いつかの終わり
ハルーフが涙を指で拭う。
そんな彼女へとライトはかける言葉を見つけられなかった。
人に告白された事がなかった彼には今の彼女に対してかける言葉を見つけられなかったのだ。
いや、そもそも言葉をかけた方が本当に良いことなのかもわからない。
考え込み、黙っていたライトへと少し落ち着いてきたハルーフがいつもに近い声音で問いかける。
「……理由を聞いても、いいですか?」
「俺は、もう……ただ生きるだけじゃダメなんです」
世界を見る。
それを目標としてしまった。それを枷として自分に括り付けてしまった。
例え、それが自己満足だとしてもそうすると自分が選び、決めたのだ。
「ここでやめると、俺はダメになる。だから……!」
ライト自身もハルーフと共に過ごしてわかった。
同じ空間にいて心地よいとも思ったし、無言でいても苦しいとは感じなかったのだ。
ゆえに、相性が悪いということは決してないとライトは思っている。むしろかなり良いとさえも思う。
だが、ハルーフの想いを受け入れるわけにはいかない。彼女の隣にいることはできない。
進む方向が彼女とライトとではあまりにも違いすぎた。
たったそれだけだ。
ほんの少しのズレ、それがあったというだけの話。
彼の答えを聞いたハルーフは何かを諦めるように息を吐き、問いかけた。
「最後に1つだけ教えてください。
ライトさんはウィンリィさんのこと、どう思ってるんですか?」
「……わからない。考えたこともなかった」
本当に考えたことがなかったライトは改めて考えようとしたが、手を握られ思考が現実に戻る。
ハルーフは握ったライトの手を労わるように優しく撫で、言う。
「なら、私の所感を言いますね。
悔しくて悔しくてまたちょっと泣きそうだけど……本当にいい関係だと思います」
さすがはともに旅をしてきただけはある。
ハルーフからしてみれば自然に、同じ方向を向けているウィンリィという存在はあまりにも強すぎる存在だ。
悔しいし歯がゆいがそれが事実だ。どう目を逸らそうとも目に入る事実。
「だから、ライトさん。ウィンリィさんのことを大切にして、一緒にいてくださいね。
たぶんそれがライトさんにとっての幸せだと思いますから」
再び今にも泣き出しそうなほどに声を震わせ、笑顔を浮かべるハルーフ。
ライトには彼女がなにを考えているのかはわからない。
彼女にこのような行動を起こさせるほどに想われる理由もわからない。
その言葉に込められた真意もわからない。
ただ、心配をさせないようにくしゃくしゃの笑顔を浮かべながら、ライトの行く末を願うその言葉は彼には重く響いていた。
◇◇◇
あれからライトは真っ直ぐに宿に戻っていた。
すぐさまベッドに飛び込み、窓から見える夜空を眺める。
あの選択に後悔はない。
あの答えに後悔はない。
これは自分で決めたことだ。自分で選んだことだ。
ただ、ハルーフの残した言葉が頭から離れない。
––––ライトさんはウィンリィさんのことどう思ってるんですか?
(わからない)
あの時と変わらぬ答えを、あの時とは違い、即座に自答する。
かけがえのない大切な存在。
一緒に旅をすると言ってくれた時は心の底から喜んだ。それは思わず泣き出すほどだ。
だが、それは仲間としての話。
異性として好きなのかどうかと聞かれた時の答えは“わからない”だ。
『好きか嫌いかでうだうだ悩むやつがいるなんてね』
『ああ、わからないね。好きなんだろ?』
白銀と黒鉄の酷く淡白な答え、それを受けたライトは目を閉じ、寝返りを打ちながら答える。
(友愛と恋愛は違うんだよ。
違いの説明はできないけど……)
『はぁ? そういうものかしらね』
『まぁ、そういうものなんだろうね。理解はできないけど、ひとまず納得はしておこう』
仕方ないとでも言わんばかりにそう呟き、話を切り替えるようにわざとらしい咳払いをした黒鉄はなんの躊躇もなく問いかけた。
『でも、本当に良かったのかい?』
『そうねぇ。お似合いと言えばお似合いだったものねぇ。あんたとあの人』
(……聞いてたろ、2人も。
背負い続けるって決めたから、旅を続けるんだ。
まだ、投げ出せないよ)
決意を改めて固めるように自分に言い聞かせるように言ったライト。
彼のはっきりとした物言いからは己への脅迫に近いものを感じられた。
世界を見る。それが彼なりの贖罪であることなど2人も承知している。
ゆえに、1つだけちょっとした老婆心で言う。
『でもいつかは旅は終わるわ。どこかで、ね』
『そして、その終わりを決めるのは君だ』
何事にも始まりがあれば終わりもある。
どこの世界にも、どんなものや事柄にも永遠はないのだ。
この旅を始めると言ったのはライト。であれば旅の終わりを決めるのも彼がやることだ。
(……なにが言いたい)
『やめるチャンスはそう山ほどあるわけじゃないのよ。特に言い出しっぺはね』
『ここがその分岐点だ。ここでやめたとして誰も君を責めはしない。むしろ幸福を祈るだろう』
終わりというものは必ず訪れるものだが、不思議なことに“終わらせたいと思うとき”と“終わりのとき”が重なることはそうはない。
そして、別に旅でしか贖罪ができないわけではない。彼にとっては生きるということだけでも十分すぎるほどの償いになる。
つまり、2人はこう言っているのだ。
ここがこの旅を綺麗に終わらせられる数少ないチャンスだ、と。
2人の言う綺麗ではない終わり方、それはライトが死ぬことで終わることだ。
『あんたのこの旅、せいぜい死で終わらせないことね』
『ああ、僕たちも君のことは気に入ってるんだ。
そんな惨めな終わりを見せるのはやめてくれよ』
(もし、そんな終わりを迎えたら?)
