密かな協力者
そう広くない部屋にずらりと並べられた本棚。こじんまりとした机と椅子だけが置かれたヴァミル家の書斎。
名目上はヴァミル家の物であるが使っているのはほぼレーアのみだ。
当然、その日もそこにいたのはレーア。
昼も少し過ぎた頃、彼女はいくつかの本の山を作り、その中に隠れるようにページをめくっていた。
「ふぅ〜」
本から目を離したレーアは大きく息を吐いた。
眉間を抑えると背伸びをして凝り固まり始めた首や肩をグリグリと回す。
「お疲れ様〜」
そんな彼女の背後へと間延びした労いの言葉を投げてきたのはウィスだ。
いつの間に部屋に入ってきたのか、それともノックや声をかけたのに気がつかなかったのか。
(後者ですね)
周りが気にならなくなるほどに集中していたとは自分にしては不用心にすぎた。
状況も状況だ。もう少し気をつけなければと自身を咎めてからレーアは言葉を返す。
「どうかしましたか?」
「朝から書斎に篭ってるって聞いたから〜。
調べ物だろうって思ってね〜。私にもできることはないかなって〜」
「……ありがたいですが、椅子は1つですよ?」
「あら〜? 座っても本は読めるわ〜。
それで、レーアちゃんは何を調べてたの〜?」
ウィスは言いながらレーアが机の上に積んだ本を1つ手に取り、ページをパラパラとめくりながら言う。
「これ〜、よくあるおとぎ話ね〜。懐かしいわ〜」
そう、彼女が今手に取ったのはこの世界では最も有名なおとぎ話の絵本だ。
黒の災厄と3人の勇者と3本の剣のおとぎ話。
子どもの頃の記憶をポツポツと頭の中に蘇らせていたウィスだったが、ページを捲る手を止めてレーアへと問いかける。
「でも〜、なんで今これを〜?」
「魔王関連のものはおとぎ話でも関係なく読もうかと思いまして」
「あ〜、そういうことね〜。
たしかに魔王は出てないけれど、この災厄を倒してから出てきたもんね〜」
「はい。それに関してはおそらく事実が誇張されて言い伝えられ、その結果生まれたものがそれだと思います」
「つまり〜、魔王が生まれた原因が何かあるってことかしら〜?」
「はい。黒い災厄に関しては描写がほぼありません。
ですので災害か何かが起き、その影響で物資や土地が不足、それらを奪うためにセントリア王国へと攻勢をかける。
その旗頭を魔王と呼ぶようになったと、思うのですが……」
レーアは再び眉間を抑えて重い息を吐いた。
その内容を察したウィスは肩をすくめながらその先に続いたであろう言葉を言う。
「その原因らしきものが見当たらない、ということね〜」
はっきり頷いたレーアは積まれた本の山へと視線をずらす。
そのどれもが魔王に関する今や真実かどうかも怪しくなった所業が記されたものだ。
一部には建国の歴史の本や別のおとぎ話の本などもあるが、それらにもそれらしい原因は記述されていなかった。
災害でも、飢饉でもなんでもいい。争いが始まるような原因があるはずなのだが、まるでない。
これではまるで魔王がなんの予兆もなく、唐突にこの世界に現れ、目的もなく暴れまわっているようだ。
レーアと共に頭を悩ませていたウィスだったが、何か思いついたのか「あっ」と声を漏らしながら手のひらを合わせた。
「まさか〜、魔王もこの世界の外から来た存在だったり〜?」
「ははっ、まさか。そんな簡単に世界を越えられては堪りませんよ」
加えて、それではどちらにせよ目的というものがまるではっきりとしてこない。
戦う必要のない相手と戦うような愚策を施す存在ばかりが魔王としてこの世界に現れる。
「そんな妙な話あるわけーー」
「もし〜、ディザスターが本当に居たとしたら〜?」
言いながらレーアへとウィスが差し出したのはおとぎ話のとあるページ。
そこには3本の剣を授けた天使ラグエルの言葉がある。
『これは世界に悪しき魔を統べる者を生み出します』
つまり、3本の剣。すなわち、エクスカリバー、ガラディーン、アロンダイトの3本が魔王を生み出す原因。
「あれは言葉のあやだと思っていますが、それが本当にそうだ。と?」
問いかけるレーアにウィスはどこか含みのある笑みを浮かべた。
その顔を見て少し期待の眼差しを込めた彼女だったが、対する女性はふっと表情を緩めると小さく笑って言う。
「わからないわ〜」
「なっ!? ……まぁ、そんなことだろうとは少し思いましたが」
「そりゃ、情報がまともにないもの〜。
彼が戻ってくるのを待つしかないわ〜」
ウィスの言う彼など1人しかいない。
今朝ゼナイドから聞いたことだ。
ミーツェが生きており、ナナカと話したこと。
2人の話し合いでライトの行き先が魔王のところではないかということ。
「……本当に彼は魔王のところへ行くと思っているんですか?」
「ええ〜、思ってるわよ〜。彼ならやりかねないわ〜。
でも、それはレーアちゃんもでしょ〜?」
その問いかけにレーアは答えなかった。
なぜ調べているのか、その理由は自分でもわからないからだ。
彼の助けになりたいからなのか、自分の興味のためなのか。
それはわからない。
ただ間違いないのは調べたいと思ったということだ。
理由や誰のためかということはわからないが、そう思ったからしている行動であるということ。
(そう、決して彼と共に戦うためでは……力になるためでは……)
その思いを知ってかいなかウィスは微笑むとその頭を優しく撫でた後、近くの本棚へ行きそれを物色しながら言う。
「にしても〜、驚いたわね〜。ミーツェちゃんがワイハント商会の協力を取り付けてくるなんてね〜」
「ん? 待ってください。ワイハント商会はこの件に関わっていないのでは?」
「あら〜? どうして〜?」
「どうしてって……もし商会が絡んでるならもっとらしい行動、私たちの誰かに接触したり、とかあったはず」
周りにバレないようにするために未だ目が向けられている可能性があるゼナイドたちと接触しようとしない。
そう考えられるが、ミリアス家とは物品の売買で繋がりがある。
そのルートでの接触すらゼナイドからは聞かされていないため、動いているとはレーアには考えられなかったのだ。
しかし、ウィスはいつもの間延びした声で「どうかしら〜」と枕詞を置いて続ける。
「ミーツェちゃんは魔術を使えない〜。
でも、監視の目を欺いて、ナナカちゃんと話をしたのよ〜?
何かしらのロストかエクステッドを使ったと見るのが妥当じゃないかしら〜?」
「……なるほど。
だとするとナナカとの接触は」
「私たちだけじゃないっていうことを伝えるためでもあったのでしょうね〜」
「疑問に思って行動しているのは私たちだけじゃ、ない……ということですか」
「もしバレれば全て奪われる可能性があるのに〜。
僅かでも協力してくれてる。協力しようとする動きを取っている〜。
ありがたいわね〜」
数度瞬きをしたレーアはようやく小さな笑みを浮かべた。
「そう考えると、なんだか頼もしいですね」
ワイハント商会も彼らなりに動いている。
おそらく北側を中心にした諜報活動も行なっているかもしれない。
彼に関わった者が自分にできることを自身が思ってしている。
他にも同じ目的のために動いている存在がある。
「そうね〜。
じゃあ、私たちも私たちでできること、しましょうか〜」
「はい。ここにないのならばフラーバに行きましょう。
何かヒントがあるかもしれません」
そうしてレーアとウィスの2人は魔術都フラーバへと向かったのだった。




