魔術都の魔導師
ライトたちに声をかけたのはハルーフという女性だった。
彼女はいわゆる教師という立場の人間のようで、フラーバでは専門の教育機関で魔導師として働いているらしい。
彼らは図書館の中央に並べられている円テーブルの1つを陣取って話をしていた。
位置としては、ライトとウィンリィが座り、それぞれの後ろにデフェットとミーツェが立つ。
そして、ハルーフが向かい側に座っている形だ。
魔王が関わっていることや転移陣のことは伏せた話をライトたちから聞いたハルーフは「う〜ん」と唸る。
しばらく沈黙した後、首を横に振り申し訳なさそうに眉をひそめながら口を開いた。
「すいません。わかりません」
「あ、いえ、謝るのはこちらの方です。突然だったのに、ありがとうございます」
ライトが軽く頭を下げたところで肩の力を抜くようにハルーフは息を吐いた。
それでスイッチを切り替えたようで、話の雰囲気をガラリと変えると、学者ではなく1人の女性として少し明るい口調で彼らへと質問する。
「それにしても変わったことを調べてるんですね。
術者が行うマナから魔力への変換効率の向上なんて……。
魔導師っていうか私にはなかなか浮かばない観点ですよ」
ハルーフの言うような説明を彼らはしていないのだが、専門家である彼女がまとめるとそういう内容になるらしい。
彼女は改めて感心したように数度「うんうん」と頷いたところでウィンリィが浮かんだ疑問をぶつける。
「そんなもんなのか?
魔導師ってそういうのを研究するもんなんだろ?」
「魔導師が研究するのは魔術について……より詳しく言うなら魔術陣やルーンについてですから。
そもそも研究とは新しい事実や解釈の発見とその証明が目的なんです。
だから、まずは観点……取っ掛かりが見えなければどうもしようがないんですよ」
ハルーフは肩をすくめ、苦笑いを浮かべながらそう答えた。
しかし、ライトとウィンリィはいまいち理解が進まないようで揃って小首を傾げた。
そんな2人を見かねてミーツェが口を開く。
「つまり……まずは疑問を持たなければならない、ということですね?」
その言葉で理解できたらしく、疑問氷解とでも言わんばかりの顔を浮かべると揃って「あ〜」と声を上げた。
「はい。まずは普通を疑うところから、です」
「大変なんですね。魔導師って」
ライトの感想に対してハルーフは小さく頷いた。
だが、その後に小さく笑みを浮かべて続ける。
「でも、楽しいですよ。調べるのって」
「あっ、それ俺もわかります。
なんか、こう……知らないものを見たりする時ってなんかワクワクしますよね」
「わかっていただけますか!?
いや〜、嬉しいなぁ。あまり共感を得られない感覚みたいで」
「そうなんですか?
研究者ってなんかそういう気質の人が多いイメージが」
「いえいえ、なんとなく〜とか、報酬が良いとかの理由ですよ」
ライトとハルーフの和気藹々とした様子で弾む会話はウィンリィの咳払いで止まった。
「あ〜、2人とも周り見ろ」
その言葉に従い、周りを少し見渡すと少し冷たい視線が向けられていた。
2人はその視線を向ける者たちに小さく頭を下げる。
「とりあえず、場所を移しましょうか」
「は、はい。そうですね」
そうしてライトたちは視線から逃れるように図書館から足早に去った。
◇◇◇
場所を図書館からカフェへと変え、各々にケーキやお茶を楽しんでいた。
一息ついたところで口を開いたのは辺りを見回すハルーフ。
しかし、辺りを警戒しながら見回し、腫れ物に触るような様子で声量もかなり抑えられたものだ。
「今さらといえば今さらなんですけど、ライトさんたちって何者なんですか?」
「……何者って、どういうこと?」
図書館で教えてもらう際に、軽い自己紹介をしたときに自分たちが旅をしているということは伝えている。
それでもなお聞いてきた理由が分からず、聞き返したライトへとハルーフは「だって」と続けた。
「一級奴隷のマナリアとキャッネ族の従者まで従えてるんですよ!?
