廃坑ゴブリン
「っ、の!!」
ライトはクラウを振るい下ろした。
向かってくる紫の刃。それを視界に捉えたゴブリンは即座に後ろに飛び、それを回避。
着地を問題なく済ませたそれは槍を構え直し、彼らを見据える。
その一連の動作に不慣れな感じや付け焼き刃なものは感じない。
慣れた武器を扱っている。そう言うに間違いがない所作だ。
槍を構えるゴブリンを見たウィンリィは「ありえない」と言わんばかりの表情で言葉を漏らす。
「あいつ……本当にゴブリンか? あんなの見たことも聞いたこともないぞ」
「しかし、私たちの目の前にいます」
「そうだ。ウィン殿、今は対処することを第一に考えろ」
「くっ、わかってる! ライト、左右から挟み込んで動きを止めるぞ。
デフェットはそこを貫け。ミーツェは援護」
「「わかった!!」」
「了解」
ミーツェは矢筒から矢を取り出し弓に番える。
そして、弦を引き、放とうとしたところで狙いを上へと変えて放った。
上空から迫っていた矢とミーツェが放った矢が正面からぶつかり合い地面へと落ちた。
「ミーツェ!」
名前を呼びながら向かおうとしたライトだが、それはミーツェ自身が発した強い言葉により妨げられる。
「問題ありません。ライト様は予定通りに!!」
「ッ!! ああ!」
踵を返し、返事をしたライトは即座に思考を切り替え、ウィンリィ、デフェットと共にゴブリンへと向かう。
ゴブリンの右側からライト、左側からはウィンリィが接近、タイミングほぼ同時に切りかかった。
長い間共に過ごしてきただけあり、かわされたとしても互いに攻撃が当たることはない位置取りをした上での挟撃を難なくこなす2人。
しかし、ゴブリンは彼らの予想を上回る強さがあった。
ゴブリンは2人の攻撃を見て即座に反応。
最初に、三つ叉の槍、その刃の部分をライトへと向け、攻撃を受け止める。
「んな!?」
次に、向かってくるウィンリィの攻撃をその反対側で受け止めると弾き飛ばした。
「ウィン! ぐっ!!?」
最後に、ライトの横っ腹を蹴飛ばした。
「主人殿!」
挟撃の失敗を悟ったデフェットはすぐさま方向をライトの方へと変え、駆け寄る。
即座にその手をライトへと向けた。
彼は立ち上がりながら、ウィンリィは着地。
それぞれがとっていた行動は違えどその反応はほぼ同じだった。
「な、なんだ。あいつ……」
「本当に、ゴブリンか?」
ライトとウィンリィは冷や汗を浮かべる。
おかしい。明らかにあれは普通のゴブリンではない。
そうであるわけがない。
「大丈夫か? 主人殿、ここは一度下がることも検討した方が」
「でも、ここがチャンスかもしれない」
「無策で突っ込んだところで誰か死ぬだけだ。それとも何か策があるとでも?」
「それは……」
槍の技術面に関しては元の体の頑丈さゆえか人間より上かもしれない。
それに加えてあのゴブリンは明らかに“普通の人間クラス”の知能がある。
(知能……いや、そうか!!)
「デフェ、あいつを倒す方法を思いついた」
「なに!? 本当か?」
「ああ、俺に任せてくれ。ウィンにもこのことを伝えるのを頼めるか?」
「うむ。了解した」
ライトが思いついたという方法。
それを全て聞くことなく、デフェットは2つ返事で了承するとウィンリィの方へと走り出した。
2人が詳しくなにを話しているか、ライトにはわからない。
わからないが承認を表すようにウィンリィがライトへと頷いたのが見えた。
(よし!)
『よしってなにするつもりなのよ』
『まさかこんなところで僕たちを使うつもりじゃ』
(ちゃんと考えてる。大丈夫だよ)
白銀と黒鉄は訝しみながらもひとまずはライトのことを信じるようで、そこから何か言うことはなかった。
ミーツェが時間を稼いでいる現状、迷うどころか説明する暇もない。
ライトは手を高く上げ、頭の中にあるそれをイメージする。
「創造! ロード!!」
叫びながら手を振り下ろした瞬間、彼から真っ直ぐに土道が伸びる。
それは1週間と少し前、ゼナイドと共に廃坑から脱出する際、マントの中へと移動させていた大量の土をもとに作られたものだ。
驚くように辺りを見回すゴブリンへと走り出す。
「うおぉぉぉおおお、お!!???」
自分に気合を入れるように声を上げていたライトは途中で躓き、クラウを地面に落としながら転がった。
「えっ……?」
「お、お前なにやってんだ!!!」
デフェットは息を呑み、ウィンリィは焦りを表情に表している。
敵であるゴブリンでさえも、あざ笑うかのように口をニヤリとさせ、うつ伏せになっているライトへと悠々と近づく。
だが、狙い通りだ。
「ストライク・エア」
唱えながら投げたのはソラスの鞘のジョイントだ。
吹き飛ばされた金属の塊がすっ飛び、ゴブリンの頭に当たる。
「ッッッゥ!?」
なぜかはわからないが、このゴブリンには普通の人間と並べるほどの知能がある。
しかし、それは逆を言えば人間と同じ程度の隙もあるのだ。
破壊による笑いではなく、誰かの失敗を蔑むことにより生まれる油断。
ライトはその油断をつくことにしたのだ。
不意打ちの一撃を受けたゴブリンはよろけ、後退しながらその手から槍を落とした。
「貰ったぁ!!」
ライトは即座に立ち上がり、ゴブリンの懐に入り込むとソラスをその胸に突き出す。
肉に突き刺さる生々しい感覚と血の鉄錆の匂いを感じながら、魔力をソラスへと流し込んだ。
甲高い音を響かせ、切断力が増したその刃を軽く捻り、ぐっと押し込みゴブリンの体を上げると脇下へと切り抜いた。
「はぁ、はぁ……」
力なく倒れて血を流すそれから視線をミーツェと彼女と対峙するゴブリンへと向ける。
「エアカッター!!」
すぐに放たれた風の刃。しかし、狙いは甘い。
理由は単純で、ただ意識をほんの少しミーツェから外すことができればいいからだ。
ライトが思っていた通り、ミーツェがすぐに放った矢はゴブリンの頭を貫き、とどめを刺すように体にも突き刺さる。
(ふぅ、とりあえずこれで戦闘は終了、かな?)
『ええ、終わったわよ。戦闘はね』
『ああ、終わったね。戦闘は』
妙に刺々しく、何か含んだ白銀と黒鉄の物言いに首を傾げたところでライトは殺気を感じた。
戦闘とは別の緊張感を覚え、ゆっくりと振り向いた先には怒りを顔どころか全身で表すウィンリィの姿があった。
その後、廃坑にライトの苦悶の声が響いた。




