償いと礼
東副都トイストの城塞に辿り着いたブルートは自分が来たことを示すようにその周り飛んだ。
3周ほどゆっくり回ると乗馬の練習に使われるような草がある程度切り揃えられた中庭へとワイバーンを降下させた。
彼の狙い通り、飛竜騎士団の誰かが来たことに気がついた執事がワイバーンから降りたブルートへと駆け寄り声をかける。
「ご用件をっ、ドラング卿!? い、いかがなさいましたか?」
しかし、降りてきたのが飛竜騎士団の団長であったのは予想外だったようで可能な限り平静を装ってはいるが、彼の声は緊張で震えていた。
そんな執事へと落ち着かせるようにブルートは少し優しい口調で言葉をかける。
「突然すまない。
ここにミュース・レイヴィはいるか?」
「レイヴィ卿は今は公演中でここには……」
「そうか、ではすまんがここで待たせてもらえるか?
茶はいらん。ただ奴が帰ってーー」
しかし、ブルートの言葉は最後まで発せられることはなかった。
「その必要はない。ドラング卿」
言いながら中庭に現れたのはミュースだ。
どこかの公演会の直後のようでよそ行きの少し派手目な格好に身を包んでいる。
彼はその斜め後ろにはブルートが見慣れない奴隷がいた。
(見覚えがなくてマナリアっぽいってことはあの奴隷がデフェットとやらか)
控えていたマナリアの奴隷、デフェットとへと視線を向けたミュースら命令を飛ばす。
「ドラング卿を応接室まで案内しろ。
君は茶と菓子を頼む。それが持っているものを出してくれればいい」
言いながら彼はデフェットが持っていたものを執事に渡すように顎で示した。
一礼した彼女が執事に差し出したのは公演の差し入れとして持たされた物だ。
豪華な装飾の箱を受け取った執事は即座に彼らに承諾の返事をすると頭を下げ、駆け足で城へと向かった。
デフェットは一瞬だけブルートへと目を向けたかと思うと何事もなかったかのように視線を元に戻した。
それらの間もブルートをじっと見つめていたミュースは口を開く。
「なにか話があるのは察した。
だが、少し待て、私も着替えたい
さっき聞こえたように案内はその奴隷に任せる殺さなければ暇つぶしに何をしてもいい」
「あ、ああ、わかった」
その答えを受け取り、ミュースは悠々と城へと戻った。
その背中を見届けたブルートは目のみを動かしてデフェットを見つめる。
彼女にも話したいことがある。
ウィンリィの状況、ライトの生存と彼と共に成そうとしていることを。
幸運なことにミュースは何をしてもいいと言っていた。
ならば自分の好きに彼女を扱い、話を聞いてもらうとしよう。
そう決めたブルートはデフェットへとあくまでも騎士という立場で言う。
「レイヴィ卿が言った場所まで案内しろ」
「かしこまりました。こちらです」
その言葉と共に歩き出したデフェットに続いて、ブルートは小さく息を吐いて東副都の城塞へと入っていった。
◇◇◇
通路を歩きながらブルートはデフェットの背中を視界に捉える。
黄緑がかったブロンドの長髪が揺れ、時々見える背中ばかりで表情は見えない。
しかし、その程度で言葉を引っ込めるわけにはいかない。
上手くことが運べば彼女もまた仲間となるからだ。
「少し、聞きたいことがある」
「なんでしょうか」
ブルートの言葉に案内を始めた時と同じような平坦な語調で彼女は言葉を返した。
その物言いからは怒りのような感情を見つけることはなかったが、独特の雰囲気のせいで少し気圧された。
それを誤魔化すように窓の景色を一瞥、質問を始めた。
「君の、前の主人についてだ」
「……申し訳ありませんが、貴方様が欲しがるような情報を私は持ち得ません」
おそらく彼女はブルートが来た目的をライトの捜索あたりだと踏んでいたようだ。迷うことなくそう返された。
彼はふっと小さく笑みを浮かべる。
たしかにほんの昨日までは彼女が今予想している通り敵対していたのだが、今や目的を同じくする仲間だ。
たったの1日で随分と関係性が変わったものだと改めて思いながら彼は首を横に振る。
「いや、彼の所在ではない。
彼と共に旅をして、君はどう思った?
正直に答えてほしい」
デフェットは小さく息を飲み、目を見開いた程度で足を止めることはなかった。
本来であればブルートに「なぜそんなことを問うのか」と聞きたいところだが、それをぐっと押し込み答える。
「良き旅だと思いました」
皮肉もない純粋な感想だった。
その言葉を受け、ブルートはさらに問いかける。
「では、また彼と旅をしたいと思うか?」
「はい。もちろん」
即答かつ断言だった。
彼女自身それはわざとなのかほんの僅かだが、今までの言葉とは違って声音に棘が見えた。
それは気のせいと思えそうなほど小さいものだったが言外に「それほどのものを貴様たちは奪った」と言われているような気がした。
今はどうなっているのかを知らない彼女からしてみれば仲間の記憶を上書きさせた人物であるブルートは敵としか見ることはできない。
場所と隙があれば彼女はその首を貫くほどには恨んでいることなど想像に容易い。
(だが、今のところその色はさっきの言葉だけ。
さすがは彼らと旅をしていただけはあるな)
ブルートは羨ましく思いながら含められた棘に気がつかなかったフリをして話を切り出した。
「もし、彼が私と協力しているとしたら、君はどうする?」
「なっ……!?」
デフェットは反射的に足を止めて振り向いたがすぐにハッとして正面へと顔を戻すと歩き始めた。
先を行く彼女の背中へとブルートは言葉をかける。
「今日ここに来たのはミュースもそこに加わってほしいことを伝えるためだ」
「なぜそれを私に言う必要があるのですか?
私はただの奴隷。主人の命にただ従うのが奴隷の仕事です。
私へとどれほど言ったところで意味などありません」
奴隷に求められる能力は主人が指示した仕事を処理する力だ。
命の手綱を握りられている奴隷に拒否権などないため一方的に命令を受け、行動する。
ゆえにそこに相互の会話など普通は発生しようがない。
そのため、デフェットへとどう言葉を向けようと主人であるミュースが考えを改めたりすることがなければそもそも意見を求めることもありえない。
そんな常識の上で出されたデフェットの質問。
本来であれば何もなしに奴隷が騎士へと質問するなどあってはならないことだが、ブルートは一切気にすることなく端的に言葉を返す。
「謝罪だよ」
案内していた部屋の前に到着したこともあり、デフェットは立ち止まると振り返ってブルートの顔を見た。
そう受け取った耳と届いた言葉をそう処理した脳を疑っているのか、彼女は怪訝な様子で彼を見つめている。
圧倒的に立場が上であるはずの騎士が奴隷へと謝罪の言葉を向ける。
その意味がわからないほど彼も愚かではない。
それを示すように肩をすくめて彼は続ける。
「さらに言うなら彼女への償いと彼への礼だ」
愛した者であるウィンリィへと行ってきたことへの償い。
自分が持っていただけの力の使い道を示してくれた者であるライトへの礼。
しかし、デフェットはブルートが指す人物は察したが、その間に何があったのかはわからない。
すぐにその内容について聞きたいところだったが、そのような時間はない。
ゆえにデフェットは出かけた言葉を飲み込むとゆっくりと応接室の扉を開き、ブルートを中へと招いた。




