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新たな武器

 ガメズ討伐戦から3日が過ぎた。

 体の疲れも多少は取れ始めたと感じたころ、ライトはワイハント商会を訪れていた。


 だが、今回はいつもの応接室ではなく、中庭のような場所。


 そこにはライトとパブロット、そして、鍛治師の男性がいる。


「どうも、ご依頼を受けた物を届けに来たぞ」


 言いながら鍛治師は赤い布に包まれた何かをパブロットへと差し出した。


 中身を見ることができないが、それを怪しむことなく礼を言いながら受け取った彼はそれをライトへと手渡した。


「細かい調整はこれからだが、ひとまずの確認をしてくれ」


「はい」


 それを手に取ったライトは一呼吸置いてからその布を解いた。

 中から現れたのは長短1本ずつ2本の剣。


「これが、改修したクラウ・ソラス……」


「ああ、クラウ・ソラス(ツヴァイ)ってとこかな?」


 共通の改修としてシルバーナーヴが巻きつけられたリールが鞘の上部取り付けられている。

 糸の引き出し、巻き取りのどちらも魔術で行い、長さは10メートル。


 それにより形状が少し変わった鞘だが、抜剣の仕方は変わっていない。


 ライトは短剣のソラスを地面に置き、クラウを掴む。

 クラウの鍔にある飾りを指で押し上げてロックを解除。

 そのまま柄を上げたことで反対に下へと動く切っ先に押され、下カバーが外れた。


 拘束から解かれたのとバネに似た反発を感じながら、ゆっくりと引き出すと黒曜石のような紫がかった黒い刃が晒された。


「柄頭。そう、柄の端っこにジョイントがあるのはわかるな?」


「はい。リールにも似たのがありますけど、これをくっつけるんですか?」


「ああ、そうだ。その2個を合わせて、少しでいい。魔力を通してみな」


 鍛治師の指示に従い、ライトはクラウと鞘のジョイントを近付け、魔力を流すとまるで磁石のように引き合い接続された。


 何度か外そうと力を込めて引っ張ったが簡単に外れる様子はない。


「すごいですね……これ」


「ああ、魔導師が苦しんでたよ。『誰だこのアホなサイズでルーンを作れなんて言った奴は!』ってな。

 外すときは魔力を止めればいい」


「うっ、すいません。って、うおっ!? 本当に外れた」


 ライトはまじまじと2つのジョイントを見るが上手く飾りのようにデザインされているため、あまり不自然には見えない。


「すごい……何か仕掛けがあるようにも見えないのに」


 フックがあるわけでもなく、磁石でもないのにどういう原理で付いたり離れたりしているのか。

 それがライトの中に浮かんだ素朴な疑問だ。


 彼の独り言のような質問に鍛治師は肩をすくめなら答える。


「その飾りみたいなやつがルーンの役割を持ってる……らしい。

 俺は指示された通りに作っただけだからよくわからんよ」


「やっぱり、魔術ってすごいんですね」


「まぁ、完璧じゃないらしいけどな」


 その言葉を受けたライトが「そうなんですか」と返すと白銀と黒鉄が言葉を伝えてきた。


『まぁ、わかりやすく言うなら立体的なルーンよ』


『そう、ルーンの形さえ合っていれば問題はない。なにかに形を与えるのがルーンだからね』


(なにかに、形?)


『そ、形は名前を持つことで意味が与えられるの。名前がなければそれは“なにか”でしかないのよ』


『“形のないものに名前という形を与え、意味を持たせる”。それが本来のルーンだよ』


(普通の文字とは違う、んだよな?)


『当然。普通の文字は“なにか”を“表す”ために与えられたもの』


『一方、ルーンは“なにか”に“形を与えた”ものだ』


 形を持たない存在に無理やり形を与える。それがこの世界のルーンであり、本来の役割だ。


 例えば、クラウと鞘のリールの接続部分。

 ここには“繋ぐ”という意味を持つ立体的なルーンが作られている。


 そこからさらに“形があるものを形がないものと仮定、それに改めてルーンで形を与え、マナで立体化させる”という役割も持つ。

 火を作る、氷の棘などの魔術はこれだ。


 だが、魔術も完璧ではない。

 未だに全てのものや存在にルーンを付けられているわけではないのだ。


 そのため、あらゆることが術者の思うようにできたり、作れたりするようなことはありえない。

 それが白銀と黒鉄の言葉であり、説明だった。


(ん? あれ? それならーー)


「さっきから黙ってるが、どうかしたか?」


 白銀と黒鉄の説明からある考えにたどり着いたライトを現実に引き上げたのは鍛治師の心配するような言葉だった。


「っ!? いえ、なんでもありません! ソラスの方も確認します」


「あ、ああ……そうしてくれ」


 クラウを鞘に戻し、ソラスを手に取ったライトへと視線を向けたままパブロットへと怪訝そうにしながら鍛治師は問いかける。


「なぁ、代表さんよ。あの坊主は払えるのか?

