王女の行方
「なっ……貴様は!」
「あ、あらあら〜」
シェリドが連れてきた人物を目にした2人は驚愕の表情を浮かべていた。
彼と共にギルドに現れたのは女性だ。
特徴的なのは猫のような耳と尻尾。少し気怠げな目をしているキャッネ族の女性。
ライトの従者として彼と共にいた彼女の名前はーー
「ミーツェ!」
ゼナイドにその名を呼ばれたミーツェはメイド服ではなく、シーフがするような身軽な格好をしていた。
だがそれでもスカートの裾を摘む真似をして微笑みながら仰々しく頭を下げた。
「お久しぶりでございます。ゼナイド様、ウィス様」
「なぜ貴様が……兄上、これは」
「去年ぐらいだったか。アロンダイトの情報を探してる時にワイハント商会と接触することがあって、その時に出会ったんだ」
バウラーはその時のことを思い出しているのか、苦笑いを浮かべて続ける。
「にしてもちょっと驚いたよ。
たしかにライトから関係があるとは聞いていたが、まさか本当にパブロット・ワイハント自身が出てくるとはな」
「そうだったのね〜。
北に向かったってナナカちゃんに聞いたきりで心配してたのよ〜。
もちろん、ライトちゃんも〜」
ライトの名前を聞き、彼女は驚いたように目を見開いたかと思えばすぐに安心したように微笑んだ。
「バウラー様とワイハント様から聞いてはいましたが、本当に生きているのですね。ライト様は」
そんな彼女を見てゼナイドもつられて小さく笑うとすぐにきゅっと口を結び問いかける。
「それで、ミーツェはこの3年なにをしていたのだ?
それに兄上はなぜライトになにも話していなかった?」
ミーツェとバウラーが初めて顔を合わせたのは数日前の話ではなく、去年の話だ。
だとすればライトと今まで接触どころか、話しすら一切していなかったというのは少々引っかかる。
2人にそれぞれ向けられた疑問に真っ先に答えたのはバウラーだ。
「そりゃ、俺も話した方がいいとは思ったが、念のため成果が出るまでは隠しておいて欲しいって彼女自身が言ってな」
ゼナイドが「そうなのか?」と疑問の視線を向ける。
ミーツェは頷き口を開いた。
「最初はライト様を探していました。
ですが、かなり周到に逃げていたようで情報はまともに得られず……。
そこで勝手ながらライト様を信じて方針を変えることにいたしました」
「方針を変える?」
「はい。魔王と接触する、ということは予想されていましたが、それに協力できない私ができることはライト様が戻って来る場所を作ることです」
ライトを追いやる名目の1つに使われた魔王は彼自身が対応している。
メイドとしては彼と合流、それを補佐するべきだと思ったが、行動が読めず合流は絶望的。
では、その間にもう1つの事案を解決するために動いた方が良い、とミーツェは考え動くことにした。
「それは、つまりーー」
「ポーラ様との接触です」
一般的には被害者となっているポーラと接触して彼女自身の口からアルルハイド王と民へと真実を話す。
ミーツェのその言葉でライトへと話さなかった理由を察したウィスは手を合わせて確認をするように言う。
「そっか〜。
もし途中でバレて捕まっちゃえばライトちゃんは貴方の救出のために王都に突入しかねない〜」
「ふむ、それを避けるため、か。
自分の存在を知らせなかったのも」
罪を犯したとされているライトは大々的に宣伝し、処刑する利点があるがその従者であるミーツェにはそこまでする理由がない
おそらく早々に首を切り落とすだろう。
そして、ライトがそれをみすみす許すわけがない。
下手をすればミーツェと共に行動するとまで言いだしそうでもあった。
そこで中途半端に知っているよりも全くの不明である方が精神的な負担を軽くできる。彼らはそう考えていたのだ。
「ま、そういうことだ。
ガラディーンのこともあるからいずれ向かうが、ただでさえ危険な場所に目的を複数持って、しかもまともな準備もなく行くなんて愚行でしかない」
バウラーの補足を受けて腑に落ちたゼナイドは頷くと視線をミーツェへと向けて問いかける。
