賛同者たち
ライトたちが食事をしている中、ガーンズリンドの騎士団拠点。
そこは貿易港であることや海に面していることなどからちょっとした要塞のような造りをしている。
少し慣れた者でも気を抜けば迷いそうな通路を慣れたように歩くのはゼナイドとウィスだ。
2人は派閥争いの件で一部の騎士や貴族に賛同を求めるために、そこを訪れている。
ライト派と勇者派の派閥争いを「くだらない」と思っているが、周りの顔色をうかがって消極的にそれぞれ動いている者がいくつかいる。
その者たちを巻き込み、行動を起こせば表面上は協力させることはできるだろう。という考えだ。
「にしても驚いたわね〜。まさかライトくんの名前を出したらあっさり協力してくれるなんて〜」
提案そのものより「ミリアス家からの頼み」ということで難色を示されたが、ライトの名前を出すとすんなり首を縦に振ってくれた。
「バハムートの件での活躍とワイハント商会との繋がり、加えてポーラ様からの勲章。
改めて並べたが、1つだけでも十分な権威だからな」
「そうね〜。旅、やめないかしら〜?
良い子だし、能力もあるし、かわいいし、シーパル家に入れたいわ〜」
「やらんぞ」
「まだゼナイドちゃんのじゃないでしょ〜?」
「ミリアス様! シーパル様!」
一瞬、2人の間に火花が散ったところで後ろから声とかけ寄る足音が向かってくるのに気がついた。
視線で「この件は後ほど」と済ませるとすぐに振り向いた。
そこにいたのは1人の騎士だ。おそらくガーンズリンド所属の騎士なのだろう。
肩で息を繰り返しながら、少し緊張した面持ちで伝える。
「フメル・ミュラー様がお2人にお会いし、話をしたいとのことです。
もし、お時間があるのならばお連れするようにとも」
「フメル・ミュラー……たしか、ここの防衛隊の責任者であったか?」
「はい。現在、東副都トイストでの職務を終え、戻られました」
ゼナイドとウィスは顔を見合わせて頷いた。
時間もあるし、ガーンズリンドの防衛を担う者ならば顔が効くはずだ。
取り込めれば大きな戦力となるのは間違いない。
「わかった。そこまで案内を頼む」
「はっ! ご案内します」
男性騎士は言うと2人をヴィルスがいると言う執務室へと案内を始めた。
◇◇◇
数分ほど歩き、目的の部屋の扉前へと彼女たちは到着した。
男性騎士は扉を3回ノックして言葉を飛ばす。
「ミリアス様、シーパル様をお連れしました」
「ありがとう。入れてくれ」
部屋からの言葉に答えてから男性騎士は扉を開き、彼女たちに中へ入るように促す。
2人は軽く礼を言って執務室へと入った。
そこはこじんまりとした部屋だった。
特にこれといった装飾品はなく、壁には資料であろう本棚、作業用の机と椅子が1セットあるだけだ。
その椅子には1人の男性が羽ペンを動かしていた。
歳は30代前半だが、見た目は歳よりも数段若く見える。
彼がフメル・ミュラー。
父親からガーンズリンドの防衛隊の責任者という立場を継いだ者だ。
ゼナイドとウィスが部屋に入り、扉が閉められたのを確認して彼は口を開いた。
「お呼びしておきながら、何も準備できず、申し訳ありません」
「いや、構わん。何も言わず来たのは我々だ。
加えて、貴公はここに帰ってきたばかりであろう?」
「そうよ〜。溜まってる仕事もあるでしょうに〜、むしろこちらが申し訳ないわ〜」
「そのお心遣いに感謝を。では、早速話に入りましょう。
お2人に協力していただきたいことがあります」
フメルはそう切り出すと東副都で行われていた会議について出た話題、勇者とライトの話が出たことや派閥が生まれたことを話した。
「この件についてお2人はご存知でしたか?」
「ああ、知っている。というよりも我々は当事者に近い」
「……? どういうことでしょう?」
「勇者を転移させて、一緒に旅してるの、私たちなのよ〜」
驚いたように目を見開いたフメルは合点がいったように「なるほど」と呟く。
彼はなぜ聖王騎士団にいる2人がここにいるのかを少し不思議に思っていた。
しかし、勇者のお目付役となっているのならば、不自然なことではない。
それに、それならば話が早い。
フメルは考えていた話の内容をいくつかすっ飛ばすことを決めると、すぐに頭を下げた。
「お2人にお願いがあります。
この無駄な派閥争いを止めるために力を貸していただきたいのです。
そのためならば微力ながら協力を惜しまない考えです」
「無駄な派閥争い、か」
「はい。この件は明らかに無駄です。
今は刃を魔王へと向ける時だというのに牽制をしあい、戦場に立つ者たちや民に無駄な血を流させる始末。
私には“戦を終わらせたくないように見える”のです」
「それで〜、私たちに協力を〜?」
ウィスの問いにフメルは顔を上げて頷いた。
まだ彼は若い。今の立場も彼の父がついたばかりで家としてもあまり繋がりが多いというわけではない。
そのため、他に繋がりが多い家を頼るのは当然だろう。
「だが、いいのか? ミリアス家の疑惑は貴公も知っているだろう?」
「それでもです。私が欲しいのはミリアス家の名前ではなく、その先にある貴族や騎士たちです」
フメルのその正直な言葉に耐えきれず、ゼナイドとウィスは笑みをこぼす。
まさかフォローや「どうにかする」という言葉ではなく、ストレートに言うなど予想だにしていなかったことだった。
騎士としてはともかく、この貴族などとの会談とはまるで向かない真っ直ぐな性格はゼナイドは嫌いではない。むしろ好ましいと思う。
答えはもともと決まっていたが、改めて彼女は頷いた。
「良いだろう」
「えっ……!? ほ、本当ですか!?」
「ああ、そもそも我々がここに訪れたのは貴公と同じだ。この無用な争いを止める。血が流れぬうちにな」
「よ、よかった……」
フメルは緊張が一気に解けたらしく、反射的に安堵の声を漏らした。
すぐにハッとして、謝ろうと頭を下げかけたところでそれをウィスが止める。
「いいのよ〜。私たちとしても少しでも賛同者が欲しいところだから〜」
「それで、貴公はどれぐらい賛同者を引っ張れる?」
「ガーンズリンドのほとんどの騎士は私と同じ考えです。
私が動けばそのまま乗ってきます」
ガーンズリンドにいる騎士はどちらかといえば商会との繋がりが強い。
そのため、貴族との直接的な繋がりは望めないだろう。
しかし、ここにいるのは普通の騎士ではなく、貿易港の防衛を担う者たちだ。
貴族たちも簡単に無視することはできない。
ゼナイドは満足気に頷くと姿勢を正し、口を開いた。
「では、改めて我々は貴公に協力を申し込もう」
「その申し出をお受けします。よろしくお願いします」
「ああ、こちらこそ。ミュラー卿」
「よろしくね〜」
「はい。ミリアス様、シーパル様」
動き出すためのピースは揃い始めた。
あとはワイハント商会の協力でミリアス家にかけられた疑惑を解ければ行動に移すこともできる。
(どれほど難しくとも私はこの身にある罪を償う。その時は、ライト……君に私の想いを直接伝えよう)
そうしてゼナイドは心の中に新たな決意を秘め、ミリアス家の潔白と派閥争いの収束のために動き出したのだった。