見せかけの決闘
ガメズ討伐から3日が過ぎた。
戦闘があった平原にはガメズの巨体が転がっていたり、激しい戦闘の後が所々にあったりとしているが、吹き抜ける風や空を泳ぐ雲は平和そのものだ。
そんな場所でライトとゼナイドは剣を手にして向かい合い、それを残りの6人は少し離れた場所から見ていた。
真剣な雰囲気で剣を向けあっている2人を見てナナカがおどおどした様子で質問する。
「……本当にやるの?」
「あら〜? 言わなかったかしら〜?
騎士が何もなしに協力関係を結ぶわけにはいかないのよ〜」
「です。それに元の関係もありましたし、他を納得させるには流儀に則る必要があるのです」
答えたのはウィスとレーアだ。
彼女たちは少し前にした説明を再びナナカへと始める。
騎士と民は対等な存在ではない。これがこの世界の常識だ。
騎士が力を貸す、いわゆる慈悲を行うことは悪いことではない。
その騎士本人が判断し、自発的に行うことだからだ。
しかし、民がなにかしらの要求をする場合は違う。
相応の対価を用意できるか否か以前に、立場が対等ではないため、話し合いの場にすら立てない。
だが、民にもチャンスだけはある。
自分にはこれだけの力があり、命をかけられるだけの覚悟がある。
そのことを騎士に示すことで己の存在が一方的に下ではない、ということを示すのだ。
民が騎士との立場を対等にするためのほぼ唯一の方法、それが決闘である。
騎士の中にもヒエラルキーがあるため、騎士同士で行われることもあるが、もっぱら民と騎士が行うものだ。
今回の件ではゼナイドを支援していた貴族や騎士たちに協力関係を納得させるため、ライトから決闘を申し込むという形になった。
「それは聞いたけど……でも!」
「大丈夫よ〜。ちゃんと攻撃が当たっても怪我しないようにしてるし〜」
「まぁ、当人たちが純粋に剣を交えたいのでしょう。
気持ちはわかりませんが、私たちには関係もありませんし、気にしないで見ていいです」
そう、ナナカたちには関係がない。
もし、この決闘で負けたとしてもナナカが戦ったわけではないため、彼女含め勇者派の顔に泥が塗られるわけでもない。
ライト派の方もそれ以上の戦果がある以上、お目付役の騎士を倒した程度で増長しないだろう。
そのため、決闘の勝敗はすでに決められているが、勝負自体は純粋に彼らのものだ。
「心配だなぁ」
「ん〜、そうね〜。でも、最悪の事態にはならないと思うわよ〜」
「はい。そもそも、本気で殺し合うわけではありませんし……心配しすぎなんです。ナナカは」
「本当かなぁ……?」
そんな会話をするナナカたちの隣には当然ウィンリィたちもいる。
勝負が始まるまで待つ中、ミーツェが問いかける。
「この決闘、どちらが勝つと思いますか?」
「純粋な剣の勝負なら……まぁ、騎士様の方だろうな。経験の差が違いすぎる」
「同感だ。主人殿も十分に強いが、まだあの騎士が一枚上手だ」
「そういうミーツェは?」
「……私もウィンリィ様やデフェットと同じ意見です。ただ、その差はあまり大きくないかと思います」
「なるほど……何か小さなミス、油断を突くことができればあるいは……か」
確認するように呟いたデフェットの答えにミーツェは頷いた。
しかし、ウィンリィはからかうような口調で口を開く。
「ふふっ、デフェは心当たりありそうだな」
「あまり言うな。私も反省していることだ」
「まぁ、それがなければ私たちが出会うことはありませんでしたし……」
「ああ、そりゃそうだな」
ウィンリィは嬉しそうに笑うと視線をライトとゼナイドが向かい合うその場所へと向けた。
◇◇◇
ナナカやウィンリィたちがそれぞれで話している頃、ライトとゼナイドも言葉を交わしていた。
「すまない。私のことに付き合わせて」
「しょうがないさ。こればっかりはさ」
立場があるということは面目もある。
加えて、細かい理由や原因はともかく、彼女とは敵対関係。しかも派閥も含めた敵対関係だ。
個人間で単純に協力関係を築くことができない。
