遺跡探索開始
パシパエ学舎。
そこをわかりやすく例えるならば、魔導師の専門学校だ。
元は魔術の研究所だったのだが、フラーバ要塞から都市フラーバになったのに合わせて名前が変えられた。
目的も魔術の研究だけではなく、後進の育成も加えられた結果、今に至る。
「ちなみにパシパエというのはその当時、研究所の所長を務めていた魔導師の名を使ったそうですよ」
「なるほど……」
学舎の廊下を歩きながらそんな説明をしたのは50を過ぎた女性の魔導師長。
ライトたちがハルーフの紹介で彼女と話し、学舎の地下にあるらしい遺跡に入る許可を得られたのは数十分前のことだ。
今はそこへの案内を受けながらパシパエ学舎の説明を受けていた。
どうやら今は冬季休暇、いわゆる冬休みであること、研究室などは彼らが歩いている棟とは違うらしく、誰かとすれ違うことはない。
そのため、辺りはしんと静まり返り、寂しさのようなものを感じる。
「あの、質問があるのですが。よろしいでしょうか?」
そんな中でされたミーツェの質問に魔導師長はにこやかに頷き、「どうぞ」と促す。
それに一礼をすると彼女はそれを口にした。
「この学舎……いえ、研究所は元は遺跡の調査のためだったのでしょうか?」
「ん、あぁ、そうか。そりゃ建てる時に気がつかないわけないもんな」
ウィンリィから納得するような声が上がった。
2人の言葉に魔導師長はコクリとはっきりと頷き、言葉を続ける。
「ええ、どうやらそのようね。
でも、あなたたちもハルーフから聞いているとは思うけど、何もわからずじまい……」
「それで今に至るって感じですか」
「そうよ。
私も含めてみんな諦めちゃって、今では誰も調べることもしなくなったわ。
かといって、私にみんなを命令する権限もないから、放置するしかなかったのよ」
「どうしようもなかったですもんね。魔導師も時間に余裕がある仕事じゃありませんし」
どこか申し訳なさそうに魔導師長は苦笑いを浮かべていた。
彼女自身もその辺りは考えているが、どうしようもない。というのが正直なところなのだろう。
さらに廊下を歩き、地下への螺旋階段を降ること数分。
鍵のかかった鉄扉の前にライトたちはいた。
魔導師長はその扉の鍵を開くと振り向き、真剣な面持ちで言う。
「では、確認です。
中では必ずハルーフと共に行動すること。
出口への道が分かればそこで報酬、もしその先に何かしらの脅威があり、それを排除した場合はまたさらに上乗せをします。
よろしいでしょうか?」
「はい。問題ありません」
ライトが答え、他の面々が頷く。
それを見た魔導師長は先ほどまで説明した時からふわりと表情を和らげた。
「みなさんお気をつけて。もし、何も得られずとも危険と判断すれば戻ってきてくださいね。
ハルーフも、良いですね?」
その言葉を受けた彼らはパシパエ学舎の遺跡へと足を踏み入れた。
◇◇◇
遺跡は天井、床、壁の全てが石レンガで作られていた。
名前らしく、ところどころにヒビが入っていたり、苔のようなものが生えているが少なくとも崩れるようなことはないだろう。
壁の天井近くには古ぼけたランタンがあり、それが煌々と光を放っている。
広さとしては人が5人ほど並んでもまだ余裕がある程度。窮屈感を覚えるようなことはない。
「ここが遺跡か」
ライトが呟き、辺りを興味深げに見回しながら歩く。それの後ろを彼と同じように視線を動かしながらデフェットが続く。
彼らが少し歩くのと同じタイミングでウィンリィはしゃがみ、石レンガを撫でる。
「うーん。長い間あったってのはなんとなくわかるけど、予想の数倍は綺麗だな。
苔も特別珍しいものでもないし……」
「ハルーフ様はここに入ったことは?」
「うーん。そうですねぇ。一応、学舎に魔導師で雇われた時に一、二回入ったぐらいであとはないですね」
ハルーフとミーツェが話しながら遺跡を観察している中、デフェットがライトの肩を叩いた。
