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また会う日まで

 翌日、ライトはデフェットと一緒に挨拶回りをしていた。


 ワイハント商会や他にも世話になった人たちに軽く挨拶をして、最後に訪れたのは近所に住む老夫婦の家だ。


 何度かギルドを介してや直接の依頼を受けて薪割りや洗濯などの家事をしたことがある家でもある。


 リビングでライトから話を聞いた老夫はあご髭をさすり感心したように呟く。


「なるほど、それで……わざわざ来てくれたのか」


「あらあら、嬉しいわねぇ」


 老婆は朗らかに笑いながらライトと老夫、そしてデフェットにも紅茶を入れた。

 驚きよりも戸惑いを強く顔に浮かべたライトたちに老婆は変わらず笑みを浮かべたままで続ける。


「いいのよ。ここには私たちだけ。あなたも立ちっぱなしじゃ、疲れるでしょ?」


 デフェットは視線をライトへと向ける。

 彼女の言葉に甘えてもいいものか、と問いかける視線だ。


 ライトとしては老婆の提案を断る理由はない。

 すぐに従うように頷いた。


「では、ありがたくいただきます」


「ええ、どうぞどうぞ。

 私は焼き菓子を取ってくるから先に飲んでてもいいからね」


「あ、では、私も行きましょう」


「あら〜? いいの? なら頼んじゃおうかしら。高いところにあるから助かるわ」


 老婆はデフェットを引き連れて台所の方へと向かった。

 その2人から視線を老夫へと戻したライトは軽く頭を下げて口を開く。


「本当にお世話になりました」


「あぁ〜、構わん構わん。ここに住む者は君に恩がある。それに比べたら小さいものさ」


「……そうなんですか?」


「そうとも。祖先と大仰に言わずとも親から受け継がれた家や仕事は大事なものだ。

 貴族や騎士が家名を誇るのと同じほどにな」


 そこで言葉を区切った老夫は紅茶を飲んでから言葉を続ける。


「たしかに被害は大きかった。死んだ者もたくさんいる。

 だが、まだ立ち直れる。やり直せる」


「長い時間がかかりますね」


「そうだな。だが、この世に生きる者は強い。

 力ではないぞ? 意志の力、とでも言えばいい。たとえ時間がかかろうともまた立ち上がることを望めば世界がそう動くものだ」


 老夫がそこで話を区切り、さらに続けようとしたところでリビングの出入り口から声がかけられる。


「お父さん、そこまでにしておきなさいな。ライトさんも困っちゃいますよ」


 そう言葉を飛ばしてきたのは老婆だ。

 隣には皿に盛られたクッキーを持つデフェットがいた。その目は驚愕で少し丸くなっている。


 老婆は老夫の隣に座り先ほどまでライトに話していたことを問いただしているため、2人に意識は向いていない。


 その間に、とライトは小声で話しかける。


「なぁ、どうした? なんか目が丸くなってるけど」


「……西副都にあるイーロズのクッキーだ。ここに盛られた分だけでも50万G(ガルド)はあるぞ」


「ごじゅ!?」


「ん? どうかしたかい?」


「遠慮しなくとも構わんぞ。私たちはあまり食わんからな」


 老夫婦はそれがなんであるのか知らないのかいつもの様子で笑いながら話していた。


 ライトとデフェットはどうにか作った笑みで返事をしてからそれを一口かじる。

 しかし、が値段が頭に過ぎっていたため味などろくにしていなかった。


◇◇◇


 それから約30分後、ライトとデフェットは老夫婦宅の玄関にいた。

 余ったクッキーをお土産として受け取ったライトは世話になった老夫婦へと頭を下げた。


「なにからなにまで本当にありがとうございます」


「いやいや、構わんよ。また戻ってくるのだろう?」


「一応は……家のこともありますから。1回は戻って来ます」


 彼の答えに安心したのか2人は「そうか」と頷いた。

 そこで何かに気がついたのか老婆が「あっ」と声を漏らし、ライトへも質問する。


