遺跡の番人
ライトたちが入った部屋は白い大理石のようなもので作られた綺麗な部屋だった。
今までが苔が生えていたり、所々ひび割れたりしていた石レンガ造りの通路からいやに整えられた部屋は美しさよりも怪しさを感じる。
いや、怪しさよりも恐怖という感情だろう。
その感情を後押ししているのはおそらく奥への通路を塞ぐようにいる5メートルの何かだ。
下半身は牛でその上には筋肉質な男性の体と4本の腕。頭には牛のツノを持つ馬の頭がくっついていた。
4つの手には剣と馬上槍、ハルバードを持っている。
ピクリともせず、その足を折っているが、威圧感は十分すぎるほどにある。
「……なんだ、あの変なやつ」
「さぁ、私は聞いたことないな」
ライトとの問いにウィンリィが答える。
続けて視線で他の3人へと問うが全員が首を横に振った。
この世界の逸話にもない。そして、ライトも知らない。
ケンタウロスのようにも見えたが、あれは半人半馬だ。あまりにも姿が違いすぎる。
「眠っているのか……動く様子がありませんね」
言いながらもミーツェは警戒を一切解くことはない。
むしろこれを好機と見ているようで矢を弓に番えようとしている。
そして、それはライトも同意見だった。
(どちらにせよ。戻る道はない。ここで倒す)
そうと決まればあとは早い。
即座に判断を下したライトが言う。
「デフェ。ハルーフさんの護衛を。
ミーツェ、ウィンは俺の援護、頼めるか?」
「うむ」
「了解しました」
「ああ。追撃は任せろ」
彼に頷き、それぞれが言葉を返した。
そんな彼らを見てハルーフは慌てて提案を出した。
「あ、ま待ってください。私も援護程度はできます。
あ、あまり多くはできませんけど……ぅ、ウィンリィさんの強化なら」
言いながら彼女は内ポケットから魔術の触媒らしい先端に宝石のついた指揮棒のようなものを取り出した。
この空気に慣れていないのは見ればわかる。言葉は噛みかけ、足も震えている。
しかし、その目は真剣そのもので「足手まといにはならない」その一心での申し出だろう。
それを無下にする気にはなれなかったし、万全を期すことを考えるならば手を借りたい所だ。
少なくとも、断る理由が彼にはない。
「わかりました。なら、ウィンの強化、可能ならミーツェと共に遠距離からの攻撃を。
それとデフェの指示には必ず従ってください」
「は、はい! ウィンリィさんはバッチリ強化しますから任せてください」
ハルーフは胸を張りながら言うと早速ウィンリィにゲイヴ・クラフェットを唱え、彼女の身体能力を強化させた。
ウィンリィは久々の感覚に少し表情を苦くさせたがすぐに首を横に振り、立ちふさがるその存在の方へと視線を向けた。
その隣に立つライトもマーシャル・エンチャントを発動させ、クラウ・ソラスを抜き、鞘と柄を接続させた。
シルバーナーヴを伸ばしながらウィンリィとミーツェに言葉を投げる。
「タイミングは?」
「そっちに合わせる」
「私もライト様のタイミングに」
ウィンリィはすでに剣を抜いて下段に構え、ミーツェも弦を引こうと手をかけている。
それを確認したライトは気持ちを落ち着かせるように深呼吸。
息を吐いたタイミングで小さく、しかし力強い声で告げた。
「行くぞ……!」
ライトが文字通り跳び出すのとほぼ同時にウィンリィも地面を蹴り飛ばした。
同時にミーツェも矢を放つ。
2人が向かうのは番人の前足。
理由は単純、どれほど強かろうが足を切り、動けないようにしてしまえばあとは好きにできるからだ。
先に番人に辿りついたのはミーツェの矢だ。
空を切り、向かう先にあるのはそれの左目。
攻撃に気がついた番人は飛んできた小バエを払うように頭を振るった。