 素材は貰えたから問題ないが、魔導師とか他の鍛治師連中にも声かけせいで相当な額になるぞ?」


 彼が報酬を心配するのも当然だろう。


 見た目は普通の旅人、といった感じでどこかの貴族や騎士の子どもには見えない。

 なにがしかの理由で身分を隠しているのか、とも思ったがそれにしてはそれらしい雰囲気はない。


「ああ、金なら問題はないよ。全部私持ちだからね」


「商会が出すのか?」


「ははっ、まさか。言ったろ? “私持ち”だとね。商会は金を出さない。出すのは私個人さ」


 なにかを諦めたように肩をすくめるパブロット。


 しかし、鍛治師の男性からしてみればよくわからない事態だ。

 なぜ、ワイハント商会が貴族でもなさそうな少年に肩入れするのか。そう質問しようとしたところでそれが頭に浮かんだ。


「……あっ!? そうか、もしかして噂の記章を受け取ったって奴か!」


「ああ、噂の記章を受け取った奴だ」


「なるほどな……それでか。

 いや、噂にはどんな奴かはなかったからなぁ。相当腕が立つとは聞いたが、まさか彼が」


「まぁ、今回は報酬みたいなもんだよ」


 パブロットが軽く答えた直後に、持っていたソラスを鞘に収めながらライトが声をかける。


「確認、終わりました」


「ん、あ、ああ。どうだった?」


 ライトとパブロットの関係をようやく知った鍛治師の男性は露骨に緊張しながら質問した。

 突然の態度の変わり方に疑問符を浮かべながらライトは答えた。


「動かし方に慣れないぐらいですね。思ったよりも重くなってもいませんし……。

 ありがとうございます。いい仕事をしていただいて」


「いや、いいんだ。俺は依頼を受けただけだからな。

 何かあればまた代表を通してでも直接でもいいから言ってくれ。

 代表! 報酬について話を付けよう」


 そう言った鍛治師の男性はパブロットに詰め寄り、彼の肩を掴むと商会本部の方へと急かすように押し始めた。


「ちょっ、待っ、待って! わかった。わかったから押すのはやめてくれ」


「えっ、ちょ!?」


「あー、大丈夫、大丈夫! あとは私が話をつけるからライト君は帰ってもいいよー!」


 鍛治師に押されながらもいつものようにニコニコと手を振りながらパブロットは建物の中へと入っていった。


 止めようとしたが果たせず、役割を失った手をゆっくりと下ろしたライトはしばらくその場に立ちすくんでいた。


 少ししてとりあえずクラウ・ソラスⅡを赤い布に包むことにしたライトはポツリと呟く。


「うーん。いいのかなぁ。俺がいなくても」


『さぁ? 本人たちがいいって言ってるだからいいんじゃない?』


『そうだよ。僕たちは何もやましいことはしていない。問題があれば何かしら言ってくるだろうさ』


 気楽に返された白銀と黒鉄の言葉を受けたライトは少し迷いながらも、2人が入っていった扉に向かってお辞儀をしてから家への帰路に着いた。


◇◇◇


 ワイハント商会本部の廊下を歩きながらパブロットは少し乱れた服を正しながら、隣を歩く鍛治師の男性へと問いかける。


「それで、急にどうしたんだ?」


「気が動転したんだよ。記章を貰ったやつが大元の依頼主なんて思ってもなかったしな」


「……あれ? 言ってなかったっけ?」


「聞いてない。しかもあいつ、たしかポーラ様から名誉騎士勲章も頂いてるんだろ?

 実質的な貴族じゃねぇか」


 その答えを聞いたパブロットは吹き出すように笑い、すぐに言葉を返した。


「なにも貴族や騎士相手の仕事なんて初めてじゃないだろうに」


「そりゃ、そうだがな。普通の貴族や騎士とは同じには見れんさ。

 王族に認められてるんだぞ? 正装で来るんだったよ。今更態度も変えられんし……」


 鍛治師の男性はパブロット、というよりもワイハント商会の馴染みの職人だ。

 当然、彼と会うのはこれが初めてではないどころか友人のような関係を築いている。


 それゆえにいつもは見せないその不安げな表情が新鮮に映ったパブロットは安心させるように笑った。


「あっはっはっ! 彼はそんなことを気にする人間じゃないよ。ポーラ第三公女の推薦を蹴りはしたようだがね」


「それ本当だったのかよ。信じられんな」


「慣れておくといいよ。もし今回の件で気に入られればお得意様になるかもしれないし……。

 たしか、君の御淑女は彼と同年代だったろ?

 もしかすれば、なーんてこともあるかもしれないよ?」


 からかうようなパブロットの言葉に鍛治師は「ふっ」と鼻で軽く飛ばすと口を開く。


「どーだかね。色気もなにもないからな。お気に召されるかねぇ……」


「運命なんてのは案外どっかで絡まったりするもんさ。それこそ、私と彼のようにね」


 妙にくすぐったくなる詩的な言葉を受けた鍛治師はそれを疑うように肩をすくめていた。

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