因縁の存在
「……なーんだよこれ」
「これは、どうするかな」
ウィンリィとライトはギルドの掲示板を見ながら呟いていた。
ギルドの掲示板には普通依頼の紙がいたるところに貼り付けられているのだが、そこには数枚が貼られている程度。
しかも内容は倉庫番や採掘の補助といった細々としたものだけであった。
パッとしないのに加えてどれも報酬が子供のお小遣いに少し色を足した程度。
村に住んでいるものならともかく、旅をするライト達からしてみれば、ここで受けるより他の村へ行った方がまだマシだ。
「まぁ、この辺りは騎士団も活動範囲を少し広げているようですし、仕方ないかと」
「ふむ、護衛も騎士がしているようだしな。どうする? 主人殿」
「どうするったって……どうしよう?」
「どうもこうもないだろ。ないもんは逆立ちしてもすぐに生えてくるわけじゃないし」
ウィンリィの言うとおりだ。
待てば依頼は増えるかもしれないが、所詮は“かもしれない”だ。
絶対と言い切ることはできないため、待つのは得策ではない。
そもそも路銀はほとんど使っていないためまだまだある。
やはりここで無理して待つよりもそうそうに次の村に向かう方が有意義だろう。
「仕方ない。宿をとって明日にでもここを出ようか」
そうライトが言ったとき、受付にいた1人の男性の声が耳に届いた。
「ーーやっぱりどうにかなりませんか?」
ライトが意識と耳をそちらに向けた中でも会話は続いた。
男性の声に受付の女性が応える。
「はい。受けて下さる方はいませんでした」
「んー、やはり別のギルドに出した方がいいんですかね?」
「この場合はそうですね。ギルド側でも少し出せますが、全額とはなりませんけど」
困ったような男性のうなる声がその会話に続いた。
依頼する側もする側で苦労があるのかと完全に他人事で意識を戻そうとしたところでその一文が耳に飛び込んだ。
「ゴブリンのようやつを見たってみんな不安がってるんだ」
「ッ!?」
ゴブリン。
少なからずライトに旅をするきっかけを与えた存在の1つだ。
「ライト、お前、受けるのか?」
どうやら自分でも気がつかないうちに受付の方へと視線を変えていたらしく、斜め後ろからウィンリィの声がした。
ライトはそれに即答はしなかった。
だが、少しして口を開く。
「ああ、放っては置けない。今の俺なら、救える存在があるんだからな。
デフェ、ミーツェ。いいかな?」
彼から出された確認に2人は一瞬も嫌な顔をすることはなかった。
状況ははっきりとわかっていなくとも、ライトがやりたいことだけは察したらしく頷いた。
「ありがとう」
礼を言い、ライトは受付に向かった。
そして、困った様子の男性に声をかける。
「あの、よろしければその依頼の件でお話を伺っても?」
◇◇◇
それからライトたちはギルドの円テーブルの1つを借り、男性からの話を聞いていた。
「ーーと、いうわけです」
彼の話をまとめると単純なもの。
近くにある廃坑。その近くで狩りをしていた男性がゴブリンを見たというものだった。
別の採掘現場に向かう者たちも人形の動く何かを見たらしい。
まだ被害は一切出ていないが、それゆえに不気味で村人たちは不安がっており、安心するためなにかが欲しいということだった。
「見間違えはありえないんだな?」
ウィンリィの言葉に男性は一度頷き、答える。
「はい。1人2人ではなく、10人は見てますし、私も見てます。
同時に複数人が見ていたりもするので見間違えも考えにくくて……」
「騎士は動かないのか?
ここって騎士が馬車の護衛とかもしてるんじゃないのか?」
ライトの質問に彼は肯定したが、残念そうな顔で言葉を続けた。
「そうです。でも、明確な被害がなければ騎士も動けないらしくて。
ギルドへも調査での依頼となるので報酬に上限をつけられて戦えるような方が来ず」
「それでどうするか迷っていたころに私たちが、ということですね?」
「ええ。どうにかなりませんか?
