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それぞれの戦場

 ハルーフの工房は自宅に併設されている。

 その説明を軽く聞き流していたが、案内された平屋の家、その室内を見て全員が同じ感想を抱いていた。


 これは工房が併設されているのではなく、自宅が併設されている、と。


 たしかにここに向かっている際に「少し散らかっている」とは聞いていたが、予想以上であった。


 机には本や何かしらの道具が散乱し、床には書き殴られた羊皮紙や紙、魔術の触媒であろう鉱石やアクセサリーが落ちていた。

 それらを装飾でもするかのようにシワシワの衣類が彩っている。


 辛うじて足の踏み場はあるが、本当に辛うじてだ。

 少なくとも落ち着いて話が聞けるとは思えない有様であった。


 服や道具が乱雑に並べられた部屋を見て言葉を失うライトたち。


 そんな彼らの感想などつゆ知らず、ハルーフは恥ずかしそうに「あはは」と笑いながら落ちていた羊皮紙を拾い上げ、雑に両腕に抱える。


「ごめんなさい。

 ちょっと片付けるので待っててください」


 そう言い彼女は「よっ」という小さな掛け声と共に腰を上げ、棚の空いていた場所に詰め込んだ。


 片付ける、というよりも隅へ押しのけるようなその行動を見ていられなくなったライトは咳払いを挟んで提案する。


「あの〜、よかったら手伝いますけど……」


「え? ほ、本当ですか。助かります」


 恥ずかしそうに顔を赤らめたハルーフは「お願いします」と頭を下げた。


 それを見てミーツェがライトに続くように口を開く。


「では、私も手伝いましょう。デフェット。私が教えた通りに、できますね?」


「ああ、無論だ」


 デフェットは胸を張り自信ありげに答えた。


 そんな3人を見たウィンリィは「仕方ない」と言わんばかりに頭を掻き、ハルーフへと言葉を向ける。


「まぁ、落ち着けないもんな。

 私も手伝うよ。ハルーフ、指示をくれ」


「あ、ありがとうございます! えっと……では、ウィンリィさんはこちらに」


「えっ? ここ以外もこんななってんのか!?」


 左の方にある部屋の前へと散らかった諸々を踏まないようにぴょんぴょんと跳び、扉を開けた。

 ウィンリィも同じようにしてハルーフに言われるままその部屋へと入る。


 彼女もそれに続こうとしたところでハッとした表情を浮かべ、ライトへと言葉を飛ばす。


「ライトさんは絶対にこの部屋に入らないでくださいね!

 あと、紙はタイトルに合わせてページ順に並べていただけるとありがたいです」


「本はどのような順番はどのようにいたしましょうか」


「語順でお願いします!」


 ミーツェに答えたハルーフはおそらく寝室だと思われる部屋の奥へと消えていった。

 瞬間、聞きなれたウィンリィの声が扉から聞こえてきた。


「おーい! ライトぉ! ちょっと来てくれ。面白い下着がーー」


「ああぁぁぁあ!!

