ。
だが、掃除や洗濯類は辛いらしく、代わりにアリスがしているらしい。
「本当にありがとうございます。久々にゆっくり眠れます」
「それは良かった。やはり、大変でしたでしょう?」
「……やっぱり全部」
問いに一度小さく頷く。
「あんな噂が流れているんですもの、宿に泊まらせない、なんてこともあるだろうと……」
ライトはアリシスから目をそらし、言葉を探り、そしてためらいながらも切り出す。
「……なぜ。なぜあなたはそこまでしてくれるんですか?
怖く、ないんですか?」
アリシスは驚いたように目を見開くと優しい笑みをライトに向た。
そして、その手をまるで自分の子供のように頭に乗せると髪を梳くように撫でた。
「怖いわけないでしょう?
あなたは助けた。彼女たちを苦しみから解放した。
そんな人に感謝こそすれ、怖がるなんて」
「でも……!」
「それにあなたに罵倒を浴びせたりしているのは男性だけだったでしょ?」
その指摘を受け記憶を引っ張り出す。
確かに彼女の言う通り、自分に罵倒や暴力を浴びせてきたのは男性ばかりで女性はいなかった。
まったく居ないわけではなかったが、それでもかなり少なかった。
「女性の中でも怖がっている方もいるでしょうけど、そちらの方が少数派よ」
「なら、俺は……」
アリシスは頭を撫でながら首を縦に振る。
「ええ。あなたは誇っていいわ。
それに本当に申し訳ないと思うのならその人たちの分まで後悔なく生きなさい」
恥ずかしそうに頬を掻き、苦笑いを浮かべる。
「できます……かね?」
「できるわよ。まだまだ先があるのよ?簡単よ」
そう言うと再び笑みを浮かべた。
◇◇◇
ライトはリビングに寝袋を敷き、その上で寝っ転がり、物思いに耽っていた。
一方のウィンリィはアリスにせがまれ、一緒に寝ることになっていた。
時々聞こえていた声が聞こえなくなったので、おそらくは眠ってしまったのだろう。
(アリシスさんの病気を俺の創造で治すことができれば……)
ライトはそう思いアリシスの部屋に案内された時に【ペイナース】という魔術を創ろうとした。
しかし、結局はできなかった。
(なんでできなかったのか……)
そう自問するが答えは簡単に浮かんだ。
「……具体性か」
創造の力は強力だ。
それが物であれ魔術であれ多少の制限はあるものの自由に造ることができる。
しかし、ライトはここまで使ってきてようやくその能力の欠点に気がついた。
それは“具体的に想像する必要がある”ということだ。
物ならばそれの能力や形を、魔術ならばその効果をはっきりと頭の中で描く必要がある。
例えば魔術はダメージリセットのように傷や骨折、打撲を治す。とはっきりと効果は決められるが、病気を治す。となると具体性を失う。
病気と一口にいっても山ほどの症状とその原因がある。
つまり、創造ではピンポイントにその病気に効く魔術しか造ることができないのだ。
ライトが以前造った魔術【ダメージクリア】はあくまでも外傷を癒すためのもの。
怪我を治すのであればその場所に対しダメージリセットを使えば済む。
しかし、病気となると一体それがどんなものか見当もつかない。
(俺は医者じゃないし、その辺の知識もあんまりないからなぁ)
寝返りをうち目を閉じてため息をひとつこぼす。
(便利なんだが不便なんだか。よくわからなくなってきたな……)
「己が想像を己が創造によって凌駕せよ、か……」
気がつけばある人物に言われた言葉をふと口にしていた。




