牢獄
ライトが目を覚ましたとき、真っ先に目に入ったのは薄暗い石天井だった。
体にじんわりと染み入るような痛みを感じながらも上半身を起こし、辺りを見回す。
辺りにあるのは石壁に石床、鉄格子。質素なベッドとここが嫌でも牢獄であることを示していた。
(捕まった……か。当然だな)
ミュース・レイヴィ。聖歌騎士団とやらの団長。
その聖歌騎士団がなんなのかはわからないが、王都にある組織の団長の名に相応しい実力を持っていた。
使ってきたのは土人形だけだったが、他にも様々な魔術を持っていてもおかしくはない。
今はとにかくそれらの追手を撒いたミーツェがパブロットにこのことを伝えられていることを祈るしかない。
その間ライトがやることはウィンリィたちとの合流と脱獄だ。
「エアカッター」
使い慣れた空気の刃を唱えた。
いつもならばこれで形成されるはずだが、作られることはなく、しんと静まり返った空気と時間が流れただけだ。
「……マーシャル・エンチャント」
ある予感が頭に浮かび、それを確かめるために次はそう唱えた。
だが、やはりマナが身体中に広がる独特の感覚は訪れることはない。
(まさか……!?)
「ええ、もちろんですがここにマナはありませんよ」
「ッ!?」
ライトの行き着いた答えをはっきりと言い示しながら現れたのはミュースだ。
彼は鉄格子越しにライトを見ながら続ける。
「いやいや、意外と元気そうで安心しました。
手荒でしたから少し心配しましたよ」
男性にしては少し高めの声と中性的な顔立ちからはあまり想像できない物騒なことを平然と言ったミュース。
そんな彼の言葉を無視してライトは問いかける。
「マナがないって言ったな。どういうことだ?」
「そういうロストがあるんですよ。
現に空気に少し違和感があるでしょう?
まぁ、それは地下にあることも関係してますが」
マナを吸収するロスト・エクストラ。
そんなものがあるのか、と思ったライトは白銀と黒鉄に問いかけた。
(……あれ?)
しかし、2人から言葉が返ってくることはない。
今更ながら白銀と黒鉄との会話にはマナが関係していることを知ったライトは歯噛みした。
「っと、そんな世間話をしに来たのではないんです。
あなたが持っているマナリアの奴隷、私に譲渡していただけませんか?」
「なっ!? そんなことするわけないだろ!」
奴隷譲渡の方法は簡単だ。
元々の所有者がその契約を魔術陣に移し、その魔術陣から新たな所有者へと契約を移せば終わりだ。
それを改めて思い浮かべたライトはあることに気がつき、小さく出かけた声を抑え込む。
(うまくその状況になれば能力で脱獄ができるかもしれない。
それに、そこにはデフェもいるはず)
とりあえずそこでデフェットと合流できる。
あとはウィンリィの場所をどう知るかだ。
デフェットと同じ、せめて近くの牢獄に捕らえられていればいいが、その辺りは今のライトには知ることはできない。
「そうですか……残念です。では、日を改めましょう」
「いつ来ようが変わらないさ。
無理やりやらない限りな」
ライトは挑発するような笑みを浮かべた。
心の中に生まれた小さな希望。それを見つけたからこそできた笑みだ。
それを見たミュースは驚いたように目を見開く。
「ほう、これは驚きました。
捕まっていながらまだその顔ができるとは……。
これは下手なことでは渡していただけないようで少し残念です」
そう言い残してミュースはライトの独房の前から去った。
ミュースを煽ることはした。
あとは彼が動くその時を待つしかない。
彼の物言いからはミーツェは捕まっていないように感じた。
(まだ終わっていない)
ライトは未だ光の強く篭った瞳で自分の両手を見つめ、握りしめた。
◇◇◇
ちょうどその頃、目覚めたゼナイドから全てを聞いたナナカは怒りと悲しみが綯い交ぜにさせながら震えた声で言葉を紡ぐ。
「なんで……なんで光ちゃんが魔王ってことになるの?
