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さぁ、旅を始めよう

今回は少し長めです。

 それからライトたちがいた村、西村 第四十二に戻ってきたのは3時間後のことだった。


 あたりはすっかり夜の帳が訪れ、建物から漏れる光がわずかに道を照らしている程度だ。

 この時間になると外を出歩いている人間はほとんどいない。


 しかし、代わりに酒場では人々が騒ぐ声が響き渡る。


 この村に唯一ある酒場には今日行われた仕事の祝宴が開かれていた。


 これは死者を弔う葬式の意味もある。


 ただし、葬式と言ってもそれは最初の数分間黙祷を捧げただけで終わり、後はずっと騒ぎっぱなしだ。

 なんでも騒ぐことが何よりの弔いになるらしく、不思議とライトもその考えには同意できた。


 ライトは壁に寄りかかりジュースを飲み物をチビチビと飲んでいた。


 その表情は疲れか、もしくは別のことで暗い。


 頭をよぎるのは洞窟の小部屋で出会った女性の言葉。


(俺が優しい、か)


 「弱さと優しさは違う」意味は理解できる。

 理解できるが、やはりよくわからない。


 あの時流したのは同情の涙だ。


 同情では何もできない。

 だが、それでもあの女性は優しいと言った。それでも構わない、と。


 ライトは己に問いかける。


(本当にそうか?

 ただ自分のために生きるのが優しいのか?

 自分の中にあるものに従い続けるような奴が優しいのか?)


 そんな時に横合いから声が飛ばされた。


「よぉ」


 ライトは思考を中断して俯いていた顔を上げる。


 そこにはウィンリィがそこにはいた。

 彼女の顔は酒を飲んでいるせいで少し赤く染まっている。


 今の姿だけを切り取ってみればゴブリンやオーク、オーガ討伐前の決起会の時とほとんど同じ。

 だが、そこにふざけた雰囲気は感じられない。


「少し、外の空気を吸いに行かないか?」


「……ああ。そうだな」


 言葉をかわすとライトとウィンリィは未だ騒ぎ続ける酒場を後にした。


◇◇◇


 2人は村の広場の長椅子に並んで腰掛けていた。

 しばらくは無言のまま夜空を眺めていたが、唐突にウィンリィが口を開いた。


「悩んでいるのか?」


 ウィンリィのその全てを悟った言葉にライトは敵わないなぁ、と思いながら苦笑いを浮かべて頷く。


「あの小部屋で言われたんだ。

 俺は弱くない、優しい人だって……。

 だけど、俺はそうは思いきれない」


 そこまで言うとライトは薄汚れた広場の床に視線を落とし、両方の拳を握り締める。


「分からない。分からないんだ。

 自分のために守ると決めた。

 自分が守りたいと思ったものを守るって決めた。

 そのために戦うって決めた。

 だから、そこに他人なんていない。全部俺の中で完結してる。

 そんな奴を優しいって言えるのか?」


 ライトのまくしたてるようなその言葉をウィンリィは最後まで聞いていた。


 聞いて小さく笑うとその力強く握られた拳にウィンリィの手が優しく置かれた。


「ウィン?」


「いいんじゃないか? 自分のために戦って」


 ウィンリィはライトを見つめながら言葉を続ける。


 その顔は母親のようにも、姉のようにも、友達のようにも見えた。


「自分のために戦えない奴が誰かのためになんて戦えるわけがない」


「そんなもんか?」


「そんなもんだ。

 まぁ、わからないならお前が考えろ。それが本当にそうか考えて、悩んで、迷ってさ。

 なにも今答えを急いで出す必要はないと思うぞ。私は」


 そう言い切るとウィンリィは微笑みを浮かべた。

 ライトはそんな彼女をしばし無言で見ていたが、いきなり噴き出すように笑い出した。


「な、なんで急に笑うんだよ!!」


「い、いや、ウィンが意外と真面目なこと言うんだなって思って。

 あははっ!」


「な、なんだよ!意外とって!!これでも心配してーー」


「ああ、わかってるよ。ありがとう。ウィン」


 それからライトは視線を再び空に戻す。

 そして、星へとその手を伸ばした。


(迷う、か……。

 そういえばあの世界じゃ、まともに迷ってなかったな)


