寄せる想い、叶わぬ願い
あれからライトたちは適度に食事を取りながら飲んでいた。
周りの雰囲気もガヤガヤと騒がしく、店員は注文を取り、飲み物や食事を運ぶ。
あまり経験していないだろうその雰囲気をハルーフは楽しめていたようだが、1つ問題が発生していた。
「ほんとに! 私どうすればいいのかわからなくって……!
って、聞いてますか!! ライトさん!」
「うぇあ!? は、はい」
「大変だなぁ」
「なに他人事みたいに言ってるんですか! ウィンリィさんもです!」
「うぇあ!? あ、はい」
それはハルーフにはからみ酒の癖があったことだ。
彼女はあまり飲んでいないのだが、場の雰囲気に酔ってしまったらしい。
言葉遣いはいつも通りなのだが、絡み方が異常に強くなっている。
隙を見て酔いを醒まそうとライトも創造から創った能力を使用したのだが、体の中のアルコールが原因ではないためか効果がなかった。
結果、彼女のからみ酒の餌食となっている。
「お父様もお母様も『早く孫の顔を見せろ』って、お見合いまで勝手にセットしようとしてたんですよ!
お兄様には何も言ってないのに!!」
「いや、でも、それは親としては当然というか」
「何か言いましたか!? ウィンリィさん」
キッと睨みつけられたウィンリィはすぐさま「いえ、なんでもありません」と否定を口にして、本来出されるはずだった言葉をビールで押し込んだ。
ちなみにだが、デフェットとミーツェは下手に介入すれば自分たちも餌食にあうとわかっているため、仲裁することができずにいる。
もちろん静観ではなく、どうにか止める術を探しているのだが、いまいちとっかかりがない。
おそらくそれは今まで見ていない一面を見て呆気にとられているせいもある。
「おかしくないですか!
そりゃ、私はドジですけど、自分の相手ぐらい自分で見つけられますよ!
でも今は研究の方が重要なんです。家事とかには時間はかけられないんです!」
「だからといってあの部屋の惨状は」
「ライトさん何か言いましたか!?」
「あ、な、なんでもないですはい!」
ライトの言葉が信用できないのかジト目で彼を見ていたハルーフだが、パチンとスイッチが切り替わるように机に突っ伏した。
「ハルーフ、さん?」
「私だって……私だって、ずっと子どもじゃないんです。
選べるんです。私だって……」
その後に聞こえてきたのは言葉ではなく、規則的な寝息だった。
叫び疲れたのもあるだろうが、元々、パシパエ学舎の地下遺跡もあったのだ。
自覚できていなかっただけでかなり疲れていたはずだ。
しばらくは目を覚まさないだろうと少しホッとしたライトは椅子の背もたれに体重をかけた。
だが、このまま放置はできないとすぐに立ち上がる。
「俺、ハルーフさんを家に送ってくるよ」
「あ、ならば、私が––––」
立ち上がろうとしたデフェットを手で制したライトはハルーフを背負いながら続ける。
「いいって、そこまで遠いわけじゃないから。デフェも疲れたろ? ゆっくりしててよ」
ウィンリィたちが止める言葉をかけるよりも速く、ライトはそそくさと飲み屋の出入り口へと向かった。
「あいつ、少し前に殺されかけたの忘れてないか?」
「仕方ありません。私が監視に着きます」
「ああ、悪いが頼むよ。ミーツェ」
そう言われたミーツェは軽く一礼し、「失礼します」と言葉を残してライトたちに続いて外へと出た。
その背中を見送ったウィンリィはサワガニに似た生物の揚げ物食べながらデフェットへと言葉を向ける。
「ミーツェがいればまぁ問題ないだろ。私たちは待ってようか」
「うむ。そうだな」
答えながらデフェットは水を飲んだ。
◇◇◇
飲み屋から歩いて10分。そこにハルーフの家はあった。
玄関扉の前に着いたライトはドアノブに手を置いたところで気が付き、背負っているハルーフに言う。
「ハルーフさん。鍵はどこにありますか?」
「むにゃ〜、うへへ〜」
そんな言葉になっていない声だけが返ってきた。
それから数度声をかけたが答えが返ってくることはない。
ライトは「しかたない」と創造でハルーフ宅の鍵を作り出し、それで開け、家へと入った。
少し前は資料やら道具やら脱ぎ捨てられた服やらで散らかっていた部屋も今は綺麗に整頓されているため、迷うことも転ける心配もない。
玄関から見て左側がハルーフの寝室だ。
そこに入るとすぐにあるベッドに彼女を寝かせる。
寝返りを打ち、気持ちよさそうに眠るハルーフを見たライトはようやくホッと一息ついた。