『逃がさないわよ。追いかけてぶん殴るわ』
『そう、君が全力で謝って償うまではね』
2人は言い残し、彼の中から気配は消えた。
「旅の終わり……か」
正直なところまだ4人で旅をしたい。
色々な場所を巡りたいし、人に会いたいし、景色も見たい。
しかし、終わりも考えなくてはならないというのも事実。
いつかの終わり。
果たして自分がその時にどのような判断を下すのか、今のライトにはとても考えられないことであった。
◇◇◇
3日後、ハルーフはフラーバから去るライトの背中を見つめていた。
別れる時はまるであの夜のことがなかったかのように自然だった。
少なくとも自分はそうすることができたはずだ。
「初恋って、苦しいなぁ……」
口から溢れたその言葉は早朝の肌寒い空気の中に薄れて消える。
キュッと締め付けられたように感じた胸元に手を当てた。
去りながらウィンリィと何かを話す2人は見ていて心にくる何かがある。
なんとなくあの2人はあのままでいてほしい。そう思いながら小さく微笑んだ。
そして、並ぶ彼らを見て改めてそう思ったハルーフは大きく深呼吸をしてからライトに背中を向け、帰路に着く。
まだ胸は痛い。
正直、また泣き出したいところだ。
しかし、今のハルーフにはやることはたくさんある。
自分の研究に魔術師たちのための資料作り、遺跡についての話し合いまであるのだ。
それらを投げ出すわけにはいかない。
これは自分が選んだ道だ。進みたいと思った道だ。
大好きな彼も自分で選び進んでいる。
ならば、自分もこんなところで塞ぎ込むわけにはいかない。
「よーしっ、頑張ってこう……!」
その日の朝のフラーバの空気は驚くほどに清々しいものにハルーフは感じた。
◇◇◇
吹き抜ける風に続くようにライトは立ち止まり、背後にあるフラーバへと視線を向ける。
別れる際のハルーフはいつもと変わらぬ雰囲気と声音だった。
気にしていない、というわけではないのだろう。
そこまで考えたところで首を横に振った。
彼女の心配をこれ以上自分がするのは無粋であり、失礼なことだ。
ただ、そんな風に幸福を祈るぐらいのことはしてもいいだろう。
(ハルーフさんが歩む先にあの人にとって良いことがありますように)
ライトは心の中で小さく呟くと踵を返し、先を行くウィンリィたちに駆け足で追いついた。
並んだウィンリィが問いかける。
「どうした? 忘れ物か?」
「いや、なんでもないよ。
それより、なんだろうな。ゼナイドさんからの呼び出しなんて」
それは昨日のことだ。
ゼナイドの使者を名乗るものがギルドで仕事を物色していたライトたちに接触し、こう言った。
「ゼナイド様から至急、東副都まで来てくださいとのことです」
理由についてはその使者も教えてられていないらしく、少し申し訳なさそうにしていたのが印象的だった。
「外部に漏らせないほどの機密というとこでしょう」
「ああ、だろうな。
しかし、来いということであれば私たちには行くという選択肢しかない」
「そうだな。最低限なにがあったかくらいは聞いておきたいし。
ライトもそうだろ?」
「うん。ゼナイドさんたちには借りもあるからな。
協力できることなら協力したい」
そうは答えたが、胸の中に不吉なものを感じているのも事実。
これが杞憂であることを祈りながらウィンリィたちと共にライトは東副都へと向かった。
次回は明日ですが、内容は設定となります。
また、今回で二章終了となり、次回からは三章となります。
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