ガラディーン
あまりの状況の変化に対応できずにいたウィンリィはライトが地面に倒れる音で意識を現実に戻すことができた。
「あっ」
ウィンリィはライトに駆け寄り、息があるかを確認する。
呼吸音はかすかだが聞こえた。
怪我自体もほとんどない。いや、無くなっている。
地面に叩きつけられていた。確実に骨まで折られていた筈だ。
だというのに、そのことが嘘であったかのように綺麗になくなっている。
(気になる点は山ほどあるけど、今は外に出る方がいいな……)
ウィンリィがそう決め、行動を始めようとした時だった。
ピクリとライトの指が微かに動いたかと思うと小さなうめき声が聞こえた。
「あ、れ?俺なんで、倒れて……?」
「気が付いたか!」
ウィンリィがライトの肩に手をのせた瞬間、体に激痛が走りライトは奇妙な声を上げる。
「わ、悪いが今はやめてくれ。なんか、全身が痛いんだ」
「す、すまん。って、その様子だと、立てそうにはないな」
「いや、ちょっと待っててくれ。ダメージ・クリア」
痛みを抑えながらなんとか言葉を紡ぐと全身をくまなく走り回っていた激痛が次第に落ち着いていく。
しばらくすると立てるほどにまで回復した。
ライトは立ち上がると軽く足を上げたり肩を回してみたりと体の調子を確かめる。
あらゆる怪我を治す【ダメージ・クリア】のおかげで痛みは全て消えている。
「ほんと魔術って便利だよなぁ」
「ああ、そうだな。
ところでこの状況はなんだ?」
壁際には切り口が焼け焦げ、真っ二つになっているオーガの死骸。
近くには同じようなオーガの死骸が転がっている光景が広がっていた。
そして、なぜかあたりには肉が焦げる嫌な匂いが広がっている。
「覚えてないのか?」
「ああ」
首をかしげるライトにウィンリィは疑問に思ったが、今は別のことを優先すべきだと判断し、ライトに提案した。
「……とりあえず、外に出よう。
オーガたちは倒したが外のゴブリンやオークはまだ残ってるだろうからな。
何があったかは移動しながらでも話すよ」
「わかった」
ライトは返事を返すと落ちていた白銀と黒鉄の二本の剣を拾い鞘に収め、フロース・フレイムを出すと洞窟内を引き返し始めた。
ウィンリィも剣を鞘に仕舞い、それに続く。
◇◇◇
その移動中、ウィンリィは金色の剣のことを話し、気になっていたことをライトに聞いていた。
「なぁ、あの金色の剣はなんだ?
急に光るし、炎は出すし、おまけに戦闘が終わったら二本の剣になっちまうし」
「さぁ?俺もよく分からない。
ただ、なんか声が聞こえたんだよな」
ウィンリィは首をかしげる。
あんな状況だったので彼女には聞こえなかった、という可能性もあると思ったがライトには聞こえていた。
ならば、少なくとも何かしら気配は感じるはずだ。
しかし、何も感じなかった。
一先ず、そのことは置いておき、ライトの言葉に聞き返す。
「声?」
「ああ。女の子みたいな声が二つ。それで、それで……」
そこまで言ってライトの言葉は止まった。
ウィンリィは駆け足で追い越し顔を覗く。
「それで、なんだよ」
聞くウィンリィに対しライトは頭を抱える。
「そこから先はどうにも曖昧で……。
でも、ウィンが言うには二体のオーガを倒したのか、俺」
その言葉は曖昧な現実をかみしめるようなものだった。
ライトが覚えているのはオーガの斧と鉄槌を受け止めている時に少女の声が聞こえたこと。
しかし、確かに一つだけ知っている、わかっていることがある。
「ガラディーン……」
「ん? ガラディーンって?」
「あの剣。黄金の剣の名前、だと思う」
曖昧な感じでウィンリィには言ったが、ライトにはその名であるという確信があった。
理由はない。直感に似た確信だ。
それ以外の名前はあり得ない。そんな気がしている。
そして、ライトはその剣の名前を前の世界でも知っていた。
【ガラディーン】
それはアーサー王の円卓の騎士、その一人。ガウェインが持っていたとされている剣だ。
アーサー王が持つエクスカリバーの姉妹剣とも言われている。
だが、それに対しなぜガウェインがそれを持っていたのか、その力はどれほどだったのかは明確に記されていない。
「ガラディーン、ね……」
ポツリと確認するような口調でウィンリィは呟いていた。
「何かあるのか?」
「あ、いや、どこかで聞いた名前なんだが……悪い。思い出せない」
「謝る必要なんてないよ。ウィン」
たしかに気になりはするが思い出せないと言うのであれば仕方がない。
今優先すべきは黄金の剣ではく、残ったゴブリンとオークの集団。そして、それと戦っている者たちだ。
◇◇◇
洞窟に出ると明るい本物の太陽の光が目に入った。
すでに陽は傾き始め、夕方へと差し掛かっている。
明るさの急な変化に二人は目を細め、目が次第にその光に慣れるのを待つ。
目が慣れるとバウラーたちが戦闘を繰り広げているであろう場所へとすぐさま走り出した。
「くそ、走ってもどれぐらいで着けるか」
ウィンリィは悪態をつきながらも走り続ける。
しかし、その速度は戦闘の疲れが残っているせいでとても全力とは言えない。
ライトはそれを黙って聞いていたがふと何かに気がついたのか急に立ち止まった。
「なぁ、ウィン」
「なんだ? 急がないとバウラーが……って、ひゃっ!?」
ウィンリィの言葉が途切れ、変な声を出したのはライトが彼女を抱きかかえたからだ。
それも世に言うところのお姫様だっこで、だ。
「お、おい! 何してるんだよ!」
ウィンリィはあまりにも自分に似合わないことをされ、耳まで真っ赤にさせながらそう抗議するがライトは気にせずに平然と答える。
「急がないとバウラーたちが危ないからな。
しっかり掴まってろよ。創造ライトニング・ムーブ!」
言うと同時にライトの体は雷を纏った。
「ちょっ、ちょっと、待てぇぇぇぇええ!!」
瞬間、そんなウィンリィの声を尾に引きながらライトは次なる戦場へと走り出した。