想いと望み
ブルートが話をまとめてくれたおかげでライトたちは飛竜騎士団施設内をある程度自由に歩けるようになった。
さらに部屋を3つ借りることができ、それぞれウィスとレーア、ゼナイドとナナカそしてライトとで別れることにした。
ディザスターの所在確認も飛竜騎士団がつい先ほど始めたようでそれの存在を確認することができればより本格的な支援を得られるだろう。
ひとまず最初の関門を突破し、一息ついていた頃ライトの部屋の扉がノックされた。
「ライト。少しいいか?」
続いてブルートの声が飛んできた。
ライトはすぐに答え、扉を開ける。
その先にいたのはやはりブルートだ。少し警戒したが彼1人で訪ねてきたようで周りに人はいない。
気配もないことを感じ、心の中で胸をなで下ろすとライトは言う。
「何かあったのか?」
「あー、まぁ、スティロス様がお前と話したいらしくてな」
「俺だけに?」
「ああ、そうだ。なにか心当たり……しかないか。お前の場合だと」
ブルートの言葉にライトは苦笑いを浮かべて頬を掻いた。
それに吊られるように笑みを浮かべながら彼は続ける。
「ま、俺はその案内だ。あとついでにお前とも話してみたくてな」
「ディザスターの確認か?」
「いや、そっちは後だ。今したいのはかなり個人的なものだ」
ブルートの言う個人的な話、なんとなくその内容を悟ったライトだったが詳しく突っ込むことはなかった。
その予想のとおりであるのならば、むしろ話さなければならないだろう。
そしてそれはおそらく当たっている。
ライトは生唾を小さく飲むとは 案内を始めたブルートに続くように飛竜騎士団施設から北副都の城へと歩き出した。
◇◇◇
歩き始めて3分ほど経った。
少し居心地の悪い妙な空気の中で会話を切り出したのはブルートだ。
「話っていうのは、まぁ、ウィンリィについてだ」
それはライトの予想通りのことであった。
反射的に肩に力が入る彼へとブルートは続ける。
「ウィンリィには俺が言いたくなったらって言われたが、お前には伝えておかなければと思ってな」
「……ウィンリィの記憶を弄った理由か?」
一瞬、ブルートが目を細めたような気がした。
雰囲気もそれに続いて変わったような気がしたが、ライトのその違和感を否定するように彼は少し明るい口調で告げる。
「俺はウィンリィが好きだ。一目惚れだよ」
「……は?」
ライトは耳を疑い、反射的に足を止めた。
呆気にとられた顔を横目で見たブルートも同じく足を止める。
はっきりと言い切り「何か問題でも」と言いたげな顔へと向けてライトは口を開いた。
「そ、そんな理由で!?」
「惚れた女をどうにかしたい。充分な理由だろ?」
それはたしかにそうかもしれない。
好きな者と共にいたい。そう考え、望み、行動することは悪いことではない。
「それで記憶の上書きなんてやったのか!?」
「うぐっ……」
「そんなのむしろウィンリィのことを踏みつけることにしかならないのにか!?」
「むぐっ……」
そう、現実は彼女のことなど一切考えず、彼のわがままを押し通した。
もちろん。今のブルートは長い時間とライトのウィンリィとの接し方を知り、その辺りを自覚している。
「ああ、そうだよ。全部お前の言う通りだ。
俺は自分のことしか考えてなかった。そのせいでウィンリィの想いを踏みにじってしまった」
ブルートはそう言い乾いた笑みを浮かべた。
彼は今思いつく限りの罵倒と軽蔑の言葉を己へと向けている。
そんなものは償いになどなりはしないし、謝罪にもならない。
そんなことはわかっているが、そうでもしなければ自分の首を切り落としてしまいそうだったのだ。
「本当はウィンリィには俺のところに、飛竜騎士団のところにはいて欲しくない」
「……それを俺に言ってなんになる?」
「こんなクソみたいな男の側にウィンリィみたいな存在を置いてていいのか?」
「ッ、言ったはずだ。それは……ウィンリィが決めることだ。
俺がどれだけ望もうとそれは変わらーー」
「変わるだろ!
お前なに遠慮してるんだよ。なに自分から距離を取ってるんだよ!」
呆気にとられるライトへと詰め寄り、その肩を掴むとブルートは声を荒げる。
「ウィンリィとは旅してたんだろ?
大切に思ってるんだろ?
守りたいって思ってるんだろ?