別途依頼料を渡せるよう村長とは話すつもりです。ですが、それを確約できる立場に私はなくて……」
申し訳なさそうに表情を暗くし、言葉を小さくさせていく男性。
もし断られても彼は「仕方のないこと」と己に言い聞かせ止めることはないだろう。
ライト側としては受ける理由がない。
見間違えだろうと結論付けて去ることもできる。むしろその方が楽だ。
しかし、ライトが受けたいとしても3人が賛成するには足りない。
彼女たちが許したのは彼から話を聞くことで、依頼を受けることではない。
あともう1つ確実に得られそうな条件ーー
(いや、待てよ? ここからならもしかして……?)
「受けましょう。その依頼」
「ほ、本当ですか!? あ、ありがーー」
「ただし! ここからフラーバまで行く馬車はありますか? 荷馬車でも構いません」
「フラーバまで、ですか?
……いえ、直接行くものはありませんね。手前の58までの馬車なら、いくつかの鉄を持っていくのでありますけど」
「では、それに乗せる、というのを追加の報酬として得られるのなら。受けますよ」
「わ、わかりました。どうにか頼み込んで見ます! ありがとうございます!」
「えっ? あっ!」
男性は礼を言うとライトが止める間もなく、席から立ち上がり、すぐに外へと飛び出していった。
「あー、まだ話は終わって〜、な〜」
止めようとしたライトの手は宙で止まり、すとんと下ろされる。
そして、おずおずと3人へと会話を切り出した。
「えっと、その、なんか受けることになっちゃって……ごめん」
申し訳なさそうに言われたその言葉。
それに真っ先に「仕方ない」と言わんばかりに頭を掻きながらウィンリィが答える。
「まぁ、追加の条件も本当に得られるのなら悪くない」
それに続くようにデフェット、ミーツェが答える。
「私は、そうだな。主人殿に従おう」
「私もです。ライト様。唯一の懸念であった報酬の部分も追加があるのなら問題はありません」
「よかった……ありがとうみんな」
『ねぇ、ちょっといいかしら?』
声をかけてきたのは白銀だ。
(ん? どうした?)
白銀の言葉に補足するように黒鉄が続ける。
『本当にゴブリンがいるとして、なんで襲うようなことはしないんだろう?』
(えっ? そりゃ……あれ?)
ゴブリンは本能に従って動いている。それは間違いない。
武器を見て襲うことはしなかったのかとおも思ったが、それなら採掘場に行く人になにもしなかったのはおかしいことだ。
2人の指摘を受けて考えていたライトもとある疑問に行き着き、それを伝える。
(そもそもなんだけど、ゴブリンってどこから来たんだ?)
それは西村第42でも思ったことだ。
あの時は結局うやむやになってしまったが、今考えるとおかしい。
時々見かけるならともかく、ウィンリィたちがその存在を不自然に感じないほど見るというのは、戦闘から逃げながらえたというのも考えにくい。
(ああ、北から来るならわかる。でもここは北からまだ距離がある。
西のあの村もそうだった)
『なるほど、今回でそれも調べようって魂胆ね?』
『ふむ、僕たちが注視しよう。君は戦闘に集中してくれていい』
(ああ、任せる。何かあったら教えてくれ)
今にして思えば、あの村も、もしかすると最初はこの程度で「よくあること」と無視していたのかもしれない。
もしくは今回のように誰も受けてもらえなかった。
それが徐々に数を増やし、結果的にあの惨状を生んでしまった。
ライトの脳裏に犯され捨てられた女性たち、戦場で無残に殺された死んだ者と残骸が浮かぶ。
(あんなもの、そう簡単に起こさせるかよ……!)
ライトは自身に気合を入れるように小さく息を吐いて拳を握りしめた。