遺跡の解明(上)
遺跡を歩き始めて30分が経った。その間変わらない景色をライトたちは見ていた。
そこの大まかな構造としては普通の通路、マナが歪んだ暗闇、分かれ道の順で作られており、分かれ道を進んだ先にはまた普通の通路が伸びている。
最初こそ「何か出てくるかも」と身構えていたが、それをあざ笑うかのように何も起きず、何も見つけられない。
それどころか変化が皆無のその景色に飽きてき始めてさえいた。
何度めかの暗闇を抜けた先の景色を見て飽き飽きした雰囲気を隠すことなく、ウィンリィが呟く。
「また3つの分かれ道……か」
「どう行きましょうか? さっきは右の方を行きましたけど」
「うーん。そうだなぁ」
唸るライトの横でまるで何か確信があるかのようにウィンリィがその方向を指差した。
「ここは左だな!」
「ちなみにですが、ウィンリィ様、その根拠は?」
「勘だ」
今までも彼女の感に従い進んできた。
しかし、彼らはゴールへと近づいているような感覚をいまだに得られていない。
そもそも、いくら進んでも“景色が全く変わらない”ため、もし本当にゴールへと進めていたとしてもその実感が得られるわけがない。
そんな中で頼れるのはもはや勘しかないだろう。
(白銀と黒鉄はずっと黙り込んでるし……ここはウィンに頼ろう)
少なくともこのメンバーの中でおそらく最も勘が働くのはウィンリィだ。
代替案もない現状、彼女に頼るしかない。
そこでライトは軽く手を挙げて言った。
「俺は賛成。正直、よくわからん」
「私もです。検討なんて全然つけられてませんし」
ライトとハルーフの意見に対して反対する理由がないようでミーツェとデフェットは頷いた。
「では、今まで通りデフェットが先行、私がしんがりを務めますね」
「はい。お願いします」
デフェットの後ろをライトたちは一直線に並んで進む。
ランタンを使って足元がようやく照らせるこの暗闇にも少し慣れてきた。
たしかに前が見えないというのは面倒だが、何も出てこないのならば変に身構える必要もない。
また、先頭はデフェットがいる。何かあっても彼女ならば対応もできるだろう。
そのため、ライトは意識を外ではなく、内向きにした。
(白銀、黒鉄。聞こえてるか?)
『んー、んー? 聞こえてるわよ』
『聞こえてるよ。どうかしたかい?』
一応、問いかけには答えがあったが、その答えには妙に意識が入っていない。
しかし、ライトは「念のため」と2人への質問を投げかける。
(なにかわかったことあったかなって。ずっと考え込んでるようだったからさ)
『わかったことはそりゃあるわよ。あんた達が歩き続けてくれるおかげでね』
『ああ、でも……いや、まずはわかったことを話そう』
(ああ、頼む。それで、この遺跡ってどうなってるんだ?)
『遺跡の構造自体はとても単純よ』
白銀と黒鉄が言うには、この遺跡は迷路のように見えているだけで実際は迷路になどなっていない。
作りとしては、通常の通路、暗闇の通路の2つのブロックで構成されている。
正確には通路、暗闇、分かれ道、暗闇の順だ。
それは実際に歩き続けていたライトも気がついてはいた。
(何かの仕掛けがあるのか?)
『暗闇のとこあるじゃない? マナが歪んでる場所』
(あったな。結局あれ何なんだ?)
『転移陣に似た魔術だよ。
普通の転移陣は陣同士を繋ぐが、ここに使われているそれは空間と空間を繋いでいる』
転移陣に似た魔術。
黒鉄からそれを聞いたライトはよくわからず、眉をひそめた。
『転移陣は空間を飛び越えるものだ。でも、こっちは空間をつなぐものってこと』
そう黒鉄が補足したが、“空間”というものをいまいち理解しきれていないライトは首を傾げるように唸る。
(……んーっと?)
『そうね。イメージ的には本がわかりやすいかしら?
転移はページの行き来、ここのは同じページ内の文字を追う。みたいな感じね』
白銀の要約を聞きようやく理解したライトは「なるほど」と頷いた。
しかし、すぐに別の疑問が湧き、間髪入れずそれをぶつける。
(でも、何でそんなことを?)
