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償いの生

「なるほど……それはまた大変だったね。巨大な生物、ガメズか……」


 2人からことの顛末を聞いたパブロットは考え込むように眉をひそめて顎をさする。


「名前はともかく、ワイハント商会でそのような噂話については?」


「いや、ないな。バハムートはまぁ、酒盛りの与太話として聞いたことはあるが……。

 騎士団の方ではどうだ? 少なくともあの手の情報は君たちにもあるはずだが」


「いえ、聞いたこともありません。恥ずかしながらバハムートも私は知りませんでした」


 2人の会話を聞きながらライトも思考する。


 バハムートもガメズもこの世のものとは思えない生物だ。


 もちろん、魔術なんてものが普及している世界ゆえの生態系の差があるのだろうが、それでも自然のものと言い切るのには無理がある。


(自然のものじゃない、存在……)


 すぐに浮かんだのは南副都サージに現れたシリアルキラー。


 しかし、すぐにそれを外へと追い出す。


 2体とも巨大であり、災害のような存在ではあったが、辛うじてあれほど歪なものではない。


「まぁ、この辺は後々に相談するとして、だ。私からも改めて礼を言おう。ありがとう」


 ライトとゼナイドから話を聞いたパブロットは頭を下げた。

 2、3秒ほど経ち、彼は再び顔を上げると真剣な面持ちで口を開く。


「それで、報酬についてだ。まず、ライト君」


「はい」


「洞窟調査の件についてはあらかじめ決められた通りに報酬を払うとしてだ。

 ガメズの件に関しては君が望むものを与えるつもりだが、何かあるかな?」


 この話になるのは予定通りだ。


 むしろガメズの件は振られなければ自分から振るつもりでもあった。


 予定通りであるが、出鼻を挫かれたように感じるのはおそらく気のせいではない。

 それでもライトは答える。


「では、クラウ・ソラスの改修に関する費用と追加の報酬金をお願いできますか?」


 その答えはよほど意外なものであったのか、拍子抜けしたような表現をパブロットは浮かべた。


 しばらく考えるように黙り込むと訝しむというより、心配するような声音で言葉を返す。


「……構わないが、本当にそれだけでいいのかい?

 私が言うのもなんだが、ライト君はもう少し欲深くとも誰も責めないと思うが」


「いえ、きちんと他にもあります。

 ただそれは、彼女と同じものだというだけです」


 ライトは視線をゼナイドへと向けた。

 それを受けた彼女は一度頷き、パブロットへと向き直ると切り出した。


「私の家、ミリアス家の現状をご存知でしょうか?」


 瞬間、パブロットは目を細めた。

 少しして無言で頷くと確認するような口調で言う。


「ああ、知っているよ。たしか、奴隷売買で不正をしたんだったね」


 ミリアス家が貴族の不祥事を押し付けられたのだろうことは察していた。

 しかし、詳しい内容までは知らなかったライトはパブロット以上に会話に耳を集中させた。


「はい。奴隷の階級の不正です。

 それを行なっていた商会をミリアス家は支援しており、発生した利益を得ていたと……。

 ですがそれはーー」


「ああ、ミリアス家は関与していないだろう。そこは私も察しているさ」


 パブロットの口からさらりと出された言葉に2人は目を見開いた。


「そう、なんですか?」


 咄嗟に聞き返したライトの質問に彼は頷き、紅茶で喉を潤してから口を開いた。


「ああ、なにせ証拠らしい証拠がない。その商会の証言だけだ。

 たしかに、ミリアス家はそこと売買したことがあるようだが、関わりはそれだけ。むしろ騙された側だろう」


「規模が少々大きいため、首謀者がいるはずです。

 ワイハント商会はその件、何か存じませんか?」


「すまないが、その事件が起きたことは知っているが、誰がやっていたかまではなにも」


「でも、今ミリアス家は騙された側って」


「犯人ではない、ということだけだよ。私が“今”知っているのはね」


 パブロットはソファの背もたれに軽く体重をかけ、肩の力を抜くように息を吐いた。

 そして、少し考え込むように目を閉じたかと思えば、すぐに開き、2人に確認を取る。


「君たちの報酬は商会の情報網、でいいね?」


「より具体的には商会の諜報組織です。相当な手練れということも聞き及んでおりますので」


「はははっ、そう素直に褒められると照れるね。

 だが、こちらとしてはそれは断りたいね」


 断られた本人であるゼナイドは表情を険しくさせ、ライトは前のめりになりながら声を上げた。


「っ!? なんでですか! これは正当な報酬としてーー」


「それでも、だよ。ライト君。

 商会としても聖王騎士団に席を置く騎士との繋がりは欲しいし、不利益ではない。

 だが、今のミリアス家は弾劾されているところだ。そこに我々が露骨に関係があることを示し、追求を受けてしまえばどうなると思う?」


「そ、それは……」


 巻き添えを食らうことなどすぐにわかる。

 ワイハント商会はセントリア王国内で有数な規模を誇る商会だ。


 それだけ大きければライバルも多く、その座を虎視眈々と狙っているものもあるだろう。

 隙を少しでも見せれば即座に足を掴まれかねない。


 たしかに今のゼナイドと協力するのはデメリットがあまりにも大きい。


(どうすれば……! どうすればワイハントさんの首を縦に振れる)


