遺跡の解明(下)
お腹はちょうどよく膨れた。
体力的にも精神的にもかなりマシにはなった。
現に頭はクリアだ。
ライトは確認するように、自分の頭の中にある情報を口に出す。
「まず、この遺跡は暗闇のところで空間と空間を繋いでいる。
次に、普通の通路は暗闇に入った時点で状態がリセットされ、元どおりになる。
迷路のように分かれ道があるのはミスリード狙いで意味はない。
最後に、この遺跡はロスト・エクストラを保管するために作られた」
改めてまとめられた事柄にウィンリィは唸りながら言った。
「なんかありそうなのは暗闇のところだよな?
間違いなく」
「はい。それはたしかでしょう。
暗闇に足を踏み入れることで空間がリセットされる。
つまり、踏み入れるという行為が一種のスイッチになってるということですから」
「問題はあの暗闇の中で何をどう探すか、だな」
デフェットの言葉に一同は再び思考に潜った。
マナが歪んでいるため周りに影響を与えるような魔術は使えず、ライトの創造で作るものもマナの塊であるため、すぐさま消え失せる。
ランタンのようなルーンを刻まれた石でならば照らせるが、それでも足元がせいぜいでとてもだがもの探しができる状態ではない。
そんな中で何かに気がついたのか、ウィンリィが口を開いた。
「いや、待てよ。ロストを保管してるんだよな?」
「ああ。あくまでも予想だけどな」
ウィンリィの頭の中に浮かんでいるものが察せず、首を傾げながらされたライトの答え。
続けて彼女は言う。
「保管してるってことは管理してるってことだろ?
なら行き来ぐらいはしやすくする必要はあるんじゃないのか?」
「それは、そうだが……何を言いたいのだ。ウィン殿」
「要は、何か隠されてたりとかみたいな複雑な仕掛けはないんだよ」
「なるほど。知っている者には単純かつ容易、知らない者には複雑で難解な仕掛け、ということですね」
「そうだ。んで、あの暗闇でできることと言ったら?」
確認に近い質問にそれぞれ眉をひそめる。
彼女の問いかけは今まで自分たちはあの場所で何をしていたか、ということを問うのと同義のものだ。
答えに困惑はすれど、答えに迷うことはない。
それを口にしたのはライトだ。
「そりゃ、まともにしてたのは歩く……ぐらいだけど」
「そう! そうなんだよ。
なら、歩くのと一緒に何かするか、歩きながら何かをすればいいんじゃないのか?」
その瞬間、全員が目を見開いた。
たしかに知っている者にはそれをすればいいだけなので単純かつ簡単。
知らない者はそれをしないし、迷路を装っているため下手をすれば永遠に何かあることに気が付かず、いつか入り口に戻される。
「ここを作った者、いえ、者たちでしょうか。
彼らは相当に用心深かったのでしょうね」
「はい。そんな用心深い方々が作ったものに私たちは突破しようとしてるんですけど……。
ヒントなんてあるわけないですよね」
これまでのことを思い出すように斜め上を見ていたハルーフは肩を落とし、ため息をこぼす。
ライトも記憶を探るが、今まで歩いていたところにそれらしいものは見ていない。
しかし、だからと言って考え込んでいても仕方ない、そう思った彼は口を開いた。
「うーん。でもできることなんて限られてるよなぁ……何かを唱えるとか?」
「いえ、その可能性は低いでしょう」
「そうか? 私は主人殿の考えはアリだと思ったが」
「いや、言い間違えたりあるからな。行動なんじゃないかなって私は思ってる。
何かしらの鍵みたいなものってのも考えたけど、それもそれでなくす可能性を考えるとなんか違うって思うだろ?」
ライトたちが話を進める中で静かに聞いていたハルーフはそこでハッとした様子で手を叩いた。
「視線……頭の向き」
「えっ……あっ、そうか!
