助けた者、奪った者
ゼナイドがミリアス家の邸宅に戻ってきた時はもう朝日が昇り始めていた。
早馬を休ませ、自分も仮眠をとってはいたがほぼノンストップでの乗馬は流石にくるものがある。
ウィスの身体強化も消えているため、その感覚もより強く現れていた。
フラフラとした足取りのゼナイドを出迎えたのはナナカだ。
疲労困憊の彼女の顔を見てほっと胸をなでおろすと駆け寄りながら言葉をかける。
「お疲れ様、ゼナイドさん」
「うむ……。すまんが、肩を借りれるか?」
「もちろんだよ」
ナナカの肩を借り、向かったのはゼナイドの寝室。
そこの部屋の主であるゼナイドは今帰ってきたところなのだが、ベッドにはすでにゼナイドが横たわっていた。
「改めて見たが良い出来だな」
「ふふん。でしょ?」
ベッドにいるそれは自慢気に胸を張るナナカが魔術で作り出した人形、フーペである。
ライト救出のためにゼナイドたちが動いている間だけ、ミリアス家の邸宅に彼女たちがいたというアリバイのために作り出した。
もちろんそう複雑なことはできないが、可能な限りゼナイドたちの行動をコピーしている。
いつも接している従者たちは少しの違和感を覚えるかもしれないが、1日程度ならば問題は少ない。
「ありがとう、フーペ。もういいよ」
ナナカの労いの言葉が響くとフーペはメイドに着せられた服だけを残して消えた。
その間に着ていた服を脱ぎ捨てていたゼナイドは残された服に袖を通す。
そこまで来てようやく一息ついた彼女はベッドに腰掛け、ゆっくりと上半身を寝かせた。
本来ならばそのまま寝かせるところだが、ナナカには1つ気になることがある。
しかし、それを聞くのも憚れるほどの疲れを表している彼女をこれ以上起こしていていいのか、とナナカは自問していた。
彼女の心情を見破ったゼナイドは小さく微笑みながら優しい声音で言う。
「構わん。ライトのことだろう?」
「……うん。光ちゃんは、どう、だった?」
「折れていたよ。綺麗にな……。
まさかやつから『なぜ生かした』と言われるとは思わなかった」
それを聞いたナナカは俯くときゅっと唇を噛んだ。
やはり自分たちがやったことは間違っていたのだろうか、と。
思わずそれが口に出ていたのか、はたまたゼナイドも同じことを思っていたのか。首を横に振り、言葉を続ける。
「彼にとってそれが良かったかどうかはわからん。
私が言えることは言った。助けられそうな情報も出した。そのあと、どう動くかは彼自身が決めることだ」
「……また、会えるのかな。私たち」
「ああ、会えるさ。生きていればな」
ゼナイドは微笑み、そう言うと目を閉じる。
今度こそ彼女を眠らせようとしたナナカは寝室から出るために背を向け、歩き出した。
そんな背中へとゼナイドの言葉がかけられる。
「すまないな。君にライトと話す機会を与えられず」
たしかにナナカはライトが捕まってからは会っていない。
言葉どころか一目見ることすら出来なかったのは歯痒いし、悔しいとも思う。
「せめて一言だけでもって少し思ってるのは本当です。でも、私には私にしか出来ないことがあるから……。
それに、光ちゃんが生きているなら私はまた頑張れますから!」
「……そう、か」
今度こそゼナイドの口からは寝息が聞こえた。
ギリギリの意識で出した言葉が謝罪。それもナナカのことを思っての謝罪だ。
「ありがとう。ゼナイドさん」
ポツリと呟き、ナナカは寝室を去った。
◇◇◇
王城の通路を歩いてのはミュースだ。
いつものように通路を歩いていた彼は突然立ち止まるとため息をつき、脇の通路にいたその人物へと声をかける。
「お久しぶり、ですかね。ブルート・ドラング」
「おう。久方ぶりだ」
ブルートはミュースと肩を並べる数少ない騎士であり、飛龍騎士団の団長である。
ウルフカットで整えられた赤黒い色の髪に好戦的な性格がまざまざと現れている鋭い目でブルートはおちょくるような口調で言う。
「聞いたぞ?
2回もヘマやらかしたんだよな」
1回目はミーツェを取り逃がしたこと。
2回目はライトを逃してしまったことだ。
騎士としては任務の失敗など到底許されることではない。
それが立場ある者であればなおさらのことだ。
しかし、ミュースは悪びれる様子もなければ恥ずかしがるような様子もなく、いつもと変わらぬ表情と声で言う。
「まぁ、問題はないでしょう。
今さらどう足掻いたところで彼らにできることはありませんし。
脱走を手引きした者もわかってはいますから」
「ほぅ? ならなんでそいつを捕まえない?
