魔王討伐のために
ゼナイドが予想していた通り、ライトたちは一番良い応接室に通されていた。
本来ならば東副都トイストの王であるコンラッドも会談を一時休止のために動いている事だろう。
コンラッドが来るまで待つべきなのだが、状況を頭に入れたかったゼナイドは一足先にライトから事の顛末を聞いていた。
「はぁ……なるほど」
全てを聞き終えたゼナイドはポーラがいるにもかかわらず、頭を抱えていた。
ちなみに位置関係としては豪奢な長ソファの中央にポーラ、左右にライト、ウィンリィが並んで座り、その後ろにはデフェットとミーツェ。
テーブルを挟んだその向かい側のソファにゼナイドが座っている。
「ライト……お前のその妙に物事に巻き込まれる体質はなんなんだ?」
「さ、さぁ? なんなんでしょうかね」
苦笑いを浮かべるライトを見て再び息を吐いたゼナイドはポーラへと視線を移した。
改めて見ても怪我らしい怪我をしていなければ疲労が強く現れているわけでもない。まさに健康そのものだ。
「ともかく、ポーラ様がご無事で何よりでした」
「はい。ライト様たちがいなければ私の命もなかったかもしれなかったです。
ほんの2週間ほどでしたけど旅も楽しめましたわ」
「それは良かった。ですが、あまりご無理はなさらないようお願いいたします」
「ええ、理解しているつもりです」
ポーラがそう答えたところで扉がノックされた。
ゼナイドは部屋に入る許可を下ろすと扉が開かれ、メイドが言う。
「ポーラ様、お部屋のご用意ができましたのでご案内いたします」
「わかりました。ありがとうございます。
では、私は一度席を外しますわ。
ここに無事にたどり着けたのはひとえにライト様たちのお力のおかげです。
皆様に心よりの感謝を」
言いながら両手でスカートの裾を摘み綺麗に頭を下げる。
その間に彼女がもともと着ていた服をミーツェはメイドに渡した。
それを受け取ったメイドと共に小さく手を振りながらポーラは応接室を出た。
足音が遠ざかっていき、聞こえなくなったタイミングで空気がガラリと変わる。
先ほどまでは少し柔らかなものだったが今では全くの別。
切り合いでも始まりそうな雰囲気の中、ゼナイドが話を切り出す。
「それで、実際はなにが起きた」
単刀直入の質問だ。
話をためらう理由であったポーラはこの場にいない。
もはや隠す必要もなくなったライトたちはポーラ誘拐の裏に貴族や騎士が関わっている可能性を伝えた。
「騎士様はどう思う?
この行動には無駄が多いって思ってるんだが、騎士とか貴族の派閥争いってこんなリスクを背負ってまでやるもんか?」
ライトとナナカを利用した派閥争いはウィンリィも納得できたところだ。
彼らからしてみればライトたちは格下の存在。利用し、それがバレたところで揉み消せる。
実際、顔のない暗殺者なんてものを動かしていた。
だが、今回は違う。
どことどこが争っているのかすらわからないのも気になるが、それ以上に王族を使ってまでやる理由が全く予測ができなかった。
もしかしたらゼナイドならばなにかわかるかもと思ったが彼女はすぐに首を横に振った。
「たしかに派閥争いは面倒なものだ。コネを使い、金で買収し、人を扇動する。
だが、今回の件はリスクがあまりにも大きすぎる。そこまでして得られるだけの価値があるものなど私には1つしか思い浮かばん」
「それってまさか……!?」
「ああ、察しがいいな。この国そのものだ」
「ま、まさか!? クーデターを起こすつもりだったのか!?」
ライトの驚愕で出た言葉にゼナイドは頷いた。
ウィンリィたちも言葉を失い、その予測を咀嚼している。
セントリア王国を潰し、自分が王となる。
たしかにそれならば王族であるポーラを誘拐したとしても余裕でお釣りが返ってくる。
「ちなみにゼナイド様、そのような行動を起こす者に心当たりは?」
「ない。少なくとも私が知る範囲ではな。
まぁ、この辺りは調べるあてがあるからそっちを頼ることにする。
忘れろとは言わん。だが、今は置いておけ」
「そういえば……早急に話があるって」
今までのは突然降って湧いた話だった。
ライトたちはもちろん、ゼナイドにとってもそれは変わらない。
彼女が遣いを出してまで呼び出したのはもっと別の話だ。
「ミリアス家にかけられた冤罪が晴れた」
それは良いことだ。
これでミリアス家は表立って動くことができるし、冤罪を被ったことでの賠償を求めることもできる。
だが、素直に祝福するような空気ではない。
ゼナイドは表情を厳しくさせたままライトたちへと問いかける。
「ライトとナナカのゴタゴタの原因は知っているな?」
「……魔王、ですよね。北の山脈の向こうにいるっていう」
「そうだ。その魔王を討伐する」
「……本気、ですか?」
「冗談でこんなことを言う性格に見えるか?」
ライトの確認の言葉をゼナイドはその一言で蹴飛ばした。
たしかにライト派とナナカ派の派閥争いは遅々として進まない魔王討伐が発端で起こったことだ。
それが終わればひとまずその2つの争いは止まるだろう。
「ですが、それはどのように行うのですか?
