王の目的
「ーーと、いうのが魔王とディザスターに関しての大まかな情報だ」
後半の魔王とのやりとりは多少ぼかしながらもライトはそう話を締めくくった。
全員が出てきた情報を咀嚼しているのであろう少しの沈黙が訪れる。
その中で真っ先に手を挙げたのはナナカだ。
「ねぇ、3年しかないっていうのはさ、3年前の話なんだよね?
そ、それなら……」
ライトはさも当然であるかのように平然としているが、今までの話を聞いただけのナナカの顔には「今日明日にでも出てくるのではないか」という心配の色が強濃く現れている。
その心配を否定するように首を横に振り、言葉を続けた。
「俺が創造で柱を増やしたり直したりしたから少し時間は伸びてる。
すぐに出てくるようなことはない、と思う」
それに少しホッとしたようでナナカは胸をなでおろしたが、顔を真剣なものにしたままある予感を胸にしたレーアが追及する。
「少し、とは具体的にどのくらい伸びたのですか?」
その言葉を聞いてようやくナナカもそれに気がついた。
ライトはさっき何と言っただろうか。
ナナカの中に浮かんだそれを今度は肯定するようにライトは頷いて端的に言う。
「……1年」
瞬間、全員が言葉を飲んだ。
1年。それはディザスターという災害を相手にするにはあまりにも短過ぎる時間だ。
戦う準備はもちろん、打開策を探る時間もなければ国民の避難もほぼ不可能に近い。
また、そもそもの話として世界を消すような存在からどこへ逃げれば良いのか。
ディザスターが通った後は無しかない。
命がなく、種も芽吹くことのない空間だけが残るのだ。
何かしらの生物が残るにしても全滅するのにそう長い時間はないだろう。
「たった……1年、か」
「アルルハイド王にこのことを伝え……て協力、を」
レーアの言葉は最後まで言われることはなく、だんだんと萎み消えた。
全て表に出る代わりに彼女は頭を抱える。
この国の王から知らせを出させれば騎士たちも貴族も動くだろう。
それが通用するかどうかは別としてだが、そのことに間違いはない。
しかし、ここにいる者たちは全員が追われている存在だ。
ディザスターのことをどれほど訴えたところで「世迷言」と一蹴されてしまうのがオチなのは想像に難くない。
それが言っている途中でわかったからだ。
と、そこで1つの疑問が浮かんだウィスが呟く。
「そういえばアルルハイド王は〜、この件知っているのかしら〜?」
「む、そうだな。
そのような強大な存在を知らないとは考え難い。飛竜騎士団が魔王、マーリンの城を見つけたようにそれを見つけていても不思議は……」
「でも、魔王と戦争をしてるって言ってるよ?
魔王しか見てない、とか?」
「……考えられるとすれば、すでに諦めているか」
まさか、とナナカたちはレーアを見つめたが彼女の顔には冗談を言ってるような雰囲気はない。
至って真剣に言い、ライトへと意見を求めるような目を向けている。
彼は肩をすくめて、頷いた。
「マーリンは同じところに行き着いたよ。俺も、な」
「あ、諦めたってどういうこと?」
「文字通りですよ。ナナカ」
ディザスター相手に逃げるでもなく、抗うでもなく最初から諦める。
そうする理由は単純。何をやっても無駄だからだ。
逃げたところでそれは死ぬ時期がほんの数日伸びるだけで 抗うのは不可能。
ならば死を目前に足掻くのではなく、その死を受け入れる。
「もはやそれが目前に来たところで次の瞬間には意識はない。情報が出回るよりも死の方が早い」
「下手に苦しむよりも楽に、という考えの下で統治することをアルルハイド王。いえ、セントリアの王たちは選んだのね〜」
ナナカは絶句するしかなかった。
反論など出せるわけもなかった。
下手に苦しむよりも、死に怯えるよりも一瞬の痛みもなく死んだ方がマシだと自分も思えたからだ。
俯くナナカの隣でゼナイドが天井を見つめながら呟く。
そこには脱力するためのような笑みがあった。
「幸せな生と幸福な死、か……。
しかし、なるほどな。ライトを魔王として祭り上げた理由がようやくわかったよ」
アルルハイドたちが今一番恐れているのはディザスターの存在が露見され、国民たちに死の恐怖が広がることだ。
3年前、ゼナイドたちが魔王討伐を計画していたが、彼らからしてみればそれはディザスターの存在が知られてしまう事態でしかない。
ゆえに、王たちは突然ライトに罪を被せて計画を押し止めた。
その影響で魔王討伐計画は頓挫し、今に至っても新しい計画は出されていない。
だが、そこで疑問が浮かぶ。
ナナカは戸惑いながらもその疑問を口にした。
「で、でも、なら私は?
そもそも私がこの世界に転移して来なきゃ討伐なんて誰も言い出さなかったんじゃ?」
「その辺りも単純です」
「そうね〜。みんながみんな知ってるわけじゃないから〜」
「ああ、事実を知らない者たちは戦争を終わらせるために声を上げる。
そんな者たちで勢力を作ればいくら王とて抑えることはできん。
無理に抑えることはできるだろうが、魔王という敵がいる設定が揺らぐ」
勇者の転移を許せば王も魔王討伐の意思があると貴族や騎士たちに見せることはできる。
偶然起きたライト派と勇者派の抗争を王が止めることをしなかったのも、ディザスターのことがあったからだろう。
もし実際に討伐に向かえばその時は飛龍騎士団なりで抑え込めばいい、という考えだったのだろう。
「なら、私は最初から……」
「ナナカだけではない。私たちもそうだ。遅かれ早かれ切り捨てられる側だったのだな」
自虐的に呟かれたその言葉だったが、ゼナイドの表情に闇はない。
彼女は心の中で安心していたのだ。
アルルハイド王が己のためではなく、民のために選んでいたということを。
もちろんそれは予想だ。
だが、それでも今まであった不信感というものは少し軽くなっていた。
ゼナイドはそこで上半身をゆっくりと起こした。
多少の痛みはまだ残っているが動く分には問題ない。
「ライト、貴様の態度にも合点がいったよ。
貴様、王を恨んでいないな?」
ライトもすでに理解している。
民という多数を守るために切り捨てられた少数が自分であることに。
その問いかけにはっきりとした肯定と否定を表すことなく、ライトは返す。
「どうでしょう。
王たちの目指そうとしたものはわかります。
でも、俺だけじゃなくてウィンたちも捕まえようとしたのは許せないですよ」
一言に批判することはできない。
自分もしたことだ。背負っているものだ。
しかし、それでも1つだけ思うことがある。
それはウィンリィたちのことだ。
「たぶん、どこかで生きているとは思いますけど、俺のせいで彼女たちまで拘束される必要はなかったはずでしたから」
ライトは彼女たちがどうなったのかは知らない。
なにせ、それを知る余裕などなかったからだ。
ふっと笑ったライトだったが、ゼナイドたちはウィンリィの名前が出た瞬間、表情を凍らせ、暗くさせ、押し黙っていた。
バツが悪そうに視線をそらす彼女たちに嫌な予感を覚えたライトは表情を驚愕に変えた。
「まさか……!?」
「いや、違う! 生きている。生きてはいるんだ……」
慌ててライトの予感を否定してゼナイドだが、その顔はナナカたちの中でも特に酷い顔だった。
どこまでも申し訳なさそうに、どこまでも悲しそうにして彼女たちは今のウィンリィたちの状況をライトへと伝えたのだった。
唐突ですが別作品を書きたくなったので毎日投稿から2日に1回の投稿になります。
次回投稿は18日となります。