たしかに簡単で、なくさなくて、忘れにくいな」
そう、頭をその方向へ向けるだけならば、少なくとも言葉よりもずっと忘れにくい。
頭がなくなるなどは死を意味するため気にすることもない。
頭の向きが保管場所へ向かうための「何かしらの行動」としては適度に複雑で気付かれにくいことだ。
何十年もこの遺跡の突破をされてないのがその有用性を証明している。
予想としてはこの線で行くべきだろう。
では、次に考えるべきことは頭をどの方向に向けるかだ。
改めて自分の行動をそれぞれに思い返す。
足元は常に見ていたし、正面もそうだ。左右も最初の方は周囲を警戒していたため、見ていた。
「となれば、上か後ろですか」
「まぁ、2択だが、間違っても死ぬわけじゃない。とりあえず行こうか」
ライトはゆっくりと立ち上がりながらウィンリィたちに言った。
それに真っ先に答えながら立ち上がったのはウィンリィ。
「同感。どうせだし、賭けないか?
私は上だ」
「おっ、いいぜ。なら俺は後ろだな」
「3人はどうする? 乗るか?」
立ち上がり、服についた土埃を払い落としているところに投げかけられた。
「そうだな。では私はウィン殿の方に賭けよう」
小さな笑みと共に「まぁ、賭けられるものはないがな」と軽くデフェットが言った。
小さく笑みを浮かべながらミーツェが続ける。
「私もウィンリィ様の方に賭けましょう」
デフェットとミーツェの2人がウィンリィ側に付くとは予想していなかったライトが慌ててハルーフへと詰め寄る。
「はぁ!? ちょっ、は、ハルーフさんは?」
「うぇ!? えっ、えっと……その、私はライトさんに」
ライトの助けを求めるような熱心な視線に押される形でハルーフは頷く。
彼女の答えにパァッと表情を明るくさせるライトとはウィンリィがからかうような笑みを浮かべながら言った。
「違うと思うなら乗り換えっていいんだぞ?」
「い、いえ。大丈夫です! たぶん」
「そうだよ! たぶん」
そんな3人の掛け合いを微笑ましく思ったのかデフェットとミーツェは顔を綻ばせた。
「2人してまた不安な言葉がくっ付いてるな」
「まぁ、お2人とも似ている部分がありますから」
習慣として体に馴染んでしまった食事の後始末を終えた彼らは早速、暗闇へと再び足を踏み入れる。
最初は上を向いて歩くことを試した。
そうして歩くこと数分、ハルーフ以外の4人はその感覚をはっきりと得ていた。
それを敏感に察したライトたちは視線を前方に戻す。
ライトとウィンリィはいつでも鞘から刃を抜き取れるように柄に手を置き、デフェットは矢を3本ほど矢筒から取り出した。
デフェットはランタンを持っているため武器に手をかけられないが、鋭い視線や放たれる雰囲気は彼らと遜色がない。
突然今まで接していた彼らとは大きく変わった雰囲気にハルーフが戸惑う中、ライトがポツリと言った。
「ごめん。ハルーフさん。賭けは負けだ」
それも今までとは違う声音だった。
どこまでも真剣で自分とは住んでいる世界が違うとまざまざと感じさせるような声音にハルーフは困惑の表情で答える。
「えっ? それって正解ってことですよね?
賭けの方は残念ですけど、謝るほどのことじゃ」
「いや、この感覚はたぶんこの先に何かいる。しかも友好的なやつじゃない」
「それって……」
さらに驚く彼女へと続けてウィンリィが言う。
「まぁ、当然といえば当然だよな。
ここ何十年かは気が付かれなかったからといってこれから先もそうとは限らない。
もしも入ってきたやつを迎撃できるようなものを置いていても不思議じゃないさ」
「ええ、しかもそういう存在は気が付いたものを返すとは思えません。相当に強力なものがあるでしょう」
「……周りもいつの間にかマナの歪みが消えている。私たちに戻る道はないらしい」
そんな会話をしていると目の前に光が見えた。
あと5分もあればその光の元へとたどり着くだろう。
ハルーフはその先に待つ存在に生唾を飲んだ。