どちらからも反発が出るのでは?」
「いや、そこは問題ない。
そもそもナナカがすぐに北に行かなかったのは貴族たちが止めてたからだ。名目は訓練だったがな」
「今はその名目が消えた……?」
「薄くはなったな。
だからさっさと魔王に向かわせろという声が勇者派の中から湧き始めている」
「主人殿を消すのを失敗した以上、うかうかしてられんということか……」
「そうだ。そして、そんな動きは当然ライト派も察している。
今は君とどう接触を図るかで頭を悩ませているよ。
冤罪が晴れたミリアス家だけではなく、レーアとウィスのところにも接触があったようだから間違いない」
根本は自分の益であるのに変わりはないが、ようやく剣を人に向けあうのではなく、魔王へ向けることにしてくれたようだ。
今回に関してはむしろ変わっていない方が動きがわかりやすいため、ありがたいことかもしれない。
「でも、どうやって?
北の山脈の向こうにいるっていうのは聞いたことがありますけど」
「飛龍騎士が北の山脈の向こうに建物を見つけたらしい。
おそらくそこが魔王の城だ」
作戦としては至極単純なものだ。
最初に騎士団が城へ攻勢をかける。
魔王は迎撃のためにゴブリンやオークといった獣を呼び出してくるだろう。
当然、戦闘が起こる。数も多いため混戦になることはまちがいない。
そして、ライトたちはその混乱に乗じて城へと突入、魔王の首を取る。
もし進入が難しいようだったらガラディーン、エクスカリバーで城を破壊する。
魔王の死体を確認できないという欠点が残るため、可能ならば行いたくないことだ。
「どうだ? やれるな?」
「やれるかはわかりませんけど、俺ができることはやります」
「ふっ、それで充分だ」
ライトとゼナイドの間で話が落ち着いたタイミングでウィンリィが手を挙げた。
「質問、私たちも付いていっていいのか?」
「むしろこちらから頼みたい」
続けてミーツェが同じように小さく手を挙げる。
ゼナイドが頷いて発言を促すのを見てから口を開いた。
「魔王の城に突入するのは何人でしょうか」
「予定では私、ナナカ、レーア、ウィス。そして、ライト、ウィンリィ……と君達2人も戦力として考えている」
「もちろんライト様の行くところ付いていくのが従者です。当然付いていきます」
「では、私もいいだろうか?」
「どうした?」
「いつ向かうんだ?
我々としては相応の準備をしたい」
「それに関しては王都で行う。
物資に関してはワイハント商会がすでに名乗りを上げている」
「ワイハントさんが!」
「ああ『君たちの望むものを可能な限り用意しよう』とのことだ。
それらを終え、北方騎士団と歩調を合わせて突入だ。
他に質問はないな?」
ゼナイドがライトたちを順に見ていくが、誰も手を挙げることもなければ、口を開くこともなかった。
その無言を肯定と受け取ったゼナイドは改めて言う。
「では、5日後ここを出て王都へ向かう。それまではひとまず疲れを癒すといい」
「はい」
そこで話が終わったかと思い、肩の力を抜こうとしたライトだったが、すぐに何かを思い出したゼナイドの「あっ」という声によりまた力が入る。
「それと、ポーラ様の件、本当にありがとう。
全ての民を代表し、礼を言おう」
最後のその一言は労うような柔らかい言葉だった。