牛のようなツノに弾かれた矢は無残に地に落ちる。
しかし、それはライトたち全員が予想にしていたことだ。
今、番人の意識はミーツェへと向かっているため、足元にまで近づいている彼らに向けられていない。
その隙にライトとウィンリィは足に深い切り傷を入れ、通り抜けた。
「ッッッッ!!」
痛みを感じてか番人は切られた前足を高く上げ、声を響かせる。
どうしようもない痛みに悶えるように地団駄を踏むが、そこにライトたちはいない。
2人はたしかな手応えを感じ、頷くと再び接近。
今度は左右ではなく、上下からだ。
まず、ライトがソラスを投げ飛ばした。
それは番人の背中に深く突き刺さる。すぐさまシルバーナーヴを巻き戻す。
それに引かれながらライトは跳躍し、宙に身を踊らせた。
次に、ウィンリィは地団駄を踏む後ろ足を切りつけた。
滑るように攻撃を加えた後ろ足を自分の斜め後ろに捉えた彼女はそれに剣を突き刺した。
引き抜くのと同時に足を蹴り飛ばし、その反動を利用し、先ほどライトが切りつけた前足へと向かう。
最後に、ライトはクラウを振り下ろしながらソラスを横へと切り抜き、ウィンリィは剣の中程まで突き刺した。
再び上がる耳をつんざくような番人の悲鳴。
2人の離脱の時間を稼ぐようにミーツェは矢を3本放つ。
1本目は右目、2本目は左肩、3本目は左胸に突き刺さった。
今度こそ足を折り、膝をつけた番人は馬上槍を杖代わりにし、断続的に襲ってきているのだろう痛みを堪えている。
「よし、順調だな」
「はい。ですが、油断は禁物……」
「わかってる。ライト。魔術で腕を切ってくれ。そのあと私が左目を潰す」
「ああ」
ライトは答えるとウィンリィと共に番人の右の方へ。
それに続き、ミーツェはライトたちの囮になるために左側へ向かった。
その背中を見ながらポツリとハルーフは呟く。
「すごいですね。皆さん」
「ああ、私含めた4人での戦闘もかなり行ってきたし、旅もしてきたからな。
動きや考えはなんとなく察せる」
はっきりと言い切ったデフェットを見てハルーフは小さく笑った。
「……羨ましいです。少し」
「羨ましい?」
「はい」
ハルーフは特別に性格が明るいわけではない。
加えて、かなり抜けているところがあり、能力もあるわけではないため、1人でいることが多かった。
ライトたちに声をかけることができたのもかなりの覚悟を決めてようやく踏み出した一歩だった。
「だから、そういう関係にあるっていうのが羨ましいんです。
ライトさんと話しが合うっていうのも原因かもしれませんね」
照れ隠しに笑みを浮かべるハルーフ。
彼女の視線は番人との戦闘を繰り広げるライトへと固められている。
その声音に含まれている色にはたしかに憧れのようなものがあるが、それ以外にも1つだけはっきりしたものがある。
それはナナカがライトへと向けていたものと同じ。
(主人殿には人を惹きつける力があるとは思っていたがこれほどのものか……)
どこか他人事のように舌を巻いていたデフェットだったがふと思い出す。
(いや、私も同じだったな)
2人が話している間も当然のことながら戦闘は続いていた。
そんな状況でありながらもどこか呑気に話ができていたのは、ライトの放ったエアカッターが番人の腕は切り落としていたからだ。
さらにトドメとも言わんばかりにミーツェの放った矢が右目を貫いている。
武器どころか攻撃の方法と視界を失った番人に勝ちの目はもうない。
ウィンリィが振りかぶり、思い切り投げられた剣は番人の胸に突き刺さった。
「行け! ライト!!」
答える代わりに、跳躍していたライトは突き刺さった剣を足場にさらに高く跳んだ。
そして、ソラスを鞘にしまい、かわりにクラウを両手で握りしめる。
