変わった原因
ライトは受け止めた一撃を押し出すと同時に後ろへと跳び、ゼナイドから距離を取る。
「お、おい!? ゼナイド、一体どうしーー」
次いで言葉をかけようとしたが、ゼナイドは聞く耳持たずと示すかのように前進、下から剣を振り上げた。
それを半身でかわし、そのまま一回転。
再びゼナイドを正面に捉えたライトは反撃の横一閃。
それを彼女はしゃがんで回避した。
直後ちょうど隙だらけな腰あたりからゼナイドの「ふっ」と息を吐く音がライトの耳に届いた。
奥歯を噛みしめる彼のその顔を狙って、ゼナイドは立ち上がりながら剣を振りあげる。
ライトの剣は右へと振り抜かれたままだ。
今から彼女の攻撃を防ごうにも、普通にやれば間に合わない。
(なら!!)
瞬時にそこまで思考、そして判断を下したライトはすると行動に移す。
すぐさま剣を逆手に持ち、ゼナイドの一撃に合わせて動かした。
力が入りにくい逆手に対して向かってくる攻撃は全力。
当然、防ぐのは難しい。
しかし、完璧に防ぐ必要はない。
真正面からの全力の一撃を受けたライトは勢いを押し殺せず、後ろへと大きく吹き飛ばされた。
地面をえぐりながら滑り、バランスを崩しかけたところで腰を落とし後転、すぐさま立ち上がると剣を順手に持ち替え、再び言葉を投げかける。
「はぁ、はぁ、ッゼナイド! どういうことだ!!」
「言ったはずだ。本気でいくとな」
「本気過ぎるだろ! これは引き分けにするんじゃ!?」
「気が変わった。悪いが勝たせてもらう」
言うのと同時、ゼナイドは全速でライトへと距離を詰め、剣の間合いへと彼を入れた。
即座に振り下される一撃。
それを弾くことで凌いだライト。
しかし、彼女の攻撃はそこで終わることはなかった。
弾かれた勢いのまま剣を下段に構え、振り上げる。
狙いは左足。
「くっ!?」
軽く跳ぶことで向かってきたを回避、同時に距離を置こうする。
だが、彼女は開きかけた距離を寸時に詰めるやいなや、着地の寸前を正確に狙い横薙ぎを繰り出した。
ギリギリで受け止めることには成功するが、着地には失敗し地面を転がる。
数度空と地面が交互に映った後、彼の視界には青い空が入る。
しかし、そこにあったのは青い空だけではなく、剣の切っ先もあった。
地面に寝転がっているライトの頭目掛けて、ゼナイドは剣を突き刺そうと跳んでいたのだ。
反射的に息を飲み、その一撃に剣を当てることで軌道をそらすと同時に頭も動かしスレスレでそれをかわす。
頭ではなく、右耳の真隣に突き刺さった剣にさらに肝を冷やしながらもゼナイドの脇腹を蹴飛ばしてライトは立ち上がった。
(やばい。普通に怖いぞあれ)
コロサウスのような場所での試合と違い、決闘では基本的に訓練用の剣を使う。
ライトたちのように真剣を使うこともあるが、その場合は魔術による防護術を使うのが普通だ。
今回ももちろんそれはしているが、それで刃が向かってくるという恐怖がなくなるわけではない。
しかもそこには剣を振るうゼナイドの本気、覇気が上乗せされている。
死ぬことはない。
それがわかっていても実戦と全く同じ緊張感がライトの体を支配し、意識も変えていた。
蹴飛ばされたゼナイドは何事もなかったかのように息をつき、そのツリ目気味の紫の瞳にライトを映している。
彼女が急に態度を変えた理由は定かではない。
だが、防戦一方のままでは確実に押し負ける。
(やるしか、ないってことだよな)
ライトは完全にスイッチを入れ替えるように剣を握り直し、ゼナイドへと向かった。
◇◇◇
「2人ともすごい……」
ライトとゼナイドの剣戟を眺めていたナナカが自分が話せることを思い出したかのように小さく呟いた。
「ええ、彼の剣技。改めて見ましたが、すごいものですね」
「レーアちゃんが、素直に褒めた……!?」
信じられないようなものでも見るような表情をレーアに向けた。
そんなものを向けられていい気がする人間もそういないだろう。
現に、レーアは「どういう意味ですか?」とジト目で彼女に訴えている。
「……妙じゃないか?」
訝しむように言ったウィンリィ。
その言葉にレーアから向けられる痛い視線に逃げるようにナナカが即座に聞き返す。
「ど、どういうことですか?」
