喪失
もちろん牢獄に囚われたのはライトだけではない。
ウィンリィとデフェットも牢に放り込まれていた。
何度か声を上げてみたがライトからの答えがないあたり、彼は近くの牢屋にはいないのだろうことはわかっている。
彼だけ離れた場所なのは魔王としての疑惑をかけられているあたりから考えるに、おそらく特別な牢に入れられているのだろう。
いや、牢というよりも彼女たちを捉えている施設そのものが少し不思議だ。
デフェットが言うにはマナが見えない。つまり、マナがないらしい。
それらを知った2人は下手に騒いだり足掻いたりせず、ただ黙ってことが動くのを待つほかなかった。
「……なぁ、今日で何日目だ?
私の感覚だと7日目なんだが」
「私もだ」
ちなみにだが牢の前に監視などはなく、2人の牢も隣同士であるため、普通に会話をする分には問題がない。
この辺りは杜撰なのか、狙いがあるのかはわからないが彼女たちにとっては幸運なことだ。
「にしても、1週間、か……」
「ああ、なかなか抜け出せそうな機会が訪れないなぁ」
「それだけ警戒してるってことであろう」
「もしくはライトの処刑の準備、だとかな」
「ウィン殿」
「……わかってる。悪い。
やっぱり私もそろそろ限界が近いらしいな」
どうにも思考が悲観的になりがちだ。
機会を待っているといえば聞こえはいいが、実際のところは自分たちで逃げることを諦めているだけだ。
そんな状況で希望なども見つかるわけもなく、むしろこの後の暗い展開しか頭に思い浮かばない。
「ライト、大丈夫かな」
「今は信じるしかない。それまでは私たちも今を維持するしかない」
デフェットの言葉にウィンリィは小さく笑みを浮かべて「そうだな」と答えたが重い息がつい吐かれた。
後どれだけ待てばいいか、待つことができるか。
そんなことを考え始めた頃、近付いてくる足音に気がついた。
鉄格子の方を向いたウィンリィの視界にいたのは女性と男性の騎士だ。
女性の騎士が牢の鍵を開けながら言う。
「出ろ。貴様は北に向かうことになった
「……は? 待て、どういうことだ」
「文字通りだ。貴様の身柄は王都から北副都へと移される」
未だ戸惑うウィンリィの腕を掴んだ男性騎士が手枷を付けようとしたが、それから逃れようと抵抗を続けながら叫ぶ。
「お、おい! ふざけるな。私はーー」
「静かにしろ」
「ッ!?」
騒ぎ出そうとしたウィンリィを止めたその声は突き放しようなものではなく、どこか落ち着かせようとする語調だった。
その妙な雰囲気の変化にウィンリィは咄嗟に言葉を飲む。
彼女の行動と態度に満足したように女性騎士は「よし」と頷くとデフェットにも聞こえる程度の小声で続けた。
「私たちはミリアス家の分家の者です」
「ミリアスって……ゼナイドの?」
「はい。本来であれば拘束そのものを解きたかったのですが……」
「一部の騎士や貴族に邪魔をされまして少なくとも多少の自由は得られるようになりますので、今はどうか辛抱をお願いします」
自分が北に向かうことになっていることに納得はできないが、ひとまず2人が完全に敵ではないことを確信したウィンリィは質問を投げかける。
「ライトとデフェはどうなるんだ?」
「……わかりません。特にライト様はどこにいるのかさえゼナイド様も知らないようで」
「それとこれは噂ですが、ポーラ様が自室に監禁されていると」
彼女を強姦した疑いもライトにはかけられている。
もし、ポーラ本人から「そんなことはなかった」と強く言われてしまえば必然的に魔王疑惑も「本当にあったことなのか?」と疑われる。
そんなことになれば王自身やその下にいる貴族たちの立場が危うくなるのだ。
口を挟まれないように監禁するのはむしろ当然のことだろう。
手枷と目隠しをされたウィンリィは彼らに連れられるまま牢の外へと出た。
「ウィン殿……」
姿は見えないがデフェットの呼ぶ声が斜め後ろから聞こえる。
その方向へと向いてウィンリィはうつむき言った。
「……悪い、一緒に居られなくて」
「謝る必要はない。だが、ウィンリィ殿、気をつけてくれ。何があるかわからんからな」
「わかってる。デフェも……デフェたちも気をつけろよ」
デフェットは小さく笑いながらそれに小さく肯定の言葉を返した。
2人の短い会話の後に女性騎士はウィンリィへと声をかける。
「行くぞ」
「ああ……」
そうして彼女は王都から馬車に乗せられ北副都へと移送されることになった。
◇◇◇
ウィンリィが移送されてから3日が過ぎた。
ライトの心は未だに折れることなく、その時を待っていた。
そして、待っていたその時は訪れる。
彼の牢の前にいるのはミュース。