 全力で知恵を絞らせるライトの隣から決心するような小さく息を吐く声が聞こえた。

 それを聞き取り、反射的に横を向いたのと同時、ゼナイドが切り出した。


「……では、こうしましょう。

 ガーンズリンドの復興に関して、ミリアス家が支援を行います。

 その支援に関しての情報提供をお願いしたい」


「なるほど、たしかに情報共有は協力するのならば必要だな。

 私たちが接触していたとしてもなんら不思議ではない」


 大きな問題はパブロットとゼナイドには関わりがないということだ。

 そんな2人が急にその繋がりを持つのは周りからは不自然に映る。


 しかし、彼らがいる場所は派閥争いに巻き込まれ、被害を受けたガーンズリンド。ゼナイドは“たまたま”そこを訪れた。


 騎士として復興支援を行うことは不思議ではない。


 加えるなら少し前にも南副都の件もあった。

 そのため、今彼女のことを非難すれば南副都の支援をした貴族や騎士たちも非難することにもなる。


 どのような規模であれ、どこも他の家との確執を望むわけがなく、ゼナイドが復興目的で動く場合はどこも止められない。


「はい。あくまでも名目は復興の協力。

 こちらの力はあまりありませんが、ヴァミル家、シーパル家に働きかける程度ならば今の私でも可能です」


「資金は十分だな。繋がりとしても申し分ない。

 そして、唯一かつ大きなデメリットもない」


「そ、それなら!」


 ライトの言葉にパブロットは頷き、ゼナイドへと向き直った。


「いいだろう。こちらの諜報組織の一部を貸そう。実力は知っての通りだ。存分に使うといい」


「ありがとうございます」


「よかった……」


 ゼナイドは礼を言い、ライトは肩の力を抜いた。

 そんな2人を見てどこか嬉しげに見たパブロットが付け加えるように言う。


「だが、こちらとしても他の貴族たちに良い噂を流していただきたいな」


「それは……ミリアス家の問題が片付いてからでも良いのなら」


「十分だよ。これで契約成立だ。

 にしても、このことは伏せるためにも別の報酬を渡したいところだな。何かあるかい?」


「では、新しい剣をいただきたい。騎士としてあるまじきことではあるが、無くしてしまったのでな」


「わかった。だが、今すぐは難しい。後日用意するが、構わないか?」


「ああ、2、3日なら確実にここにいる。その間により詰めていこう」


 こうして、ワイハント商会とミリアス家の密約は結ばれた。


◇◇◇


 話が落ち着いてから出された茶を飲みつつしていた雑談も終えたライトとゼナイドは家へと向かっていた。


 もうすでに日は落ちており、冷たい風に体を晒しながら歩いていた。

 そんな時、唐突にゼナイドがその歩みを止める。


「どうしたの?」


「謝らなければならない、と思ってな」


「謝る?」


「ああ、そうだ。うやむやになっていたが、私は君の命を狙った。

 君だけじゃない。ガーンズリンドに住む人々も……」


 例え、それが失敗したとしても、誰かの命令であったとしても、ライトを狙った行動を彼女が取ったことは間違いない。

 無関係なガーンズリンドの住人まで亡くなっている。


 もうあたりは薄暗く、少し離れたゼナイドの顔も見えない。

 だからどんな表情をしているのか見ることはできない。


「たしかにゼナイドさんは俺の命を狙った。

 よくわからない政争に俺だけじゃなく、ナナカも巻き込んだ。

 本当に何もしていない人たちも直接ではないにしても殺した。

 それは責められることだ」


 ライトは言いながらゆっくりと歩き、ゼナイドとの距離を詰め始める。


「ライト……! 私はーー」


 咄嗟に離れようとした彼女の手をライトは掴んだ。

 驚いたように開かれたゼナイドの紫色の瞳を見つめながら言葉を紡ぐ。

 

「でも、ゼナイドさんは今を生きている。生きてるんだよ。

 なら、これから償っていくしかない。言うほど簡単じゃない、とても難しいことだけど。

 それが生きてる人間にできる唯一のことなんだよ」


「ッ……!? 何が償いになる、と思っているんだ?」


「生きること、じゃないかな?

 死が謝罪になるとは思えないし、苦しみ続けるのが償いになるとも思えない」


 そこまで言うとライトはゼナイドから手を離し、恥ずかしそうにしながら続ける。


「上手く言えないけど。自分の意思で生きる、それが一番の償いって俺は思ってるし、そうしたいって思ってる」


「自分の、意思……」


「うん。ただ生きてるだけだとそれは死んでるのと何も変わらないから」


 それは、ライトが旅をするきっかけになった気づきの1つだ。

 転生する前の自分は生きながら死んでいた。


 そんな自分が嫌だと思った。変えたいと思った。

 だから旅をしている。


 ゼナイドはその言葉にすぐに答えることはなかった。

 いや、何かを答えようとしたのだが、それを飲み込んで頷いた。


「……難しそうだな」


「うん。でも、だから償いになるんだと思う」


 ライトは自身のこの言葉でゼナイドに何を与えられたかわからない。知ることもない。


 だが、彼から見える彼女の顔はどことなく清々しいように見えていた。

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