「ねぇ、あなたたちは4人だったわよね?」


「ええ、そうですね。4人です。それがなにか?」


「お家の管理はどうするのかしら、と思ってね」


 老婆の言葉に残りの3人がハッとした表情を浮かべ考え込み始めた。


「完全に忘れてたな……ワイハントさんのところに行って手配してもらうか?」


「今から、か? 別れ話をした後に頼みごととは少し行きにくいものがあるぞ、主人殿」


「ふむ、期間がわからないのならギルドにも頼み難いしな……」


 少しの間をおいて提案を出して来たのは老夫だった。


「では、私たちの従者を……そうだな。2人当てるのはどうだろう?」


「えっ!? それは、とてもありがたいですけど、良いんですか?」


「少しの金は請求するさ。あとは、私たちに土産話でも聞かせてもらえればそれで良い」


 渡りに船とはまさにこのことだろう。

 断る理由もないし、正当な対価を払うのならばライトとしても少し気恥ずかしかったり、申し訳ないと思うが、受け辛い話ではない。


 買い出しに行っているミーツェたちにも頼んでいないことであるため、おそらくどこかとぶつかるようなこともない。


「はい。お願いします」


「ああ、お願いされよう」


「ええ、私たち“ミュラー家”の名にかけてあなた達の留守の間、あの家は私たちが守るわ」


 そんなミュラー老夫婦の言葉を受けて別れた2人は、傾き始めた日の光を受けながら帰路についた。


◇◇◇


 離れた両親に会うのはどれぐらいぶりだろうか、とフメルは実家への道を歩いていた。


 この辺りはガーンズリンドの中でも特に別荘などが建ち並ぶ場所で住宅街や商店街から外れているため、かなり静かなものだ。


 道を歩く者もいない、そうか彼は思っていた。


「よかったな。気がついて」


「本当だよ〜。はぁ、完っ全に頭から抜けてた……」


 頭を抱えてぶんぶんと頭を横に降る少年とその隣には美しいマナリアがいた。

 マナリアの方は手首に一級奴隷の印があるため奴隷であるということがわかる。


(見ない顔だな……)


 少し訝しみながらも彼は会釈で挨拶をした。


 2人はそれに気がつくと会話を止めてそれに答え、通り過ぎた。


 フメルの視界には実家がある。否、自身の実家しかない。


 それに気がついた彼は立ち止まるとバッと後ろを振り返り、どこかへと向かう2人の背中を見る。


「……まさかっ!?」


 そのことに気がついたフメルは駆け出し、慣れたように玄関を開いた。

 何事かとリビングからは見慣れた父と母がフメルを見つめていた。


「フメルか……副都から帰って来たのか」


「あらあら、おかえりなさい」


「あ、ああ、ただいま……って、そうじゃない!! ここに誰か来たか!?」


 食い気味に問いかけるフメルに2人は頭に疑問符を浮かべながら顔を見合わせたあと、コクリと頷き答える。


「そ、そりゃ、いたが……」


「ライト君になにかあったの?」


 2人が戸惑いながら答え、彼の名前を言うとフメルは数度瞬きをしてふっと表情を緩め、笑みをこぼした。


「ライト。そうか、彼が……」


 その名前はゼナイド達から聞いた1人の少年の名前と同じだった。


 南副都サージを救い、第三公女のポーラから名誉騎士勲章を授与され、ガーンズリンドを救い、さらに少し離れた場所で現れたというガメズと呼ばれる怪物も勇者と共に倒した。


 そして、派閥争いも止めようと働きかけた少年。


「勇者と並ぶ者……次に会った時は、礼をせねばな」


「どうかしたか? フメル」


「いや、なんでもない。父さん、母さん。ただいま」


 フメルは改めてそう言うと家に上がった。


◇◇◇


 翌日、ライト達は出会いと再会を果たしたガーンズリンドから出て、魔術都フラーバへと向かい歩き出した。

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