終わりの間隙
完全に不意をつかれ、動けないナナカを襲ったガメズの大きな口。
それが噛み砕いたのは無防備な彼女の腕、ではなかった。
「うっ、く」
それが噛み付き、潰していたのはーー
「ウィ、ス?」
ーーウィスの腕だった。
体から離れたガメズの頭を見て彼女はすぐさま動いたのだろう。
呆然としていたナナカを押し出し、その右腕をガメズに差し出していたのだ。
それを見たライトはすぐにウィスの元に駆け寄り、腕に噛み付いていた頭を引き剥がすと空へ投げ飛ばした。
「ミーツェ! 頼む!」
それと同時に放たれたライトの言葉を受けたミーツェは矢筒から矢を取り出し、宙を舞うそれへと放った。
焼かれたおかげで柔らかくなっていたのか、弾かれることなくその矢は頭に突き刺さる。
地面に落ち、ゴロゴロと転がるガメズの頭。
だが、まだ動きを止めることなく、今度はデフェットへと向かい這い進み始めた。
「それを今すぐ捨てろ!!」
ガメズの狙いに気がついたウィンリィが指示を投げる。
デフェットはすぐさま反応し、持っていたマナティックコンデンサを遠くへと放り投げた。
そして、ウィンリィの予測の通り、ガメズはマナティックコンデンサを追うために頭の向きを変える。
結果、彼女たちに(今は溶けているためそうだとはわからないが)ゼナイドが剣を突き刺した目の方を向けることになった。
一番にそのことに気がついたのは刺した本人であるゼナイド。
咄嗟に彼女は持っていた剣を投擲、それは狙い通りの場所に命中した。
剣は少し鈍い金属音を辺りに響かせ、ながら宙を舞う。
だが、完全に倒すことはできていないらしく、まだ動いている。
しかし、多少なりともダメージを与えることはできたようで、動きを止めることはできた。
「今だ! レーア!!」
「ッ! アイス・ゾイーレ!」
レーアが唱えた瞬間、冷気を発する氷の柱が3本生まれた。
それらはまっすぐにガメズの頭へと向かい、狂いなく突き刺さった地面に繋ぎとめる。
瞬間、表面に氷が広がり、完全に凍ると粉々に砕け散った。
しかし、全員がすでに倒れたウィスの元に向かっているため、その光景を最後まで見届けた者はいない。
「ウィス! ねぇ、ウィス!!」
ナナカはウィスの肩を抱きながら涙交じりに声をかけ続けている。
その声に応えるようにウィスは弱い笑顔を浮かべ、か細い声で答えた。
「ふふ、よかった〜。無事、みたいね……」
「よくない! こんなのよくないよ。ウィス……」
しかし、彼女の声にウィスは答えることはなく、ナナカに体重を預けて意識を失った。
「ッ!? ウィス? ウィス!!」
ウィスの腕はかろうじて皮膚で繋がっているような状態だった。
筋肉も骨もズタズタになっているのは外から見ただけでもよくわかる。
だが、その程度だ。
よくわからない病気などではない。ならば、まだ間に合う。
「ダメージクリア」
ライトが唱えた瞬間、時間を巻き戻すかのようにウィスの右腕は肉が盛り上がり、皮膚が繋がれ、治されていった。
しかし、傷を治せても流れた血を戻すことはできない。
すぐにでもどこか安静にできる場所できちんとその手の知識を持つ者に診てもらうべきだろう。
腕を触って傷がなくなっているのを確認したライトは後ろに来ていたミーツェとデフェットに指示を出す。
「ミーツェ、悪いけどウィスさんを村まで運んで。傷は治したけど血を結構流してるから、ちゃんと休める場所に連れて行って。
デフェットも念のため一緒に」
「かしこまりました」
「了解した」
「私も行きます。構いませんね?」
2人の返事に続いて声を上げたのはレーア。
いつもとは少し違う威圧感にライトはたじろぎながら頷いた。
「あ、ああ、もちろん……」
その後すぐにミーツェはウィスを抱え、彼女らの道具を持ったデフェットとレーアがその後に続いて村へと向かった。
「これで、ひとまずは大丈夫、かな?」
ライトは呟くと大きく息を吐きながら腰を草原に下ろす。
再び大きく息を吐き、マントから水筒を取り出し、飲んだ。
そんな彼へとナナカは涙を拭き、声をかける。
「大丈夫、なの? ウィスは」
「……わからない。さっきも言ったように傷だけは治したけど」
「たぶん、気を失ったのは精神的な疲労と傷を負った時のショックが原因だろうな。
ライトはよくやった。あとはウィス本人が持つかどうかを祈るしかない」
ウィンリィが村の方向を見ながらそう補足した。
今この場でできることは全てしたつもりだ。少なくともライト自身はそう思っている。
そのため、ウィンリィの言う通り、あとは彼女の心身が耐えられるかどうかにかかっている。
「俺もウィスさんが心配だ。早く移動を……っ」
ライトは言うと膝に手を付き、ゆっくりと立ち上がったが、その足取りはおぼつかない。
ふらっと倒れそうになったところをナナカが支えた。
彼女は先ほどまで涙を浮かべていた顔を一際不安げなものにしてライトの表情を伺う。
「ひ、光ちゃん……無理したらダメだよ。ただでさえ疲れてるのに」
心配の言葉を口にしたナナカを安心させるようにライトは笑みを浮かべた。
「はは、大丈夫。ちょっと立ちくらみが起きただけだ」
しかし、それは無理やり作った笑みだ。
声音にも力はないし、浮かべた笑顔を無理矢理作っていることが痛々しいほどにわかる。
「でも、やっぱり無茶だよ。
戦った後に魔術を使って、それから休まないで移動までやるなんて」
「多少の無茶で救える命があるなら俺は無茶をするよ。ナナカだって、そうだろ?」
そう、ナナカはライトに「無茶をするな」ということができない。
救えるものがあるのなら多少の無理は承知で物事に首を突っ込む。
バハムートがガーンズリンドで暴れているのを見た時もゼナイドたちの反対を押し切って向かおうとしていた。
「ははっ、そうだね……ごめ、ううん。ありがとう。光ちゃん」
ようやくナナカはどこか恥ずかしそうな笑みを浮かべながら礼を言った。
(うん。やっぱり、奈々華は笑っている方がいいな)
彼女の見慣れた笑顔に少し安心したが、完全に肩の力を抜くわけにはいかない。
「礼を言うのはまだ早いさ。俺たちも村に行こう。ウィスさんが心配だ。
でも、ペースはゆっくりでな?」
ライトの申し訳なさそうな言葉にその場にいた全員が頷いた。
あともう一踏ん張り、村に戻って、ウィスが意識を取り戻すまでは自分がゆっくりするわけにはいかない。
できることはまだあるかもしれない。
それまでの少しの無理はできる、はずだ。
(全員で生きて倒すって言ったからな。絶対に死なせない)
ライトは薄い意識をどうにか繋ぎ止め、ナナカの肩を借りながら村へと向かった。