『そう、私たちが悩んでるのはそこなのよ。
場所が足りなかったから、とか迷わせるためとか色々浮かんではいるけど、どうにも納得ができないのよねぇ』
『と、そんなわけでその辺りは、すまないが君たちで話し合ってくれないか?』
(わかった。上手い具合に切り出してみる)
ちょうど彼らで話が落ち着いたタイミングでデフェットが報せる。
「明るい場所が見えた。念のため警戒を」
それぞれに答える中でライトだけが肯定の言葉や動作ではなく、提案を出した。
「なぁ、ここを抜けたら少し休憩しないか?
ちょっと気が付いたこともあるし、それを話したい」
それに異論が出ることはなかった。
そうして、彼らはその暗闇から抜けると昼食ついでの意見交換をすることになった。
◇◇◇
広い通路の壁際に集まり、ライトの創造で作られた炎を囲んでいた。
彼らの昼食はフロッゲの肉の串焼きだ。
シンプルに塩胡椒だけの味付けだが、遺跡で食べるには十分過ぎる食べ物だろう。
「ーーっていうのが俺の今の予想なんだけど、デフェ、ハルーフさんはどう思う?」
説明と1本の串焼きを食べ終えたライトは問いかけた2人へと視線を向ける。
先に答えたのはデフェットだ。
「ふむ。マナが歪んでいるのは空間を繋いでいたから、か。
私としては主人殿の予想は間違ってはないと思う」
改めて納得したように頷く彼女に続いて、元の肉が肉だけに少しためらいながらも丁寧に食べていたハルーフが答える。
「私は細かところまではわからないので何とも……。
ただ、気になってることがあるんです」
「気になっていること?」
「はい。あまりにも同じ景色が続きすぎじゃないですか?」
ハルーフの質問にウィンリィが改めて頭の中を探り、口を開いた。
「たしかに、続きすぎだな。結論は?」
「ここは迷路じゃないんです。
たぶん一本道でそこをずーっと歩いてるんです」
「空間を繋いでいるのは全く別の場所ではなく、同じ場所でそこをグルグル回っている。
今までの3つの分かれ道もミスリードということでしょうか?」
ミーツェの確認の言葉に頷くハルーフ。
だが、ウィンリィとライトが待ったをかけた。
「いや、待て待て。それはおかしい。
同じところをずっと回っているならなんでライトが切ったランタンが元どおりになってるんだ?」
「そうだ。そもそもたしか同じ場所には2度と戻って来れなかったって話だった。
たぶん何かしらの目印を作ってたはずなんだ。でも見つけられなかった」
2人の疑問にハルーフは困った様子で眉を八の字にした。
どうやら彼女もそこが引っかかっていたらしい。
再び暗礁に乗り上げた、かと思ったその時、デフェットがハッとした様子で声を上げた。
「そうか……!」
「デフェット。何か知っていますか?」
「ああ、おそらく、我々が通り過ぎた。正確には暗闇の通路。
そこに入った時点で通路の状態がリセットされるのだ」
一度出れば通路の状態が元々決められていた状態、例えるならばライトたちがその空間に入る前の状態に戻る。
端的にまとめるならば、超限定的な空間の時間操作だ。
デフェットが言うには、地下で石レンガに囲まれ、閉じられた空間ならば、多少は無茶でも無理なことではないようだ。
「なんつー無茶苦茶な魔術……」
「ハルーフさん。そんな魔術知ってますか?」
「魔術、と言っていいのかちょっとわからないですけど、有名なロスト・エクストラで似た話を聞いたことはありますね」
通路の構造はわかった。
ならば次に考えるべきはその攻略法だ。
取っ掛かりとなるのは間違いなく、この遺跡が作られた目的。
「ですがまぁ、それはおそらく。噂のロストを守るためでしょう」
ミーツェの意見に全員が頷いた。
限定的とはいえ、時間を操る力を持つロストだ。これほどまで厳重に守る価値はあるだろう。
新たな、そして、最後の疑問に彼らは頭を抱えながら目の前にある炎を見つめていた。