昔話のきっかけ
パブロットたちに半ば放置されたライトはガーンズリンドの市場をあてもなく歩いていた。
予想よりもかなり早く終わってしまったため、昼食を取るにしては少し早い。
浮き足立った雰囲気のしわ寄せがまさかこのような形で現れるとは、と頭を掻いて思考を続ける。
家に戻るのもいいが、全員ギルドで受けた仕事をしているため、1人でいるのは変わらない。
せっかく外に出ているのだからなにかしら買い物でもするかと思ったが、あいにく今は足りないものはない。
(暇になったなぁ。これからどうしよう)
『そうねぇ……。ま、ゆっくり遊んでればいいんじゃない?』
『うん。君、1人になるのはかなり久々だろ?』
黒鉄に言われてここ最近のことをライトは頭に浮かべる。
たしかに、最近というよりこの世界に来てからは1人よりも他の誰かと一緒にいることの方が多かった。
2人の言う通りたまにはこうしてまったりとするのもありかもしれない。
そう考えたところでライトは足を止めた。
(……ん?)
『どうしたの? 急に』
『なにか予定を思い出しでもしたかい?』
(いや、俺って1人の時になにしてたかなって……)
転生前は1人でいることが多かったし、そんなことを考える前に家事や買い出し、勉強と何かとやることを探す方が難しかった。
そのことを伝えると少し意外そうに「ふーん」と相槌を打った白銀が半ばぶっきらぼうに提案した。
『じゃ、本でも読みに行く?』
『あぁ、そうだね。魔導書……はないかもしれないけど暇つぶしにはなるだろうね』
(そう、だな)
特に断る理由もなかったライトは返事をすると家へと向けていた足を図書館へと変え、歩き出した。
◇◇◇
ガーンズリンドの図書館は騎士団の拠点の向かい側にある。
騎士団の拠点と雰囲気を合わせるためか鮮やかなレンガではなく、灰色のシンプルなものが外壁には使われていた。
中は木造で壁やその手前の空間にも本棚があるが、かなり余裕がある作りだ。
ライトは入り口右手側の本棚へと向かう。
そこは童話が並べられているコーナーだった。
子ども向けの絵本から詩集のようなものであったりと前の世界のそれとあまり差は感じられない。
適当に見繕った本を取り出そうとしたところで、それに下から伸びた別の手が阻む。
ライトは伸びた細く小さな手から腕、そしてその少女へと視線を移した。
「「あっ」」
本に手を伸ばした少女であるレーアとライトが声を上げたのはほぼ同時のこと。
予想外の人物を目前として少しの間視線をかわし、続く言葉を失うなかでまた別の声が2人の耳に届いた。
「あっ、レーアちゃん。そんなとこ……って光ちゃん!? なんでここーー」
「「ここでは静かに!」」
極力抑えられた声で揃って注意され、慌てて両手で口を塞いだナナカはこくこくと首を縦に振った。
そんな彼女を見て息をついたレーアは続けてライトへと質問する。
「あなたはなぜここに?」
「えーっと、ちょっと色々あって暇つぶしに……。そう言うそっちは?」
「私たちもだよ。なんかゼナイドさんとウィスさんで貴族の人たちとお話しするって」
ナナカの答えを聞いたライトは反射的にレーアへと視線を向ける。
彼女のそのはっきりとした物言いは交渉に向かないことが容易に想像できてしまったのだ。
向けられたそれの意味を敏感に感じ取ったレーアは咎めるような目を向けながら口を開いた。
「なんですか? その目は……」
「い、いや。なんでもないです」
慌てて視線を逸らしたライト。
しかし、レーアの澄んだ青の瞳が離されることはない。
このままではラチがあかない、と判断した彼の行動は早かった。
視界にあった本を棚から抜き取るとそれをレーアへと差し出す。
「あっ! はい。これ取ろうとしただろ?」
言外に「これ以上は許してくれ」と訴える。
そこで呆れたように息を吐いたレーアはその本を手で押し返しながら首を横に振った。
「ええ、取ろうとはしていましたが、あなたと会えたので必要ではなくなりました」
「そうなのか……って、俺に会えたから?」
ナナカへと視線で問うが、彼女も知らないようで首を横に振っている。
2人揃って視線を下げレーアへと向けると彼女は口を開いた。
「ひとまず、話すにしてはここは不向きですし、外に行きましょう。
本を戻してくるので2人は外で待っててください」