「主人殿、妙だ。あれを」
「ん?」
デフェットが指し示した先にはランタンでも壊れたのか暗闇が広がっていた。
たしかに暗いのは少し危ないが、明かりぐらいならば別にフロースフレイムを出せば解決するため、困ることはない。
そう思ったため、首をかしげたライトに彼女は続ける。
「あの暗闇の場所、マナが歪んでいる」
「どう言うこと?」
「なんと例えれば良いか私にもわからんが……見たことない空間だ」
ライトが再び首をかしげ、眉をひそめているといつの間にか近くに来ていたウィンリィが声をかける。
「どうした?」
「なんか、デフェットが言うにはマナが歪んでるって」
「歪んでる、ですか?」
「何かわかりますか? ハルーフ様」
「ああ、いえ。私は人間なのでマナは見えませんけど……。
ただ普通じゃないってことですよね。そんな話聞いた記憶ないんですけど」
ハルーフの確認の問いにデフェットは頷いた。
5人が「うーん」と唸る中でライトがポンと手を叩いた。
「とりあえず、フロースフレイム投げて照らしてみるか」
そう言ったライトはフロースフレイムを作り出し、それを暗闇の方へと動かした。
スーッと滑るように移動した炎は暗闇に入った瞬間、形がブレた。
かと思うとろうそくの火を吹き消した時のように炎が揺れ、そして消えた。
「……なん」
「おいおい。ライトお前何した」
「いや、いつも通りやったよ! でも、なんで」
「マナが歪んでると言っていましたね。
もしかするとそれの影響で?」
「あ、もしかしてあの中だとマナは形を保てなくなる、とか?」
その考えに行き着いたライトは「なるほど」と頷いたがすぐに新たなことに気がついた。
それもかなりのまずいことだ。
(あれ、それってつまり、創造が使えない?)
そう、創造はそれがどんなものであれマナで形を作っている。
マナが消えるということはマナで作られたものも消えるということだ。
(もしもの時の保険がないのはちょっと不安だな)
「なぁ、ライト」
ウィンリィの呼びかける声でライトの思考は現実に唐突に引き戻された。
少し驚いたような表情を浮かべた後に答える。
「あっ!? な、なんだ?」
「いや、とりあえずデフェットとハルーフさんが言うには体への問題はないだろうから進もうって」
「あ、ああ。わかった。でも、明かりは?」
暗い場所の探索での明かりはライトのフロースフレイム頼りだった。
一応ウィンリィもランタンを持っているが、今は手元にはないため、宿まで取りに戻る必要がある。
「上にあるだろ」
「上?」
ライトが向いた先には遺跡に元から飾り付けられているランタンがあった。
どうやらあれを拝借するつもりらしい。
「あー、なるほど」
「そういうことだ。って事であれの固定具切ってくれ」
「お願いします。ライト様」
ウィンリィとミーツェに頼まれたライトは軽く答えてマントからソラスを取り出した。
鞘と柄を付けた後にランタンの固定具へと向けて投げる。
まっすぐに飛んだそれにより固定具が切られ、ランタンが落下。それをデフェットが難なく掴んだ。
その間にライトもソラスを引き寄せ、鞘に収める。
「さて、では進みましょう!」
ランタンをデフェットから受け取ったハルーフはテンションが上がったようでビシッと暗闇の方を指差し、そして足を踏み出す。
しかし、その勢いを引き止めるミーツェの言葉がその背中にかけられた。
「あ、お待ちください。念のため、もう2つほどランタンを回収していきましょう」
「後1つくらいでいいんじゃないか?」
「いえ、1つは予備です。何があるかわかりませんから」
「一応、何か出た話はないのだろう?
気にし過ぎでは?」
「まぁ、備えるのは賛成。今までいなかったからって言ってこれから先もいないとは限らないし」
ライトたちがそれぞれに話し合っているのをカッコよく決めたと思っていたハルーフは少し悲しい目で見ていた。