関係を認めさせ、派閥同士で波風をあまり立てない方法、それが決闘だ。
少々気持ちの良いものではないが、殺し合いをするのではないと考えれば、ウィンリィとする訓練と同じようなものだ。
「その心遣い、感謝する」
「いいよ。礼なんて。俺の方だって頼むことあるんだし」
「ああ、顔のない暗殺者と派閥の件は収めてみせよう。
私たちだけでは難しいが、君たちの力を借りられるのなら問題はない」
「ははっ、なんか、こう考えると俺がしてもらってばっかりだな」
「そう自覚するのであればこれは貸しとしておこう。返せよ? きちんとな」
「気長に待っててくれると助かる」
「では、それも借りとして上乗せしておこう」
「うえっ!?」
「冗談だ。そんな悲しそうな顔をするな」
小さく笑ったゼナイドを見てライトも軽く息を吐いてすぐに微笑んだ。
なんとなく見えた彼女の素顔。
そこには、騎士としての使命と家をその背中1つで背負い続けたものとは思えないほど素直なものだった。
最初に出会った時と違い、肩の力が抜けたのだろう。
「では、条件の確認だ。
私が勝てば、ライト。貴様の“全て”をもらう」
ゼナイドの言葉を聞き、ライトは眉を潜めた。
それもそのはず、彼女からあらかじめ言われた条件はライトの“命”だった。
意味自体はさして変わっていないため、微妙なニュアンスを変えただけだろう。
加えて、今回の決闘は引き分けにしてレーアとウィスが落とし所を決める、という話になっているため深く考える必要はない。
そう結論付けたライトは頷き、口を開いた。
「ああ、俺が勝てばゼナイドは俺の旅の支援を」
「よし、では始めようか」
ゼナイドは言うとゆっくりと開始位置へと向かう。
それに習ってライトも距離を開けようとしたが、ゼナイドが何か思い出したようにその背中に声をかけた。
「ライト! いいな? “本気”で来い」
「は? え? うん」
彼女の言葉の意味が理解できず、反射的に答えた。
ゼナイドはそれをわかっている。
しかし、それでも良いとでも言わんばかりに小さく笑い、開始位置へと再び歩き出した。
流石にそこまで露骨に言われればライトも気のせいで片付けることはできない。
(なんだ? なにが狙いだ?)
なにか見落としたことはあっただろうか。
頭を捻るが、特にこれといったものは出てこない。
『あっ』
『あー、そう言う……』
しかし、白銀と黒鉄はゼナイドの行動の意味を悟ったのかそんな声を漏らした。
黒鉄の方にはどことなく呆れたようなそんな雰囲気を感じる。
(ん? なにかわかったか!?)
『あー、うん。まぁ、わかったっちゃわかったけど……』
『君、つくづく人たらしなところがあるよね』
(は? えっ!? どういうこと? なに?)
『まぁ、気にしないでいいわよ。あんたは』
『うん。ただ、君も本気で相手した方がいい。“自由が欲しいなら”ね』
まるで「あとは自分でやれ」とでも言うように2人の気配は薄れた。
何度か呼びかけてはみたが答えてくれる様子もない。
そんなことをしてるうちにライトの方も開始位置にたどり着いた。
気になることはあるが、ここまでくればもう対峙するしかない。
ライトは気持ちを入れ替えるように息を吐くとウィンリィたちがいる方を向き、言葉を飛ばす。
「ミーツェ! 始めの合図、頼むー!」
その声に頭を下げることで答えたミーツェは、弓矢を準備するとそれを斜め上へと向けた。
決闘の合図となる矢が弓に番られ、弦が引かれる。
そして、決闘の始まりを告げる矢が放たれた。
どう仕掛けてくる、とライトが一挙手一投足に注目していたところでゼナイドが地面を蹴った。
そのまま這うように走り、距離を詰めた彼女は剣をライトへと振り下ろす。
即座にその一撃に反応し剣を受け止めたが、ライトはそこで違和感を覚えた。
(ッ!? これはーー)
それに込められたのは殺意、とまでは言わなくとも真剣なもの。
たしかに剣を振るうのにふざけることはありえない。
だが、ここまで鬼気迫る一撃を放つほどのことだろうか。
(ーーゼナイドは本気で勝ちに来ている!?)