 元の世界では言ってしまえば何も選んでいなかった。


 選んでいるように見えてその実、ただただ周りの状況に流されているだけだった。


「……この世界の人たちは、本当に生きてるんだな」


「何言ってんだ?当たり前だろ?そんなの。

 生きるってのは迷うことだろ?」


 ウィンリィの言葉を聞きライトは目を見開いた。

 夜空へと伸ばした手を握りしめ、祈るように胸元にそれを当てる。


「当たり前、当たり前か……そうだな」


(あの世界が、退屈だったんじゃない。

 俺が何もしていなかったんだな)


 元の世界のライトは何もしていなかった。選んでいなかった。考えてすらいなかった。


 理由は単純にその方が楽だからだ。

 誰かの答えが転がっているからそれを自分の答えとして貼り付けてしまえばいい。


 しかし、この世界に来た今ならわかる。


 あの世界の人々の中で本当に生きている者は極々僅かな者だけ。ほとんどの者はただそこにいる。


 それだけなら極端に言えば死体となんら変わりない。


 ライトは長椅子から立ち上がって数歩前へ出た。

 そうして視線を上げ浮かぶ月を見上げる。


 今日は満月のようだ。

 雲一つないため、月の光は人気が無い村の広場を優しく照らしている。


「どうした?」


「ウィン、本当にありがとう」


 月明かりを背に受けた少年の笑みは何かが吹っ切れたような清々しいものだった。


◇◇◇


「やぁ、少年。気分はどうだい?」


 気がつけばライトの目の前に青い騎士甲冑を身につけているウスィクがいた。


 周りは転生する前に見たあの真っ白の景色が広がっている。


 そこまではあの時となんら変わりはない。一番変わったのは服装だろう。


 元の世界で着ていた制服と転生した世界で着ている服を足して二で割ったかのような中途半端な格好をしていた。


「あれ? 俺、なんで、っていうかこれなんだよ……」


 ライトは自分の行動を思い出す。


 あれからウィンリィと共に宿に向かった。

 そこでは朝食の下拵えをしていたのだろう宿屋の主人に労いの言葉を受けた。


 それからすぐに部屋に戻って眠りについた。


 そのはずだった。


 しかし、目の前に広がるのはどこまでも続く白。

 少なくとも自分の意識がある内には死ぬようなことは起こっていない。


 その考えを読み取り、ウスィクは言う。


「何もここは死にかけの状態じゃないと来れない場所ではないよ。

 私が呼べば普通に来ることができるさ」


「そうなのか」


「ああ、そうさ。にしてもーー」


 そこで言葉を区切るとライトを舐め回すように見る。

 頭の先から足の先、そして、その目をじっと見つめていた。


「な、なんだよ。急に」


 その突然の行動にライトは怪訝そうな表情を浮かべ、数歩後ずさる。


「いや、いい目をしていると思ってね」


「はぁ?」


 その言葉があまりにも突拍子がなくライトは首をかしげた。


 意味を問いただしたところで答えるようにも見えないため、素直に自分の疑問をぶつける。


「あ、そう言えば、この姿はなんだよ。あとなんで呼んだんだ?」


 ウスィクはその質問を待っていましたと言わんばかりにパンッと手を叩いた。


「ふむ、その質問なら丁度いい。君に問おう。

 君はあの世界で生き続けるかい?

 それとも、別の、もう少し平和……生きやすい世界に行くかい?」


「……なんだよ。急に」


 問われた意味がわからず反射的に聞き返したライトへとウスィクは彼の服装を指差しながら答える。


「その姿はね。君の迷っている心、そのものだよ」


 ライトはそう言われ自分の服を摘む。


 制服と転生した世界で着ている服、それが混ざり合っている。

 しかし、よく見るとその混ざり合っている部分は今でも変化し続けている。


「比率的には丁度半々、まだどうするか決まってないんだろ?」


 ウスィクのその指摘は全て当たっていた。

 確かにやりたいこと、目的を決めた。


 しかし、本当にそれでいいのか、この道を選んでしまっていいのか迷い続けている。


 だが「それでも」とライトは意を決した。


「あの世界で生きる」


 人は迷いながら生きている。

 迷うことこそがおそらく自分で立っている人間の証。


 そうではないかとライトは思う。


 そう考えると迷う、躊躇う、という行為もどこか立派に感じられる。


 その意思に反応するかのように半々になっていた服装が転生先の服装へと完全に変わった。


「ほう、何故? あの世界は決して楽ではないよ?