その言葉に素直に従い、雑談をかわしながら待つこと数分。
図書館から出てきたレーアと移動を始めた。
◇◇◇
たどり着いたのは協力を持ちかけた際にも訪れた喫茶店だ。
適当なテーブル席に座り、各々注文を終えた後に切り出したのはライトだ。
「それで、さっきのはどういうことだ?」
「もしかして、まだ敵対、とか?」
恐る恐るに聞かれたナナカの質問にレーアは即座に首を振り否定する。
「いえ、その辺の話ではありません。個人的なものです」
「個人的な、話?」
ますますよくわからずライトは眉をひそめる。それはナナカもだった。
意見は真っ直ぐに投げてくるだろうが、そういう個人的なものを素直に誰かにぶつけるというのはレーアのイメージとしてない。
彼女自身も少し戸惑っているのか視線を迷わせたかと思うと頭を下げた。
「えっ!?」
「レーアちゃん!?」
それだけでも目を見開くに十分過ぎる光景だったというのに、さらに続く言葉がライトに向けられる。
「私に魔術を教えて下さい」
「っ、な、なん。ちょっと待て! なんで俺だ!?」
「私は賢者になることを目指しています。
そんな私がこの世界で一番賢者に近い存在に教えを乞うのはおかしいことではないでしょう?」
賢者とは、魔術師とその上の魔導師、そこからさらに上の術者だ。
術者の望むままに無から有を作り出し、不可能はないと言われるほどの存在である。
たしかにレーアの言う通り、目指す存在に近い者から学ぶのはおかしいことではない。
それが個人に合っているかどうかはまた別の話だが、ずれていることはない。
面食らい、すぐに返事が口から出なかったライトだが、冷静に思考。
そこで出た答えを首を横に振る否定という動作で表した。
「何も、レーアさんが嫌だとか言うことじゃないよ?
ただ、俺は賢者じゃない」
「それは知っています。あなたは私が聞くそれと同じとは到底言えませんから」
ドストレートに言い切った言葉が胸に刺さるが今は無視するのが先決。
気持ちを戻すように咳払いを1つしてライトは口を開く。
「なら、なおさら俺は向かないよ」
肩をすくめて卑下するような笑みを浮かべたライトへとレーアは噛みつくような勢いで立ち上がり、身を乗り出してきた。
「何も直接言葉でとは言いません!
せめて少しの間でもあなたの術を見せてもらえればそこからーー」
「違うんだ。そもそも根本からがたぶん違うんだ」
「……どう言うことですか? 根本から違うって」
「それって、もしかして光ちゃんが使っているのは魔術じゃないってこと?」
「まさか!? あれは間違いなく魔術です」
「でも、なんていうかさ……光ちゃんが使うルーン? ってなんか違うって思わない?
こう、上手く表せられないけど違和感って言えばいいのかな?」
「そ、それは……!」
レーアはそれに反論しようとしたが言葉が出てこず、俯いた。
代わりに説明を求める目線をナナカが向ける。
それを受けたライトは自分が転生してこの世界に来たこと、その際に得た力である創造と呼ばれる力を使っていることを説明した。
「だからたぶん大きなくくりで見れば魔術なんだろうけど、根っこの部分は別物、だと思う」
「えっと、つまり……光ちゃんの魔術はオリジナルだから真似のしようがないってこと?」
ナナカの要約にライトはうなずいて答えた。
(で、いいんだよな?)
『ええ、少なくとも私たちはその結論にたどり着いた』
『マナの流れに不自然なところはない。
少なくとも“魔術の法則”にはきちんと沿った魔術だ。
でも、出力の仕方が少しズレてるんだ』
その辺りの魔術の法則という話も聞きはしたが、マナリアが持つ「マナを見る、声を聞くという力」のせいで感覚的な話が多く、ライトにはよくわからなかった。
見るからに力を失ったレーアは椅子にちょこんと腰を下ろした。
そんな少し重くなった空気を壊すかのように店員が少し雑に頼んだ物をテーブルに並べ、慌ただしくなってきたフロアへと戻っていく。
並べられた料理を見てからライトはこの妙な空気を少しでも紛らわせようとレーアへと問いかける。
「なぁ、レーアさんはなんでそこまで賢者になりたいんだ?」
「あ、それは私も気になってた」
「……自分のためですよ」
レーアはそれからおとぎ話でもするかのような、どこか他人事のような口調で話し始めた。