 や、やめてくださーい!」


 その掛け合いを聞いた3人は顔を見合わせる。

 ライトは苦笑いを浮かべ、デフェットは「やれやれ」と肩をすくめて、ミーツェは息を吐いた。


 反応はそれぞれであったが思ったことは同じだ。

 この部屋の掃除はそこそこに時間が掛かる。


 そう思った彼らは無駄とはどこかで思っていながらも、少しでも早く終わらせようと各々に手分けして掃除を始めた。


 大方の予想通り、その日に掃除が終わることはなかった。


 その後、ハルーフが勧めた食堂で夕食をとり、翌日にまた手伝う事を話して彼女とは別れた。


◇◇◇


 翌日、ライトとウィンリィはハルーフの家ではなく、フラーバ近くの沼地にいた。


 彼らがここを訪れたのはギルドで受けた依頼、フロッゲの素材採取のためだ。


 予定では4人でハルーフ家の掃除をするはずだったが、依頼のことをハルーフに話すと「すぐに片付けるべき」と言われてしまった。


 たしかにギルドで受けた依頼は金が絡んでいる話。

 片付けられるならば早々に片付けたい、とは思う。


 だが、彼女1人で掃除ができるとも思えなかったため、即答することもできなかった。


 そんな状況であった中で話し合いの場を経た結果、今のように二手に分かれることになった。


「ハルーフが言うにはこの辺にいるはずなんだが……」


 ウィンリィはつぶやきながら辺りを見回す。


 フロッゲのことをハルーフに話して勧められた場所。そこはフラーバの大きな川。

 その支流の終端が湖を作り出来た沼地だ。


 沼地らしく足場はぬかるみ、湿気も感じる。

 湖からは何かが息を潜めていてもおかしくはないどころか、勧められたあたり本当にいるのだろう。


 その隣にいたライトは彼女とは反対の方向を見渡しながらポツリと口を開いた。


「本当に2人だけでよかったのかなぁ」


「あー、まぁ大丈夫だろ。少なくとも私たちよりは掃除得意な2人だし」


「そりゃそうだけど。あの惨状を見るとなぁ……」


 昨日のうちに資料や本の整理等は済ませたが、部屋の掃除や溜まっていた洗濯等はまともにできていない。


 少なくとも2人だけでは今日中にも終わらないだろう。


 当然、ウィンリィもそのことはわかってはいる。


「わかるがな。男のお前には見せたくないものがあるんだと。下着とかな」


 何事もなく発せられた軽い調子の言葉にライトは「あー」と相槌を打つ。


 異性に下着を見せるのはあまりいい気分はしない。

 その感覚は彼にもわかる。

 今では慣れたものだが、最初こそはウィンリィたちに下着を洗われるのに恥ずかしさを感じていた。


 そこまで考えたところでふとライトは思い出す。


「でも昨日さ。ウィンはその……俺に見せようとしてなかったか?」


「あー、それな。そりゃ魔導師然とした人があんなもんを服の下に着てるなんてわかりゃなぁ」


 昨日のことを改めて思い出したウィンリィはどこか感慨深げに唸っていた。

 正直、彼女がそこまで言うものにライトは興味が向いた。


「……ちなみにそれって、どんな、ッ!?」


 しかし、彼の口から言葉が全て出る前に湖から長い何かが伸びてきた。


 会話をしながらも辺りを警戒し続けていた2人は難なくそれをかわし、飛んできた方向へと視線を飛ばす。


 彼らの前にいたのは長い舌をしまっているカエル。

 しかし、そのサイズは蛇どころか人ですらも丸呑みにしかねないほどの巨体だ。


 カエルらしい粒状の突起とぬめりを帯びた皮膚が太陽の光を受け鈍く輝いている。


 生理的嫌悪を抱き、眉をひそめたウィンリィだが、戦闘ともなれば嫌というわけにはいかない。


 即座に剣を抜きながら言葉を飛ばす。


「ライト。挟み込んで一気に決めるぞ」


「ああ! でも、気持ち悪いからって目は潰すなよ? あれが今回の依頼された素材だからな」


「わかってるけどさ。お前はあれを見てなんとも思わないのか?」


 ウィンリィの質問を受けたライトはまじまじと巨大なカエル、フロッゲを観察する。


 丸い目がぎょろぎょろと蠢き、口をもごもごとさせる姿を一瞥するやいなや素直な感想を返す。


「気持ち悪い」


「よっし! 同意見だ。潰したらまぁ不可抗力ってことだ。次を探せばいい」


 軽く言ってのけるウィンリィ。

 的確に倒して目玉を取る方がフロッゲを相手にしなくていいような気はするが、ライトも動くフロッゲは苦手だ。


「それもそうだな」


『違うでしょ』


『まぁ、これが彼らの普通ってことだろうね。よくわからないけど』


 白銀と黒鉄の少し冷たい言葉を受けながらもライトは走り出した。


◇◇◇


 フロッゲを相手にした戦闘が沼地で行われている中、フラーバでも戦闘が起きていた。


「そこだ!!」


 正確にゴミの山へと向けて放たれたデフェットのレイピア。

 それに貫かれたのはネズミだ。


「す、すごーい……」


 感嘆の声とともにハルーフはパチパチと拍手する。

 息をついたデフェットがネズミをレイピアから引き抜きながら言葉も漏らす。


「まさかネズミまでいるとはな」


「自分でも驚きです。

 あ、そのままその子も素材にしちゃうのでそこの箱に入れちゃって下さい」


「……この部屋の有り様に驚きこそすれ、順応している様は本当に感想を失いますね」


 2人のやりとりを見ていたミーツェが棚にまとめた資料を並べながら感心したように言った。


「いつかはやらなきゃって思ってたんですけど。

 それよりも先にやらなきゃいけないことが多くて」


「ギルドに頼めばよろしかったのでは?」


「魔術ってお金かかるんですよ。

 あはは……はぁ、支援はあるとはいえ、本当にいつもギリギリで」


 どこか遠い目で力なく呟くハルーフからは悲哀のオーラが漂っていた。


 そんな彼女を見てかける言葉を失った2人は掃除へと戻っていった。

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