もう1つの力?
ライト、ナナカ、レーアの3人の前に紅茶を出したメイドがお辞儀をして部屋を去った。
レーアは早速紅茶を飲みながら扉が閉まるのを横目で確認。
たしかに扉が閉まったことを確認し、息を吐くのと同時、カップをソーサーの上に置いた。
「さて、突然訪れたこと一応謝ります」
「いや、それは構わないんだけど。どうした?」
「私もわからない。ただ、レーアちゃんが私たちに話があるって」
2人の視線はレーアへと向けられる。
それらを受けた彼女は真剣な眼差しでライトへと問いかけた。
「あなたについてです」
「俺?」
「はい。死、とはなんですか?」
「て、哲学?」
ナナカの問いかけに「いえ」と首を横に振ったレーアは続ける。
「ゼナイドが言っていました。あなたとナナカの違いについてです」
◇◇◇
約1ヶ月ほど前、ゼナイドの冤罪が晴れ、魔王討伐について動き始めたころだ。
まだ計画を練り始め、どこに協力を求めるかもはっきりと決まっていない中の話し合いの最中、出たそれをレーアは聞き返す。
「彼も、ですか?」
彼女の指す彼、とはライトのこと。
てっきり自分たちだけで魔王討伐を行うと思っていたレーアにとっては少々引っかかることだった。
「何故ですか。彼は一般人です」
「一応名誉騎士勲章は貰ってるけど〜?」
「ですが、彼は騎士ではありません」
「まぁ、そうね〜。私も疑問だわ〜。
まさか〜、ゼナイドちゃんが気に入ってるからってわけじゃないんでしょ〜?」
「もちろんだ。
はっきり言ってナナカと私たちだけでは不確定要素が多すぎるし、その対応もできない可能性がある」
魔王に関する情報はほぼない。
できたのは住処の場所を知るぐらいで、それ以上は天候の影響で調査ができなかった。
現時点でこの様だ。城内に何があるか、何が起こるかなど予測するのも馬鹿らしい。
たしかに彼らの力は大体わかっているし、共にガメズも倒したため信頼もある程度できる。
そう言った点ではたしかに彼らを頼るのはおかしくはない。
「しかし、それならば他にもいるはずです」
例えば、ミュラー家はミリアス家の冤罪を晴らすことに一躍買ったし、魔王討伐の件でもよく働いてくれた家だ。
魔術について心配ならばウィス、レーアの方に心当たりがある。
もちろんそれはゼナイドもわかっているはずだ。
「あなたの感情ではないのならば、なぜですか?」
「……彼は転生、つまり一度死んでいる。それが理由だ」
「死が理由?」
「ああ、そうだ。
普通、人だけではなく、この世に命を持つものは死ねばそこで終わりだ。
だが、彼は違った」
死はそこで終わりだ。そこから先はない。
少なくとも生きていた自分が死んだ後の先を自覚することはない。
しかし、ライトには先があった。あってしまったのだ。
「ライトはおそらく自覚していないだろうが、たしかに死を知ったのだ。
例えそれがどのような死に方であれな」
「普通は経験するはずがない経験をしたこと、それが理由ですか」
「ああ。これも推測だがな。
彼は“死を知ったゆえに自分に向かう死が見える”のだ」
「死が見える、ね〜?