 いや、ただ生きるだけでもあの世界は厳しい。それでもかい?」


「決めたんだよ。あの世界の人やものを見るって、表面だけじゃない。もっと奥も、それに……」


 ライトは人差し指でウスィクを指した。


「ここで逃げたらお前に負けたような気がするから、嫌だ」


 冑の中でウスィクが目をパチパチとしていることが感覚でわかる。相当面食らったようだ。

 だが次の瞬間、我慢の限界を迎えたように笑い声を上げた。


「あっはっはっ!

 君はこれから先の生きる世界を私に負けたくない、なんていう理由で選ぶのかい?

 はっはっはっ! これは傑作だ」


 ウスィクはしばらくその調子で笑い続けていた。


「な、なんだよ! なにか文句ーー」


「ないよ」


 あまりに笑い続けるため怒鳴ろうとしたところでウスィクの言葉がそれを遮り、さらに続ける。


「これは君の物語だ。

 君が、主人公の物語なんだよ?

 君の意見、意思を私は尊重しよう」


 マントをばさっと広げながら仰々しく言うウスィクにライトは妙な感覚を覚えたが、それに気がついていないのか、それは言う。


「話は以上だ」


 その一言がトリガーだったようでライトの意識はまるで眠りにつくかのように徐々に薄れていく。


「そうそう。【己が力は何が為に】。

 この言葉を常々自分に問い続けるといい。

 これの答えが出た時、私は君に新たな世界を見せてあげよう」


 ライトの意識は完全に消えた。


◇◇◇


 翌日、朝の5時。

 太陽が上り始め、光が徐々に地面を照らし始めたそんな時、村の出口にライトはいた。


「こんな気持ちよく朝を迎えるなんてなぁ」


 そう言いながら大きく背伸びをしながら朝の新鮮な空気を吸い込み、吐き出す。


 夜にはウスィクに呼び出されたが、目覚めはどこか清々しかった。

 おそらくは迷いが1つ薄れたことが原因だろう。


「ここからが、転生した俺の本当のスタート、だな」


「おーい!!」


 空を見上げて一歩踏み出したのと同時に女性の声がライトを呼び止めた。


 その声に聞き覚えがある。この3日間とても世話になった女性の者だ。


 振り向きその人物を確認し、予想通りの人物を見つけ驚いたようにその者の名と質問を投げる。


「ウ、ウィン!? お前、なんで」


 呼び止めた女性はウィンリィだった。

 背中には旅人らしい大きなリュックを背負っている。


「決まってんだろ? お前1人だと心配だからついて行くんだ」


「は、はぁ!? んなの聞いてないぞ!」


「当たり前だろ? 今言ったんだから」


 腰に手を添え胸を張り堂々と言い切るウィンにライトは開いた口がふさがらない。といった様子だ。


「い、いや。でも俺の旅に目的なんて無いぞ。

 そんないつまで続くかわからない旅に付き合わせるのはーー」


「目的なんてどうでもいいだろ?

 いいじゃないか。色々とアドバイスもできる自信はあるぜ?」


 確かに旅などしたことがない彼にとってはその手のアドバイザーというのは欲しい。

 しかし、個人的な理由に他人を巻き込むのは少々気が引けてしまう。


 そのことを伝えようとしたが、ライトの口から出たのは笑いの方だった。

 ウィンリィも同じような笑みを顔に浮かべていた。


「わかった。よろしくなウィン」


 言いながら手を差し出す。


「ああ、任せろ」


 ウィンは笑顔を浮かべながらその手を握りしめた。


「んで、最初の目的地は? 実は決めてるんだろ?」


 ライトはその言葉に頷くとその方角を見る。


「西副都、ウイストだ」


「あいよ。結構な距離があるが。

 まぁ、ゆっくり行こうか」


「ああ、ゆっくりでいいさ。どうせ目的なんてないからな」


 こうして1人の少年と1人の女性の目的のない旅が始まった。

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