「創造、ライジング・ソリッド!!」
叫んだ瞬間、クラウから轟音に続くように雷が伸びた。
伸びた雷は真っ直ぐに伸び、天井に突き刺さる。
しかし、ライトは気にせずに力任せに番人へと振り下ろしながら着地した。
巨大な雷の刃に真ん中から綺麗に2つに裂かれた番人は左右それぞれに倒れた。
その様を見たライトは昂ぶった心を落ち着かせるように大きく息を吐き、中腰の姿勢から立ち上がった。
目の前の番人の死骸を見て改めて戦闘の終了を悟ったライトは襟で汗を拭う。
そんな彼の肩を叩きながらウィンリィが声をかける。
「お疲れ、ライト」
「ああ、ウィンもお疲れ様」
言葉を交わし合う中に会話に入ってきたのはハルーフだ。
綺麗に割れた番人を「おぉ〜」と覗き込みながら呟くように言う。
「みなさん本当に強いんですね。なんか強そうだったのにあっさりでちょっと拍子抜けっていうか」
「それはそうです。反撃をされないように行動してましたからね」
「まぁ、それをこなせるだけの主人殿たちに力がなければ不可能だがな」
ミーツェ、デフェットがハルーフに説明する中、ライトは番人のそばでしゃがむとその死骸を突いていた。
(なぁ、白銀、黒鉄。これってキメラってやつか?)
『ええ。そうよ。あんたよく知ってるわね。
魔術がないんじゃなかったの?』
『ああ、そうだ。驚かないのかい?』
(うーん。魔術はなくても品種改良っていうのがあったしなぁ。
ここまで姿形が変わるのは見たことないから流石に俺も驚いたよ?)
「どうした? なんかあったか?」
ライトが白銀たちに答えたところで後ろからウィンリィが声をかける。
その後ろにはハルーフもいた。
彼女は中腰になると彼が見ている方向を眺めながら問いかけた。
「もしかして、何か珍しい素材とか?」
「ん? いや、なんでもないです」
ライトは答えると、振り向きながら立ち上がる。
ひとまず、番人は倒したのだ。
あとは先に進み、この奥にあるなにかを見届ける。
そして、見たものを魔導師長に話せば終わりだ。
緊張をほぐすように背伸びをしようとした瞬間、背後から冷たい殺気を感じた。
視界にはウィンリィだけではなく、ミーツェやデフェット、ハルーフの驚いたような顔が写る。
背後の状況がわからないせいで行動が遅れたライトを突き飛ばす勢いでハルーフが押し出した。
ちょうどその瞬間、先ほどまで彼の頭があった場所を鋭い何かが通り過ぎた。
ほぼ同時に近くで金属同士がぶつかり合うような鈍く、甲高い剣戟音が響く。
「ら、ライトさん。ご、ごめんなさい突然……怪我はなーー」
「ーー大丈夫。むしろ助かった。ありがとう」
声音は柔らかいが顔は真剣なものへと変わっている。
そんな彼へと追撃を仕掛けようとしたそれは飛んできたデフェットの一撃をバックステップで回避。
続けざまに飛んできたミーツェの矢を弾いた。
ウィンリィと鍔迫り合いをしていたそれも同じく後退し、襲撃者の隣に並んだ。
「主人殿、立てるな?」
「ああ、ハルーフさんが助けてくれたからな」
答えてハルーフの体を抱き寄せながら立ち上がる。
そして、彼女を脇に退けるとクラウ・ソラスを抜き構えた。
そんな彼の隣に立つウィンリィが苦笑いを浮かべながら冗談めかしながら言う。
「残念ながら、おかわりっぽいな」
「おかわりはミーツェの料理だけでいいんだけどなぁ……」
彼女と同じく苦笑いを浮かべ、軽く答えたライト。
彼らの目の前にいたのは黒い人形だ。
しかし、ただの人形ではない。真っ黒であるため大まかな形しかわからないが、それでもわかる。
ライトを襲った方はライトと、ウィンリィと鍔迫り合いをしていた方はウィンリィと同じ姿をしていた。