なら、取り返そうって、思えよ!」
ブルートがウィンリィのことを好きなのは事実。
しかし、ライトへと向かっていたウィンリィの想いや信頼を横取りし、彼女の本来の想いを踏みつけ傷つけたのもまた事実。
3年前はそれでいいと思っていた。
とにかく自分を意識してくれればそこからまた新たな記憶を作っていき、元々ある存在以上の関係を築けると。
だが、共に過ごすうちに自分ではない別の存在、ライトへと向けられていた気持ちの大きさが嫌という程にわかった。
真綿で首を絞めるような感覚をずっと受けていた中で現れたのがライトだった。
彼にとってライトは自身をそこから救い出す光でもあり、そのまま消し去りかけない光でもあった。
「お前は気が付かなかったみたいだけどな。
お前がウィンリィって呼んだ時、一瞬だけ悲しそうな顔をしたんだ。
あいつはお前に止めて欲しかった。その手を取って欲しかったんだよ」
ブルートはまくし立てるように言い、自分を落ち着かせるように息を吐いた。
「もう一度言う。俺はウィンリィが好きだ。
好きだからあいつが望む場所に行かせたい」
好きでありながら踏み躙って傷つけてしまったブルートができる唯一の償いだ。
そのためにライトと協力し、ディザスターを倒すと決めた。
そもそもそれを倒さなければその先の未来もないからだ。
「望む場所が、俺の近く?」
「気付いてるじゃないか。そうだ。
お前は、どうなんだ? ウィンリィのことをどう思っているんだ?」
「大切な仲間だ。一緒に、旅をしたい。過ごしたい存在って思ってる」
ブルートにとってその答えは十分だったらしい。
満足気に頷くと安心したように微笑んだ。
「よし、またわがままだなんだってゴネてたらぶん殴ってた」
彼は見た目よりも幾分か声を柔らかくさせ、さらに続ける。
「決めるのはウィンリィだが、お前がどう思っているかぐらいはあいつにもちゃんと話せ」
「ああ、ありがとう。ブルート」
礼はいらないとでも言うようにブルートは手を振りながら踵を返し、再び歩き出した。
ライトは頬をパンパンと叩くとそれに続いて足を踏み出した。
ガーンズリンドの時はウィンリィが手を伸ばし、それを取った。
今度は自分が手を伸ばす番だ。
◇◇◇
ライトがブルートに案内された部屋は玉座の間でなければ謁見室でもなく、王の執務室だった。
落ち着いて仕事をする為の部屋ということもあり、あまり過度な装飾はない。
そんな部屋に入った彼を出迎えたのはスティロスだ。
少し鍛えているのか筋肉質な体を椅子に座らせ、威圧感を与えるようなあご髭をさすりながら話を切り出す。
「まず、端的に言おう。我々はディザスターの存在を確認できれば貴様に協力するつもりだ」
大まかにはブルートから聞いていたのだろう。
ライトが話そうとしていたことを数段吹っ飛ばしたスティロスの言葉に彼は戸惑いながら確認を取るように問いかけた。
「本当、ですか?」
「うむ。というのも内密に東と南副都からの声はあってな。
彼が魔王と断言するのは早い。確証が得られるまでは剣を向けるな、とな」
そのような声があったのにもかかわらず今までそれが守られることがなかったのには大きな理由がある。
「私がどう思おうとも貴族たちや騎士を納得させられるだけの材料がなかった。
民たちの世論も形成されていたしな」
ライトが魔王ではないという証明が得られなかったのが動きを取ることができていなかった理由だ。
特に北は戦争の最前線ということになっているため、特に民たちは魔王関連への警戒心が強い。
特に大きかったのが飛竜騎士団の反発だ。
彼らは魔王を敵と強く認識していることもあることに加え、聖王騎士団の1組織ということでスティロスでも止めることができていなかった。
しかし、今は違う。
「でも、それもディザスターの存在を示せればーー」
「そう、ドラング卿以外の飛竜騎士団の騎士たちも納得させられよう」
ライトは心の中で胸を撫で下ろした。
それを察してかスティロスは彼を労うように小さく笑みを浮かべて続ける。
「これで現在貴様に力を貸せるのは北、東、南の3つ。西もおそらく合流するだろう。
だが、アルルハイド王はわからんぞ。民たちもそうだ。
それでも、本当に戦ってくれるのか?」
返事をしながら頷いたライトを見てスティロスはフット表情を緩ませた。
そして、今まで彼に何1つできず、しかしそんな彼を頼るしかないことを詫びるように深く頭を下げた。
「そうか。
ではどうか。我々のために、その力を振るって欲しい。頼む」




