彼女たちの本音
「んっ……ここは」
目を覚ましたウィスはすぐに辺りへと視線を巡らせる。
周りの状況からすぐに気が付いたのは、ここはワイハント商会支部の客間であるということ。
そこにあるベッドに寝かされているということ。
「私、生きてる……?」
決死の行動を行って、命を繋ぎとめたということだ。
しかし、たしかにガメズへと差し出し、噛み付かれたはずの右腕には傷はない。
いくら魔術ですぐ治したとしても皮膚を引き伸ばしたり、繋ぎ合わせたような跡は残るはずだ。
記憶に混乱はない。
名前はわかる。年齢も、経歴もわかる。
ここに寝かされているであろう理由も覚えている。
それゆえに出来のいい夢かと疑ったが、ヒリヒリとした妙な感覚が残っている辺り、夢ではないだろう。
そう思えてもその形跡が見えないウィスはいまいち現実味を感じられないでいた。
「……気が付いたな」
「ゼナイド、ちゃん」
いつのまにか仮眠室の出入り口にはゼナイドが立っていた。
どこか安心したような声音で言われたような気がしたが、真剣な面持ちをしている辺り気のせいだろう。
そう結論付けたウィスはゼナイドに問いかける。
「私、なんでここに寝てたのかしら〜?」
「覚えていないか? 自分がしたことを」
「……覚えてるわよ〜。ナナカちゃんをかばって腕を食べられちゃったわね〜」
「ああ、腕はライトが治したくれた。どうだ? 何か違和感はあるか?」
「ううん〜。大丈夫よ〜。ここまで綺麗に治してくれるなんて、あとでお礼を言わないとね〜」
ウィスは言いながら軽く手を握ったり、開いたり、触ったりなどして感覚を確かめる。
ライトの魔術の腕はかなりのものなようだ。
魔術も高いレベルで扱え、剣も十分に振れている。
何かほんの少しのきっかけがあれば、もしかすると彼が勇者と呼ばれていたのかもしれない。
そんなことを思っていたウィスへとゼナイドが切り出した。
「1つ、質問をしてもいいか?」
「ん? なに〜? 急に改まって〜」
「なぜ、あのようなことをした」
「なぜって……ナナカちゃんを守るために決まってるじゃなーー」
「違う!! なぜ己の命を捨てるようなことをしたかを聞いているんだ!」
ゼナイドの強い言葉にウィスはバツが悪そうにうつむいた。
ナナカを守るため、と言うのなら押し出したとき諸共に倒れておけばよかった。
現に近くにはライトがいたし、彼もすぐに行動に出ていた。数秒稼げればそれで十分だったはずだ。
もちろん、当時は焦っており、反射的に行動した結果そうなったという側面もある。
だが、ウィスの行動は「自分の命は捨てて良い」と思い込んでいるがゆえに取られたもの。
自身の命をあまりにも軽視している。
そんな指摘であるゼナイドの言葉だが、ウィス本人も痛いほどにわかっている。
「それは……! そうだけど、でもそれが仕事で、私にできることだから」
「自分の命を盾とすることが、貴様の仕事だと?」
「うん。私にはそれしかできないから」
瞬間、堪えていたゼナイドの怒りが爆発した。
彼女は湧き上がったその怒りのままにウィスに詰め寄るとその襟首を掴み上げる。
「ふざけるなッッ!!
それしかできないだと!? それが仕事だと!?
貴様の価値がそんなことだけなものか!」
驚き、言葉を出せなくなっているウィスへとゼナイドは荒い語気のままで続ける。
「私たちがどれだけ貴様に救われたか!
そして、私たちを救ったその命を“簡単に捨てられるもの”と言うのか!?
その命を愚弄することは、私たちはその程度の価値しかないと言うことだぞ!」
友への嘲りは己への嘲りである。
それは騎士は民を守り、悪を切る存在、というゼナイドらしい人間同士の繋がり、いわば絆を意識したものだ。
もちろんそれはウィスも知っている。
知ってはいるが、喧嘩腰の言葉で言われ続けた彼女もついには我慢の限界を迎えた。
「自分の命の価値ぐらい自分で付けるわ!
この命は自分のもの。誰かにとやかく言われる筋合いなんてないのよ!」
いつもの柔らかな口調からは想像できない突き飛ばすような語調で言葉を返した。
その聞きなれない言葉遣いに数度瞬きをしたゼナイドだが、すぐに口を開く。
「貴様だけのものではない。人の上に立つ魔導師だ!
人の上に立つ者の命がそうやすやすと切り捨てられてなるものか!」
「なら、あなたはなんなの!?」
「なに?」
「騎士として守るっていつも言ってるのになんで無茶ばかりして突っ込むの!?