お前、そいつに泥塗られたんだぞ」
「おや、あなたが私の心配とはこれは明日は雷ですね。
飛んでる時に当たって落ちることを願いますよ」
さらっと突っ込まれた直球の言葉にブルートは怒りを覚えたが、頭を掻くことでそれを抑え込み、改めて問いかけた。
「んな冗談はいらん。こっちの質問にまず答えろ」
ミュースは「いじり甲斐がない」と小さく呟き答える。
「ミリアス家、ヴァミル家、シーパル家が怪しいですね。
しかし、家ぐるみではなくその一部、勇者の近くにいるゼナイド、ウィス、レーアの独断でしょう」
「なら簡単じゃねぇか。家を脅してそいつらを牢にぶち込めばーー」
「いえ、そういうわけにもいきませんよ。
さっきも言いましたでしょう? 勇者の近くにいる、と」
「……あー、なるほどな。勇者様まで関わってんのか。そりゃ面倒だ」
勇者の背後にはライトが消えたことで勢いづいている勇者派がいる。
同時に魔王を倒した後の勢力争いが水面下で始まり、かなり神経質になっている時でもある。
そのため、勇者の周りに手を入れようとすれば彼らがあの手この手で邪魔をしてくるのは間違いない。
無理に手を入れることは可能ではあるが、何かしらの代償を支払うことになるだろう。
どこまでも滑稽で結構なことではあるが、なりふり構わない状態だ。
そんなものは相手にしないに限る。
「それに明確な証拠もありません。
彼の処刑時、3人はミリアス家に居たようですし。
今はルヴィサージュなり別の組織なりに監視させて泳がせておく方が良い。
その間に尻尾が出れば掴みますし、出なくとも行動の抑制はできます」
「考えてんだな。お前」
「あなたが何も考えてなさすぎるのです」
そう言い再び歩き出そうとしたミュースはふと思い出し、ブルートへと問いかける。
「そういえば、彼の仲間だった赤髪の女性、あなたの所に行ったというのは本当なんですか?」
「ん? そうそう。洗脳と催眠を併用してるんだが、精神力って言うのか?
それが化け物じみてて中途半端にしかからん」
「なんだ。そんなことですか。
拷問なり陵辱なりして折ればいいじゃないですか」
「いや、それは……」
ブルートにしては妙に歯切れが悪い物言いだ。
ミュースは首を傾げたがすぐにその答えに行き着くとそれを口に出した。
「もしかして、惚れたんですか?」
「あ!? い、いやぁ……まぁ、その、なんだ」
顔を赤らめたブルートに心底から寒気がしたミュースは手を羽虫でも払うように動かすと言う。
「あぁ、もう結構です。その反応で嫌でもわかりました。
あなたはあの様な者が好みだったのですね。
そりゃ舞踏会で言い寄られてもまともになびかないわけです」
全てを見透かされたような気がしたブルートは「しまった」と歯を食いしばった。
彼にだけはこういう個人的な弱味は握られたくはなかったが、今は気にする余裕はない。
「と、とにかくなんか方法はないか?
一応言うが、拷問と陵辱は無しだ!」
「その2つがダメで洗脳や催眠が問題ないのは少し気になりますが……まぁ、置いておくとします。
答えですが、渋々ながらいくらか策が浮かんでしまいましたので今度恩を売りに行きますよ」
「ほ、本当か!?」
「ええ、あの奴隷が利用できますからね」
小さくガッツポーズをしたブルートだが、すぐにそのことに気がつき問いかける。
「奴隷? ……お前また奴隷買ったのか?」
「買ったのではありませんよ。彼が持っていた奴隷です」
「んだよ。あいつ奴隷まで持ってたのかよ。
なんか生意気だな」
「まぁ、伊達に怪物を相手に戦っていないということでしょう」
「そんなに強いなら手合わせしたいところだな」
「今はその力、あるかわかりませんがね。
右腕切り落としましたし……」
「はぁ? あいつへの拷問はダメだったんじゃねぇのかよ」
「拷問ではありませんよ。奴隷を奪うための策です。
それに、説得はしました」
それを眉1つ動かすことなく言い切ったミュースにブルートは悪寒を覚えながらポツリと呟いた。
「お前、やっぱとんでもない奴だな」
「褒め言葉として受け取っておきますよ」
ミュースはそう言葉を返すと再び歩き出した。
ブルートも言いたいことは言い終えたため特にそれを止めることはなく、彼とは反対の方向へと歩き出した。