「あの騎士様、本気になってないか?」
「ん? 剣を使ってるからそれは普通じゃ?」
「いや、なんて言えばいいかわからないんだけど、違うんだ」
彼女自身もその感覚を言語化することができず、少し眉間にシワを寄せていた。
そうしながらウィンリィは剣をぶつけ合う2人を注視している。
その隣で顎に手をあて、彼女の気がついたものについて考えていたデフェットがハッとしたように口を開いた。
「……隙を狙っている、のか」
「それだ! あいつら牽制し合ってるんだ! 動きの違和感はそこだ!!」
腑に落ちたようで「うんうん」とウィンリィは頷き、それに同意するようにデフェットも頷いた。
だが、それはあくまでもその2人だけが共有している感覚だ。
「えっと〜?」
「それは……」
「どういう?」
首を傾げながら説明を求めたのはウィス、レーア、ナナカ。
そんな3人にある程度は理解ができたミーツェがまず確認を取るように問いかける。
「今回の決闘の狙いは、建前を作ることです。
それはお分かりでしょう」
「うん。騎士が何もなしに協力するのはよくからないけどダメなんだよね?」
「はい。“どこで誰が見てるかもわからない”ですから。
まぁ、ともかくとして、お2人とも勝ちを狙いに行く理由がないのです」
その言葉でピンと来たのかウィスとレーアが同時に手をポンと叩いた。
「あ〜! そういうことね〜」
「つまり、2人とも立ち回りが本気過ぎる、ということですか?」
2人の言葉に即座にウィンリィが頷き、答える。
「そうだ。いくらなんでもやりすぎだ。特にあの騎士様の方はな」
「ああ、今のところ主人殿は上手くかわしてはいるが、彼女は確実に一撃を当てる気だぞ」
決闘の敗北条件は一撃を受けるか、武器を落とすことだ。
予定では同時に剣を落として引き分けで終了するはずであったが、今はどちらもそれをする気配がない。
説明を受けたナナカはようやく状況を飲み込むことができ、慌てて声を上げた。
「だ、ダメだよそんなの! 2人を止めなきゃ!」
そう言いライトとゼナイドへと向かおうとした彼女の背中をウィスが止めた。
「やめた方がいいわよ〜? ここで止めたら決闘に踏み込んだってことで不敬罪で最悪処刑よ〜?」
「で、でも、みんなが言わきゃーー」
「どこで誰が見てるかわからない、とそこのキャッネ族が言ったはずです。
案外、こういうものは誰かがどこかからか見ているということを想定するべきです」
そう、この場にいる者だけが彼らの決闘を見ているのではない。
ナナカは知らないが、顔のない暗殺者も監視している可能性があるのだ。
そのことを薄々察していたウィンリィたちもレーアの言葉に頷いていた。
ここで無理に動こうというのならば、押さえつけてでも止める。
真意はわからずとも、その雰囲気を感じ取ったナナカはウィンリィの方を向いて訴えた。
「いいんですか!? これで負けたら光ちゃんは!」
「だからって中断させるわけにはいかないだろ」
「でも!」
「デメリットの方が大き過ぎるんだ!」
ナナカは吐きかけた言葉を飲み込み、キュッと唇を結んだ。
ウィンリィに強い語気で叱咤されたからではない。
彼女の拳が握りしめられていたからだ。その口がキツく閉じられていたからだ。
そう簡単に負けるとは思っていない。
だが、“もし”というものが脳裏を駆け巡る。
「でも、なぜ急に」
暗いムードが漂う中、ポツリと呟いたのはレーアだ。
彼女は自問するように続ける。
「ゼナイドが方針を変えた理由がわからない」
「ん〜? ライトちゃんが煽ったとかかしら〜?」
「まさか……それこそ理由がありません。彼がゼナイドを煽ってなんの得が?」
「そうよね〜」
同意しながらウィスは首をかしげた。
ゼナイドはたしかに頑固なところはあるが、意味もなく急に行動方針を変えるような性格はしていない。
何かしら意味や原因があるはず。
さらに2人の性格を考えると急に仲が悪くなったとも思えない。
「あ〜、もしかして逆なのかしら〜?」
「逆とは、どういう意味でしょうか?」
ミーツェの質問に対してウィスは人差し指を唇に当て、心底楽しそうな笑顔でこう言った。
「嫌いじゃなくて、好きってことよ〜」