「おやすみなさい」
彼女を起こさないように小さく言って離れようとしたところでライトの裾が摘まれ、軽く引かれる。
突然のことに驚いたライトは一瞬、目を見開いたが、すぐにそれをした人物の方へと視線を向けた。
「びっくりしましたよ。起きてたんですね」
「……はい」
答えに少しの間があったが言葉自体ははっきりしている。
いつからかはわからないがおそらく酔いも覚めているのだろう。
また間を置き、ハルーフは問いかけた。
「ライトさんは……また、旅に出るんですよね?」
「はい。ここで知りたいことは知れましたから。それにまだ見たい景色があるかもしれませんからね」
にこやかに笑うライトと真逆にハルーフは表情を曇らせながら続けて問いかける。
「次は、いつ来ますか?」
「それはわかりません。近くに寄れば来ますけど、いつって断言はできないです」
「そう、ですよね……」
ハルーフはうつむいたが、その手がライトの裾から離れることはない。
むしろ気持ち強くなっているような気がライトはした。
彼はしゃがみ、ハルーフと視線の高さを合わせ、首を傾けながら言う。
「あの、急にどうしたんですか?」
彼女がなぜそのようなことを聞いてきたのか、ライトには分からなかった。
ゆえに出た質問。それにハルーフはうつむいたまま無言で返す。
少し待った後にもう一度ライトは質問を投げかけようとしたところでその口が塞がれた。
「ッ!?!?」
それはハルーフの唇でだ。
明らかに動揺した様子で目を白黒させている彼へと彼女は続けて言葉を投げる。
「私じゃ、ライトさんを引き止めることってできませんか?」
頭が真っ白になっているライトへとまくし立てるようにハルーフは言葉をぶつける。
「私はあなたとずっと一緒に過ごせませんか?
私はあなたの妻になれませんか?
私は……私は、ライトさんの隣に立てませんか?」
それは感情の爆発だ。証拠に後半は涙を流していた。
叫ぶ声やライトの服を掴む手も震えている。
ここまで言われればライトもハルーフの気持ちに気がつかないわけがない。
彼女の想いにより生じた動揺で言葉をなくしていた。
はたと我に返ったライトは言葉を途切れ途切れにさせながらも答える。
「そ、れは……なんで。だって、出会ってそんな長い間、過ごしたわけじゃ」
「一緒に過ごした時間なんて関係ないです。
ただ、一緒に過ごして楽しかった。話を聞いていて楽しかった。今まで出会った人の中で一番!
だから、もっと一緒に居たいって思ったんです! やっぱり離れたくないって思ったんです!」
「ハルーフさん……」
ハルーフはそのたった一言、ライトが名前を呼んだその一言を聞き、再び顔を下げた。
「私は、ライトさんと旅をするだけの力はありません。
だからウィンリィさんが羨ましいです。
自然にライトさんと話せて、一緒に旅をして……隣に立てて」
ライトと和気藹々と話せるウィンリィが羨ましい。
自分が知らない彼を知っている彼女が恨めしい。
わかっている。この選択が彼を苦しませることなど、ハルーフも理解している。
それでもなお、彼女はこの想いを伝えるという選択をした。
理由など単純だ。
ただ、伝えたかった。
去る彼の腕を掴み、共にいたい。それだけだ。
ハルーフはライトの頭を抱き寄せ胸に押し付ける。
彼からはその顔は見えないが恥ずかしさで真っ赤にさせながらも勢いのままに彼女は言う。
「私は、ライトさんが大好きです」
それが彼女の精一杯の想いであり、行動であることなどわかりきっている。
このままハルーフの体を抱きしめ返すことが彼女にとっては望む答えとなるだろう。
そう思ったライトは、しかしすぐには行動に移せずに迷っていた。
(正直、嬉しい。でも、俺は……)
ライトの脳裏には今まで出会った者たち、起きた事が浮かぶ。
殺した者もいる。死なせた者もいる。守れなかった者もいる。見捨てた者もいる。
それらを思うとここで立ち止まることは許せない。
他の誰かがそう思うだろう、というような予想ではなく、自分自信が許せない。
彼は唇を噛むと腕を上げ、手をハルーフの肩に乗せた。
そしてゆっくりと力を込め、彼女の体から離れる。
再び合ったハルーフの顔、その目にはいっぱいの涙を浮かべていたが、「知っていた」と言わんばかりのどこか清々しい笑顔を浮かべていた。
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