普通ただの旅人って言われても信じられませんよ」
彼女の言葉を聞き「そりゃそうだ」とライトは苦笑いを浮かべた。
少なく見積もってもこの世界の人間からしてみればこの状態を“普通”とは認識しないだろう。それぐらいはライトでもわかる。
まだ貴族の坊ちゃんがお忍びで旅をしているといった方が信じられることだろう。
「でも、ただの旅人だよ。家族もいないしね」
「えっ……それって、その」
何かを察したハルーフはバツが悪そうにうつむく。
ライトは正直に答えただけだが、彼女は「なにかの事情で家族が死んだ」と捉えたのだ。
それを見たライトは「しまった」と思い、申し訳なさから逃げるようにパイを食べた。
流れ始めた重い空気を吹き飛ばすように、紅茶を飲んでいたウィンリィが明るい口調で問いかける。
「あ、あー、ハルーフは魔術師に魔術を教える……師匠みたいなやつなんだよな?」
「え? は、はい。そうですけど」
「具体的にどんなことを教えてるのか少し気になってな。
よかったら教えてくれないかなって」
ウィンリィの質問を断る理由はハルーフにはない。
だが、改めて言うのは少し照れ隠し笑みを浮かべながら答える。
「私の専門は魔導師らしくルーンや魔術陣の構築です。
もう少し詳しく言うならルーンの改良ですね。高効率化だとかスリム化だとか」
『へぇ〜』
『ほぅ?』
彼女の言葉に真っ先に反応したのは白銀と黒鉄だった。
ルーンとはこの世界の魔術の基礎であり、形がないものに形を与えるために古代マナリアたちが作り出した文字。
そんな古代マナリアである2人からしてみれば、同族が作り出したものの改良は気になるだろう。
「ルーンの改良……」
ライトも興味のあるなしで言えば「ある」と即答する。
転生前の世界にはなかったこともあり、魔術に関してはもともと興味しかない。
加えて、彼の身近には古代マナリアである白銀と黒鉄、現代マナリアのデフェットまでいるのだ。
魔術に関する環境としては完璧というほかない。
「はい。これが面白くてですね!
結構効率化、スリム化できるんですよ」
「それって、できて意味があるのか?」
「もっちろんです!
それらができれば誰でも難しい魔術を簡単に使えるようになるんですよ!
移動に応用すれば物流だって変わりますし、情報の伝達速度も大きく変わりますから!」
ウィンリィの疑問にまくしたてるように興奮気味に答えたハルーフ。
質問したウィンリィ、隣で聞いていたライトはデフェットとミーツェへと助けを求める視線を向けた。
「要は、移動に馬車が必要なくなります。女性も力仕事ができるようになるかもしれませんね」
「戦闘では弓矢は確実になくなるだろうし、剣もなくなるやもな。ほぼ全てが魔術に置き換わるだろう」
「あー、なるほど。それは、たしかにすごいな」
ウィンリィはライトから車やネットについて聞いている。
あまり理解できていないが、初めて聞いた概念ではないため、全く想像ができないわけではない。
それにゴーレスやあまり思い出したくはないが、シリアルキラーという存在もこの目にしている。
そのため、この世界でもそんなことができるのかと驚きはするが、全く理解できなかったり、「ありえない」と否定することはなかった。
だが、ハルーフがそんなことを知るわけもなく、予想してた反応と違い、首を傾げた。
「あれ? みなさん意外とすんなり受け入れるんですね。
やっぱりそういう人たちで集まって旅をするとそうなるのかな?」
彼女は勝手にどこか納得したように「うんうん」と満足気に頷く。
そして、なにか閃いたよう「あっ」と手を叩いた。
「よかったら私の工房に来ますか?」
「いいんですか?」
「はい! 私としてはみなさんの話をもっと聞きたいですし、なにか新しい発見があるかもしれませんから!」
可愛らしい顔立ちで柔和な表情を浮かべてハルーフはそう言い切った。




