少女の夢
ヴァミル家は代々聖王騎士団に席を置く名家だ。
特に魔術師、魔導師の家系として名を有名にしている。
そんな家の三女としてレーアは生まれた。
生活に不自由を感じることはなかった。
食事も、過ごしやすい部屋も、身の回りの世話をする従者もいた。
「でも、そんな環境で刺激がなかったからでしょうね……。
私は、次女に虐げられていました」
両親は優しかった。長女や兄たちは末妹ということで特別甘かったと思う。
しかし、それをよく思わなかったのが次女だ。
彼女はあざとい性格だった。
表面上は見目麗しく、裏では誰かの陰口をもはや感心するほどに吐き捨てる。
両親や兄たち、姉の目を盗み罵倒し、時には暴力を振るう時もあった。
「誰かに相談しなかったの?」
「しましたよ。でも、誰も信じてはくれなかった」
次女の口は相当に達者だった。
どう訴えようとも上手くかわされ、証拠などなに1つ残さない。
そのうち抗うことをやめ、されるがまま言われるがままになった時、出会ったのが本だった。
本は歪な現実を忘れることができた。
さらに良かったのが、両親や従者に本を読んでいるだけで褒められることがあったのだ。
好きなことをして褒められ、読んで感じたことを話して別の本を勧められ、それをまた読んで褒められる。
そんなことを繰り返していくうちに知識を身につけた。
結果、学者になるのを目指すように言われたこともあったし、別の貴族から許嫁になるのを勧められたことも何度かあった。
本を読む中で特に気に入ったのが、賢者の活躍が綴られた物語だった。
無から有を作り出し、人に救いの手を差しだし、導く物語。
当時のレーアには剣を握る勇者より、知識を生かす賢者が憧れの存在として映った。
そして、良い存在があれば悪い存在があり、その2つは比べられるものである。
「私にとっての悪い存在、それはわかりますよね?」
「その、2番目のお姉さん。だよな?」
言いにくそうに聞いたライトの言葉に頷いたレーアは続ける。
有り体に言えば正義感だろう。
自分だけは嘘はつくまいと思うようになり、全て真正面から言うこと、抗うことを決めた。
例え、それで誰か傷ついたとしてもそれは本当のことなのだから悪くない。
だから、次女の言葉に反論し、力には頑張って抵抗した。
何か返されると身構えたが、言葉や暴力が返ってくることはなかった。
ただ、泣かれた。見たこともない次女の涙に思考は真っ白になっていた。
気が付いた時には、次女が両親にあることないことを吹き込み、彼女がしたイタズラの罪までも被せられていた。
それからは手のひらを返したように評価が変化し、博識な少女から生意気で根暗な少女、となった。
ほぼ家の者たちからは腫れ物のような扱いを受けるようになった。
「完全に居場所を失った時でした。
ナナカ、あなたの話が舞い込んできた」
ここでは幸運が重なったとレーアは思っている。
自身の能力と才能、魔術の師匠であるウィスもいた。
条件が揃っていることもあり、体のいい厄介払い、としてヴァミル家の聖騎士勲章を預けられる。
「……それで、今に至るって感じです」
「レーアさんが賢者になりたいのって、まさか」
ライトの言わんとしてることを察したレーアは力なく微笑みうなずいた。
「ええ、家族を見返すため。復讐と言ったほうが正しいですかね。この場合」
何事もないように彼女は言うとサンドイッチを小さな口に入れた。
それを聞いたライトとナナカの前にも食べ物が並んでいるがいまいち手が動かない。
そんな2人を見てレーアはごくりと飲み込んだ後に口を開いた。
「そう暗い表情をしないでください。
私としてはそれがなければあなた方と出会うことはありませんでしたから、恨みこそしてますが、殺意はありませんよ」
「でも、復讐はするんだろ?」
神妙な面持ちで出されたライトの質問。それにレーアは即答する。
「当然です。でも、殺すようなことは絶対にありません。
己のために殺すのは賢者のすることではありませんから……。
私はただあの人たちの悔しむ顔を見たいだけです」
「うっわ、性格悪い……」
ナナカがポツリと呟いた。
すぐに「しまった」と口を両手で塞ぎ、さらにその上からライトの手が重ねられる。
「い、いや。なんでもないぞ? な?」
誤魔化すような苦笑いを浮かべながらされた問いにコクコクと頷くナナカ。
「気にしませんよ。自覚してますので。
それに、今さらでしょう?」
レーアはいつもより少し明るい声音で言うとスープを一口飲み、息を吐いた。
彼女の言う復讐はライトとナナカの脳裏に浮かんだイメージとはかなり違う。
2人は瞬きをして顔を見合わせて食事に手をつけ始めた。
もしイメージの通りの殺伐としたものなら止めることも考えたが、そうではないのなら止める必要もない。
結局は彼女自身が落とし所を見つける問題で、家族の問題だからだ。
そこに足を踏み込めるとしたらそれは家族だけだろう。
少し複雑な心境になりながらも、2人はレーアに続くように食事を始めた。