「しかし、貴様が今ここにいるということはーー」
「はい。ポーラ様との接触に成功しました」
「ということで、今回のライト会う約束をしたのはミーツェと合流させるためだったんだが……」
バウラーがぼやき、ながら2人へと視線を向けるとゼナイドとウィスは少し申し訳なさそうな表情を浮かべた。
しかし、ミーツェは鋭い視線をバウラーへと投げかけながら刺すように呟く。
「バウラー様、お2人で遊ぶのはお止めいただきたく」
「わ、悪い。調子に乗った」
素直に謝った彼を見てミーツェは咳払い。
声音を元に戻すとゼナイドたちへと向き直り口を開いた。
「ここで会えずとも、アヴァロンで会えるのでございましょう?」
「まぁ、そうだが……」
「ならば構いません。3年待ったのです。
シェリド様から今ライト様がなにをしているのかはすでに聞き及んでおります。
それに、今さら数日待つ程度ならば問題ありませんよ」
彼女は意識していないのであろう自然な笑顔に少し見惚れたゼナイドは咳払いを1つ、なんとなく気不味く感じ、視線を逸らしながら言う。
「そ、そうか。うむ、すまんな」
ゼナイドの態度の変化に首を傾げたミーツェ。
そのまま問いかけようとしたが寸前でバウラーが話をまとめに入った。
「と、言うわけでだ。
アヴァロンへは俺とミーツェが向かうことになるが、構わんな?」
「ああ、そちらがそれで良いならばこちらは拒否しないが。
シェリド、貴様たちはどうするのだ?」
「ん? そうだな……。
俺たちが動くのはお前たちの行動が決まってからだし、予想できる事への準備と情報収集ってあたりだな」
「まぁ、それぐらいで十分でしょうね〜」
ウィスは相槌を打ったがそこで1つの疑問が浮かび、それをミーツェへと向けた。
「そういえば、ポーラ様は今どこにいるのかしら〜?」
「む、そういえば、そうだな」
ゼナイドはポーラに剣を教えていたが、それも1ヶ月程度。
それから少しして接触することができなくなり、いつの間にか王都から居なくなったという話を聞いた。
その後はライトのこともあり、まともに調べることもなかったためその行方は知らない。
疑問の視線を向けられたミーツェははっきりとその場所を口にする。
「西副都ウイストです」
◇◇◇
それらの会話を終えたバウラーたちは早速、ギルドから出て行った。
残されたのはシェリドと数十名の旅人。彼らは全員バウラーと志を同じくし、従う者たちだ。
そんな彼らへとシェリドは告げる。
「いいな。お前ら、無関係な奴が来るかもしれねぇから手短に済ませるが、これからが重要だ」
「シェリドさん、ずっとそれだよ」
1人がぼやいた言葉に数名が続き、それが伝播、さらに同意する声から笑う声へと変わった。
「仕方ねぇだろ!
俺たちは少数派だ。下手なバレ方をすりゃすぐに潰されるんだからな!」
そう叫び返し、奥歯を噛んだシェリドはわざとらしく咳払い、真剣な表情で手を軽く挙げた。
たったそれだけで先ほどまで起こっていた笑い声はピタリと止んだ。
一気に張りつめられた空気の中でシェリドは手を下ろしながら言う。
「これからだ。俺たちの戦いはここからようやく始まるんだ。
武器を研ぎ続けろ、声が上がれば取れるようにしろ。
そして、その武器がなんのためなのか、誰に向けて振るう力なのかを常に問い続けろ」
彼らがバウラーに従うのは生きるためだ。
彼の元ならば楽ではないが、生きられる。力を付けられるから従っている。
そんな彼らがライトに協力するのはバウラーが協力を決めたからではない。彼よりも強いからでもない。
生きるためだ。
自分が生きるこの世界を守るためだ。
そのためにはライトの力が必要不可欠であり、彼を助けることがそれに一番近いと理解し、判断したからだ。
それぞれに答えを持つ彼らはシェリドに頷くことで返す。
受け取った答えに彼はそこから言葉を向けることはない。ただ、手を合わせて乾いた音を響かせただけだ。
たったそれだけの合図で彼らは元の仕事、行動へと移っていく。