それってどんな景色なのかしら〜?」
「ものとしては見えんだろう。
例えるならそうだな。
分かれ道でなんとなくこの道を行ったほうが安全と思ったり、戦闘では確実に殺す一撃をかわす、もしくは1番軽い受け方をする、というような感じ、だろう……?」
ゼナイドの語尾からはわかりやすいほどの不安が浮かんでいた。
己を殺す死を見極める。
ゼナイドの予想通りならばそれは未来予知に近い感覚だ。
「まさか……ありえませんよ。
それならなぜ彼は白い怪物やバハムート、ガメズといった大事に当たるんですか?」
「撃退するのが1番の回避方法だったんじゃないの〜?」
「そんな脳筋みたいな予測なんてあるわけないでしょ……」
「脳筋かどうかはよくわからんがな。
私としては一番相手にしたくない相手だ」
苦笑いと共に出たその言葉にレーアは目を丸めた。
「あなたを越える、と?」
「認めたくはないがな。
彼だけは敵に回したくないものだ」
◇◇◇
「あなた方は共に別の世界から来た人間。
でも違いはある。環境ではない。この世界への訪れ方」
「死んでこの世界に来たかーー」
「ーー転移して来たか……」
ライトとナナカが確認するように順に言った。
それに頷いて肯定を表したレーアは再びライトへと問いかける。
「あなたの死はなんですか?」
「わからない。わかるわけない……」
死はあまりにも突然だった。
文字通り神の悪戯で死んだライトにとっては「そこで得たものがある」などと言われても自覚などできない。
だが、ふっと思うことがある。
創造という能力は本当にチートなのか、と。
あの転生の本来の目的とウスィク自身の狙いがあることを匂わせる言い方。
あれらを聞いてからウスィクはどうにも信用ができなくなってきている。
そんな時、ナナカがポツリと漏らす。
「ねぇ、レーアちゃん」
「はい? なんですか?」
「なんで私も連れてきたの?」
それはライトも疑問に思っていた。
少なくともナナカにも聞 聞かなければならないものとは思えない。
「あなたは彼の死に際を見た」
「ッ! ……うん」
ナナカの脳裏には今でもその惨状がこびりついている。
忘れたいが忘れられない記憶だ。
「余計なお世話なのはわかっています。あなたにとってそれが辛い記憶であるのも。
でも、あなたが一番彼の死を知っていなければならない。そう思ったのです」
目の前で死を見届けたゆえにそこでライトが感じたものをナナカにも知っていてほしい。
それは彼への理解に繋がると思った。
ナナカがライトへと持つ感情を知っているレーアの不器用ながらも彼女なりにナナカのことを思ったことだった。
「まぁ、一番重要な人の答えがわからない、だったのですが」
肩をすくめながら話は終わったと言うかわりにレーアは紅茶で喉を潤した。
そんなレーアを見ながらライトは言う。
「ちょっと意外だな」
「何がですか?」
「いや、初めて会ったときのレーアさんってもっと冷たいイメージがあったからさ。
ナナカのためにも動くなんて優しいなって」
それを聞いたレーアは少しの間をおいてから顔を一気に赤面させ、慌てたように声を上げた。
「な、なにを!
違います! 私はただ、そう! ただ魔王討伐を万全にするために!
あなたのことだってもし分かればそれを共有化したり……って、聞いていますか!?」
そんなわかりやすい照れ隠しをライトとレーアはそれを笑いを堪えながら聞いていた。
◇◇◇
そんな会話をライトとナナカ、レーアがしていた頃、ミーツェはある扉の前で立ち止まり、聞こえる言葉に耳を傾けていた。
最初は単純に剣について話しているウィンリィとゼナイドへ食べる物を持っていこうとメイドたちに何かあるかを聞きに行っただけだった。
そこでふと会話が耳に入った。
少なくとも扉と壁が間にあったため普通の人間ならば聞こえなかっただろう。
せいぜい何か話しているなと思う程度で立ち止まることはない。
しかし、キャッネ族である彼女はその単語を聞いてしまった。
ーー彼のせいで全て狂った。
ーー彼は邪魔だ。
そこだけならばいい。貴族間での利権争いなど飽きるほどに聞いてきた内容だ。
今更どうこう思うことはない。
だが、今回は違う。聞き流すわけにはいかない内容だった。
『ああ。ライト……奴をどう始末するか……』
その言葉の内容は間違いなく。
そして、それを言った人物もまた間違えるわけがない。
それを言った人物はこの国の王、アルルハイドのものだった。