あなたこそ、残された人たちはどうなるのよ!」
「なっ……!?」
過熱しかけた言葉の応酬が今度こそ止まった。
答える言葉を完全に失ったゼナイドへとウィスは涙で声を震わせながら言葉を続ける。
「ねぇ!? わかる? いつもあなたの背中しか見れないのよ?
傷だらけのあなたを見る友人の気持ちをあなたは考えたことがあるの?
守られるしかない私の気持ちを考えたことがあるの?」
ゼナイドは冷水を浴びせられたように、急に冷静になった頭でウィスの言葉を受け止めていた。
ウィスもまた、しゃくり上げながら涙を流しているため、怒りというものを完全に無くしている。
魔術しか使えないというのは悪いことなどではない。
訓練で少し解決できるとはいえ、魔術の扱いについては先天的なものが多い。
現にゼナイドは魔術を扱うことはできない。
だからグループを作り、部隊を分け、役割も分けるのだ。
今の彼女たちがぶつけていた言葉は、友人であるがゆえに今まで表に出ることがなかった本音だ。
そして、彼女たちにあるのは「そうだったのか」という気付きと「なぜ今まで気が付かなかったのか」という後悔だ。
「そうだよ」
そう言いながら部屋に入ってきたのはナナカだ。
彼女の隣にはレーアもいる。
「2人とも、無茶しすぎだよ。
ゼナイドさんは前しか見てないし、ウィスさんは周りしか見てないもん。少しは私たちを頼ってほしいよ。
ね? レーアちゃん」
同意を求められたレーアはコクリと浅く頷いた。
「です。旅をしているのはあなたたちだけではないのです。我々もいます。
ですがーー」
「ん?」
言葉を区切ったレーアはジト目でナナカへと視線を移した。
その責めるような目を向けられた意味がわかっていないナナカは小首を傾げる。
そんな彼女を見て「やれやれ」と言わんばかりに重いため息をつくと続く言葉を口にした。
「あなたは頼りすぎです。少しは自立して下さい。
助けはしますが、その手を引くことはしませんから」
「え、ええ!? それ今言うこと?」
今までの真剣な雰囲気がブツッと途切れたのかゼナイドとウィスは途端に笑い出した。
「ああ、そうだな。くくっ、ああ、ナナカはよく突っ込むな」
「ふふっ、そうね〜。突っ込んでおいて、泣きながら助けて〜って……少し前も」
「笑いごとではないです。2人の面倒くささをたった1人でこなすのですよ?」
再び息を吐きながら「やれやれ」と肩をすくめたレーアへと3人の視線が集まる。
「私が言うのもあれだけど、レーアちゃんも人のこと言えないと思う」
「うむ。ストレートな物言い。そのせいで何度貴族の怒りを買ったか」
「そうね〜。もう少し、抑えてくれるとありがたいわね〜」
「なっ!?」
レーアは3人の顔を順に見ていくと頬を膨らませた。
そんなレーアをフォローするように慌てて言葉をかけるナナカを見ながらゼナイドは口を開いた。
「私は無茶ばかりする。おそらく自分では止められんだろう。
だから何かあれば、ウィス。君が止めてくれ」
「それはいいのだけれど〜。本音はどうなのかしら〜?」
「……可能であれば援護をもらえるとありがたい」
「ふふっ、わかったわ〜
なら、私のことも守ってくれると嬉しいわね〜
私、弱いから〜」
「ああ、当然だ」
2人は互いに言葉を交わし小さく微笑み合った。
◇◇◇
そんな騒動があった部屋の廊下には壁に耳を当てたライト。その隣にはミーツェがいた。
「……なんか、収まった?」
「そのようです」
ライトは何かあればすぐに駆けつけられるようにと待っていた。
そして、聞こえてきたのは言い争うような声。
急いで仲裁に向かおうとしたが、ナナカとレーアに止められ、今に至る。
「むぅ、よく聞こえん」
ライトは恨めしそうに壁から耳を離し、ミーツェの方を向いた。
人間の耳では聞き取れなくともキャッネ族の彼女ならば聞き取れるかもしれないと思い、視線を向け質問しようとしたが、彼女の咳払いでそれは塞がれた。
「会話の内容を聞くのは少々、失礼になると思いますが……それでもお聞きになりますか?」
いつもより数段鋭い青い瞳に射抜かれたライトは息を呑み、首を横に振った。
そんな彼に満足したのかふっと表情を緩めたミーツェは言う。
「では、そろそろお休みを。
今回の件、特に負担が大きかったのはライト様です。その辺り、自負していただきたいのですが?」
「……はい。ごめんなさい。休みます」
「はい。では、寝室までお伴します、ライト様」
その言葉を受けたライトはミーツェと共に貸し与えられた寝室へと向かった。
ライトは部屋での喧騒は分かれどその内容まではわからない。
だが、なんとなく丸く収まっているような気がしていた。
(よかったな。奈々華)