そして、その後ろには護衛であろう騎士が5人も控えていた。
騎士を従えたミュースはライトへと最終確認をする。
「本当にあの奴隷を渡すつもりはないのですね?」
「ない。何度も言ってる。取りたきゃ無理矢理にでもやってみろ」
煽る言葉も添えて端的に答えた。
この10日近くライトは幾度もミュースからそんな説得を受けていたが、その全てに先ほどのような返しをしていた。
今日もまた同じ説得の言葉だったが、今日は護衛もいる。
数発殴るつもりで来たか、もしくは無理矢理にでも契約を切りに来たかのどちらかだ。
前者であればとにかく耐える。少なくとも殺す指示は出ていないようなので終わるまでとにかく耐える。
後者であれば逃げ出すチャンスだ。
契約を切るには専用の魔術を行う必要がある。
そして、魔術を使うということはマナがある場所に向かうということだ。
(そこでなら創造も使える)
そこまで行けば武器や脱出経路を作れるようになるだろう。
あまりしたくはないが脅してデフェットの場所を聞き出すこともできる。
とにかく事態は好転する。
少なくとも希望が湧き始めていた。
小さな光を手繰り寄せようとライトは前を見つめていた。
だがそれはミュースが新たに呼んだその男、正確にはそれが持っていた大きな出刃包丁を見るまでのことだった。
それを見た瞬間、ライトの顔から血の気が引いた。
当然だ。こんな場所にあんなものを持ってくる理由など1つしかない。
それを察したがゆえに動けなくなっていたライトを騎士たちが抑えつける。
手際よく左腕、両足を抑え、口にくつわを噛ませる。
それを見た出刃包丁を持った男がしっかりとした足取りで悠々と近づくとライトの右腕を抑えつけた。
「んん!! んんん!!!」
ライトは叫ぶがくつわを噛んでいるため「やめろ」と上手く言葉にすることができていない。
言葉になっていないライトの訴えに答える者はなく、男はライトの上腕に刃を一度充てがうと高く掲げた。
そして、その刃は一息に振り下ろされ、ライトの右腕を切り落とされた。
「ーーーッッッ!!!」
その声にならないもはや音としか呼べなくなったそれが牢獄に響いた。
激痛。
今まで受けたことのない痛みが全身を走り抜ける。
あまりの痛みに体をバタつかせ、絶えず音を零し続けるライトだが騎士たちが抑えつけているため、虚しく地面を叩く。
(痛いッ! 痛いッ! 痛いッ!)
切られたのはライトの上腕の真ん中。
痛みにもがく度にそこからは赤い血がどくどくと流れ、直接焼かれているかと錯覚するほどの熱を感じる。
「クーア」
ライトが痛みに苦しみ、言葉にならない声を上げていても涼しい顔でミュースは唱えた。
瞬間、ライトの右上腕が仄かに光り、切断面を綺麗に塞いだ。
それからようやく彼から騎士たちが離れる。
自由の身となったライトは血で染まった腕を掴み、縮こまった。
腕を失った喪失感よりも激痛がいまだに優っている。
「お、前……!」
ライトは涙と憎しみを目に一杯に浮かべながらミュースを見据える。
しかし、彼はまるでどこ吹く風かベルトに付けていた片手サイズのボールのような何かをまじまじと見つめていた。
「マナティック・コンデンサ。
なるほどなるほど……これは良いものだ。ですが、あまり効率は良くないですねぇ」
そう呟いたミュースへとライトの腕を切り落とした男がその腕を差し出した。
ミュースはそれを雑に掴み、右腕の手首にデフェットとの契約を結んだ魔術陣が描かれているのを確認すると1人の騎士へと渡す。
「これをいつもの奴隷商のところへ」
「はっ!」
返事をしたその騎士はそそくさと牢から出てどこかへと向かった。
それらを行なってようやくミュースはライトの視線に気が付き、しゃがんで話しかける。
「そう睨まないでください。
あなたが素直に渡してくれないから強行したんですよ?
あなたの首が落ちるのを待つのもいいんですが、悠長にしてるとアレ“も”取られかねませんでしたから」
悪びれる様子もなくさらっと言い切ったミュースだが、その言葉に1つだけ引っかかることがあった。
「も、って……まさ、か」
「ええ、そうですよ。北副都の飛竜騎士団の団長にもっていかれました。
まぁ、彼女は嫌がるでしょうけど、人の心は案外ぽっきりと折れるものですからねっと」
ミュースは立ち上がると地面に倒れたライト横目で見て「では」と言い、牢屋から去った。
残ったのは武器と名誉、そして大切な仲間を2人も失った1人の少年だった。
投稿が少し遅れました。
明日は大体最近更新している時間帯に更新できると思います。
また、合計評価ポイントが900を超えました。
本当にありがとうございます!