なんでポーラ様を襲ったことになるの?」
「正直に言えば、わからん。
ただ、魔王に関係することだろうな」
魔王討伐に向かおうとしていたタイミングで起こった事だ。
無関係とはとてもではないが考えられない。
大元はゼナイドが提案した計画だが、本来は止めたい計画だった。
だが、魔王と戦争をしていると銘打っている手前、それを邪魔することはできない。
そこでライトに魔王疑惑とポーラへの強姦という罪をなすりつけることで計画を無理矢理に頓挫させた。
それがゼナイドの予想であった。
「それを指摘して止めることは?」
「不可能だ。例え証拠を見つけたとしても、止まらない。いや、止まれはしない」
「なんで……?」
「もうすでに貴族たちだけではなく、民の方にも噂は広がっている。
余計な尾ひれがついて、な」
それぐらいのことで、と言い返そうとしたナナカの思考を先回りしたゼナイドは拳を握りしめ、苦々しい表情を浮かべて続ける。
「その程度、と甘く考えない方がいい。
人を扇動するのに真っ先に行うのは悪を作ることだ」
人だけではなく、感情を持つ者の中で悪役に進んでなろうとする者は少ない。
可能であれば常に善でありたいとすら思う者もいる。
そんな人々を扇動する際に行うことが“同じ敵を作る”ということだ。
やつは人々を苦しめる悪者である。
我々はそれに鉄槌を下す正義である。
正義であるがゆえに正しく、正しいからなにをしても良い。
例え、そのせいで誰かが死のうとも「必要な犠牲だった」で片付けられる。
「同一の敵、それを倒せという単純ゆえに届きやすい言葉、正義と思っているがゆえに止められぬ行動。
それらにとってしてみれば事実などもはや関係はない」
「そんな……そんなのって!」
「ああ、少なくとも今の彼へと非難は集まっている。
特に酷いのがポーラ様関連だ」
ナナカはその内容を知らない。
だが、歯をくいしばるゼナイドの表情からどれほど酷いものが流れているのかは想像ができる。
「あまりにも噂が流れるのが早すぎる。
おそらくあらかじめ準備していたのだろう。
今ごろ副都や村ではこの噂が流れているだろうな」
「……どうやっても、止められないの?」
「すまない……」
ゼナイドのポツリと呟かれた謝罪。
それを受けたナナカはただ立ち尽くすしかなかった。
ただ、大切な者がまた死ぬかもしれないという恐怖に怯えるしかなかった。
◇◇◇
王城にあるポーラの居室、そこでポーラの怒声が響く。
「なぜですか!!」
それを受けた騎士は反射的に体ビクつかせた。
しかし、それを気に留めることもなく、むしろその語調をより一層強め、その騎士へと言葉を向ける。
「ライト様が魔王なわけがありません!
私も襲われてなどいませんし、洗脳もされていません!!」
ポーラがそのことを知ったのはつい先ほどのことだ。
城内が騒がしいと思っていたが少しして落ち着き、それからさらに経った後に訪れた騎士から伝えられてようやく知った。
あのポーラがここまで感情を露わにする。
それに報告を上げた騎士含め世話係である4人のメイドも驚いていたが、そのまま黙っているわけにはいかない。
騎士は少し言葉を震わせながら言葉を返す。
「し、しかし、アルルハイド王がーー」
「お父様が言ったから全てが真実となるのですか!?
白が黒になるとあなたは仰るのですか!!」
返す言葉を見つけられない騎士はたじろぐ。
そんな騎士の代わりにメイドの1人が言葉を投げかける。
「ポーラ様は洗脳されたのです!
ですから記憶がーー」
「そんな卑劣な真似をライト様が行うはずがありません。
あなた方はあの方と話したことがないから……!」
それでもメイドたちと騎士は考えを改める気は無いらしい。
未だに「しかし」や「魔導師がすぐに洗脳を解く」とよくわからない言葉を投げかけ続けている。
それに我慢の限界を迎えたポーラは扉へと向かった。
しかし、そんな彼女の前に騎士が立ちふさがる。
「通してください」
「なりません。王より居室や寝室から出すなとの命が出ております」
それを聞きポーラは言葉を失った。
父親であるアルルハイドはポーラの説明を聞く気はないらしい。
強行突破も考えはしたが、どう頑張ってもこの包囲から抜けることはポーラには不可能。
彼女は拳を握りしめると踵を返し、椅子に深く腰を落とした。
すぐに重い息を吐き、心の中で祈る。
(ライト様……どうか、どうか! ご無事で)
今のポーラはとにかくそう強く祈り続けるしかできなかった。
もしかしたら明日は更新できないかもしれません。
更新できるよう努力しますが、出来なかったときは申し訳ありません。




