転生の目的
「ハッロ〜、少年。気分はどうだい?」
その胡散臭そうな声を聞き、ライトは反射的に目を開いた。
広がるのはどこまでも白い部屋とその部屋に違和感なく馴染んでいる青い騎士甲冑を身に包むウスィク。
まさか自分が会いたいと思った時に顔を合わせるとは思っていなかったライトは返す言葉を失っていた。
無反応というのはどうにも予想していなかったようで、ウスィクは小首をかしげる。
「あれ? どうかしたかい?」
「えっ!?」
我に返ったライトは慌てて「なんでもない」と答え、言葉を返す。
「それで、何の用だ? 俺を呼ぶってことはなんかあったのか?」
もしかすると自分の行動を見ており、心の中でも読んでいるかも知れない、そう思い出された質問だったが、ウスィクは一瞬の間を置くこともなく答えた。
「ああ、いや、調子はどうかなーって思ってね。
ほら、転生して1年経つだろ? “慣れた”かい?」
もうそんなに経つのかと思う反面、まだ1年も経っていないのかとライトは驚いた。
思い返してみれば、平和でのどかな時があれば、死にかけた時もある。それも1回や2回といった回数ではない。
あまりにも濃すぎる1年だった。
しかし、そんな世界で生きていられるのはひとえにウスィクと呼ばれる神の力があってこそだろう。
(そう、あいつのおかげだ)
ゆえに、白銀と黒鉄「そこに裏があるのでは」と考え、助けられた自身も疑っている。
すでにバレているのか、それとも本当にわからないのかは知らないが、ウスィクはライトの引っ掛けに乗ってくることはなかった。
(あいつの言葉をそのまま受け取れば、俺のことは見ていないってことだよな。
神もそこまで万能じゃないってことか?
なら駆け引きでどうにか答えを引き出せるはずだ)
ライトは慎重に次の一手を考えながら“近くにあったテーブル”に軽く腰を置き、いつもの口調と声音を頭の片隅に意識しながら答える。
「まぁ、普通だ。死にかけたりしながらどうにか生きてる」
「……ほぅ、それは良かった」
相槌を打ちながらウスィクは指をパチンと鳴らした。
するとマジックのように白い虚無の空間に椅子がポンっと現れる。
それに腰掛けながら質問を投げかけた。
「あ、君も座るかい?」
「いや、遠慮す……る」
ライトはそこで違和感に気がついた。
(あ、れ?)
ウスィクはライトの創造のように椅子を出した。
別にそれがおかしいことはない。
転生者であるライトも似た力を使えるのだ。神であるウスィクが使えないという可能性は低いように思う。
だからそれに座ることもおかしくはない。
だが、自分が腰を軽く置いていたこのテーブルはいつからあったのだろうか。
狼狽えるライトを見てウスィクは賞賛するかのように手を叩いた。
「おめでとう。ライト君」
拍手と言葉を聞いてライトは視線をテーブルからそれらの主へと視線を向ける。
同時に辺りが視界に映るが、よく目を凝らすと薄ぼんやりと部屋の内装が見えていた。
「どういうことだ?」
「君の魂とも呼べるものが順応してきたということだよ」
眉をひそめるライトを尻目にウスィクは堪えるように小声で笑う。
しかし、次第にそれは大きくなり、ついに堪えきれずに溢れ出した。
「あっはっはっ!!
そうか、そうか……くっくっ……いや〜、気分がいいね」
「……説明、あるんだよな?」
「ああ、もちろんだ。
好きに疑問の言葉をくれ。なんでもは無理だが、答えられる範囲なら答えよう」
ウスィクが急に笑い出したのかはわからない。
いや、それは自分の中にある疑問をぶつけ終えてから出す結論だろう。
そう思ったライトは早速目の前のそれへと言葉を向けた。
「俺はなんだ? 本当に、人間か?」
「ふむ、人間か否かであれば、否だ」
端的に答えられた言葉にライトは反射的に息を飲んだ。
一瞬、失った言葉を掴み直した彼はそれを目の前の存在へとぶつける。
「では、なんだ? まさかあんたと同じなんてわけじゃないよな?」
「ああ、もちろんだとも。君は神ではなく、天使だ」
「天使?」
「まぁ、そう答えを急がないでおくれ。
順に説明しよう」
ライトは光という存在で生きていた世界で死んだ。
その世界での死は偶然でもなく、神の悪戯でもない。
ただそこで死ぬ人間であったというだけだった。
本来ならばそこで終わり、ゲームのデータを消して新しく始めるように魂と呼ばれるものは初期化され、どこかの世界で生きる。
「でも、その魂のループから私は君を引っ張り出して天使の体に押し込んだ」
天使と人間。役割、命、魂、その全てが違う。
天使の体に人間の魂を押し込む。
簡単に言うが、それはあと1つで完成するパズルに別のパズルのピースを強引に押し込むようなものだ。
当然、綺麗に入るわけがなく、下手をすれば体よりも脆い魂の方が完全に壊れてしまう。
そこでパズルの開いた場所に合わせてゆっくりとピースの形を変えてぴったりとはまるようにする。
「その馴染ませる作業が、転生さ。
転生は人を人にするものなんかじゃない。人を天使にするための加工作業さ。
体に慣れさせるにはその体を使わせるのが一番早いだろ?」
「じゃあ、俺に能力とか与えたのは……」
「ああ、天使の体も無から作れるわけじゃない。
説明は省くが少々面倒でね。あまり無駄にはしたくないんだ」
人間の魂ではなく、天使の体の方を重要視する物言い。
そんな些細なことで目の前の存在が神であることを再認識したライトは平静を装いながら再び口を開く。
「俺が転生してすぐに動けたのもそれが原因、だな?」
「そうだよ。理由はさっきと同じ。
すぐに死なれては困るからね。その世界からみてほんの少しだけ強い状態で世界に堕とした。
ん、そうそう、君が世界に馴染むのに比例してゆっくりとその状態を解除するようにしてたから今の君の力は全て君のものだ」
親戚のおじさんのように「成長したねぇ」と感慨深げにウスィクは頷いた。
だが、ライトにとってはそんなことはどうでもいい。
「なんで、俺を転生させた? なぜ他の人じゃなくて俺だったんだ?」
空気が変わった。
ピンっと張り詰めたそれはまさにゼナイドと決闘した時のような戦場に立つときと同じものだ。
しかし、その空気を壊すように明るい口調でウスィクは答える。
「私の目的のためさ」
「目的だと? それは、なんだ?」
「……それは秘密さ。
今の君はまだその体に慣れ始めたと言うだけ。私の部屋が見えるようになってきたのがその証拠。
そんなものにはまだ教えるわけにはいかない」
おそらくここで力尽くに出ても上から押さえ込まれるだろう。
少なくとも自分の体のこと、転生のことを知れたのだ。今は大人しく引き下がっても問題は全くない。
「質問は以上かな?」
「……ああ、とりあえずな」
そう答えるとウスィクは「そうかそうか」と嬉しそうに頷き、言う。
「そこまで至れるのは数千万分の一、そこそこ珍しいものだ。
おそらくこれからもちょくちょく呼ぶだろうけど、その時は付き合ってくれよ?」
「俺の質問に答えたらな」
ウスィクは別れの言葉の代わりに肩をすくめた。
その姿を見つめていたが、意識はゆっくりと薄靄がかかっていく。
ウスィクの目的、次に会う時はそれを問い詰める。そう決めながらライトはそれに従いながら意識を落とした。