陽光と月光の想い
「……きました」
ガメズが地響きを引き連れながらレーアとウィスがいる場所へとゆっくりと近づいてきていた。
度々ガメズの近くで光が生まれたり、何かがぶつかっているのが見えるがどれもこれといった効果は出ていないように見える。
杖を握りしめ、固唾を飲んで見守る2人の前にウィンリィが現れた。
彼女たちを守るように中段で剣を構えたウェンリィは言う。
「とりあえず連れてきた。けどやっぱりそれらしいダメージは与えられてない」
「ということは〜、予定通りね〜?」
2人の仕事はガメズの動きを完全に止めること。
もし、そのエリアに着く前に別の攻撃手段があればそれの援護だったが、見つけることはできなかった。
そのため、取る行動としてはあらかじめ決めていた通りになる。
「ああ、そうだ。悪いけどこのまま身体強化とヤツの拘束も頼む」
「無論です」
その答えに満足気に頷いたウィンリィは地面を蹴り、ガメズへと走った。
普通の人間ではまずでない猛スピードで駆けていく背中を見て、ウィスが言う。
「それじゃ、私たちもさらに働きましょうか〜」
「はい。始めましょう」
2人は杖を構え、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「「リヒト、リヒト・ケーテ、ビンディン、ズィー・ビンディン––––」」
魔術の詠唱は基本的に1つ、2つの言葉の組み合わせで発動するようになっている。
杖のような補助道具も必要としない。
それが通常魔術。
その名の通り、魔術といえば基本的にこれを指す。
しかし、2人が口ずさんでいる詠唱は1つ2つの言葉ではなく、手には杖がある。
長い詠唱と何かしらの触媒や補助がなければ発動させることができない魔術、これが大規模魔術だ。
大規模、と言うだけはあり、普通の魔術師2人と杖だけの補助で発動させられるようなものではない。
2人が唱えている術も本来ならば、5人は必要とするものだ。
もちろん、そんな常識は知っている。
だと言うのに、なぜ唱えているのか。
簡単なことだ。
ただ、単純にレーアもウィスも普通の魔術師ではないからだ。
桁外れでエルフに並ぶとさえ言われる魔術の才能を持って生まれ、さらに最高の腕を持つ職人が作り上げた杖による補助。
そして、それが2セット。
それだけあれば3人の穴など埋めることができてしまうのだ。
身体強化をかけ、さらに大規模魔術の詠唱。
不可能ではないが、余裕はあまりない。
そのため、ここで失敗してしまえば次はないだろう。
「「コンテネント、メーア、ヒンメルーー」」
失敗できない緊張感と襲い来る疲労感で脂汗を浮かべながらも、2人は言葉を紡ぎ続けていた。
◇◇◇
ガメズは変わらず、マナティックコンデンサを律儀に持つ者へと真っ直ぐに向かっていた。
そんなガメズの足元へとライトとナナカが走る。
「はあぁぁぁあッッ!!」
「やあぁぁぁあッッ!!」
2人は気合の声とともにガメズの頭部へと向けてマナの斬撃を飛ばした。
向かっていく中、合体したその斬撃は狙い通り頭部に命中。
しかし、進路を変えることも速度を落とすこともできていない。
もちろんそれは散々攻撃していたライトたちは知っている。
ゆえに、本命はそれではない。
「ミーツェ!!」
「はい!!」
ミーツェが今構えているのはライトが創造で作った爆破矢だ。
何かに突き刺されば爆発するというシンプルで、それゆえにわかりやすく高い攻撃力を持つ。
彼女が放った矢は空気を切り裂き、ガメズの頭部に突き刺さった。
瞬間、爆発が起こり頭部が煙に包まれる。
その煙を切り裂くようにガメズの頭部が爆破の衝撃で大きく下に振れた。
「ッッッ!!?」
ようやくダメージらしいダメージを与えることができたようだ。
ガメズは頭を横に振り、叫ぶとマナティックコンデンサを持つウィンリィへと向かって走り出した。
「ウィン!」
「ウィンさん!」
「大丈夫だ! それよりもーー」
「お2人とも、もう着きます! 準備を!」
ウィンリィの方へと視線を向けようとした2人を咎めるようにミーツェは矢をつがえながら声を飛ばした。
「わかった! やるぞ、奈々華」
「うん。任せて光ちゃん!」
2人は軽い言葉をかわすと大きく後退して並ぶと、剣を空へと向けて突き立てた。
そして、目を閉じ集中する。
ライトを中心に金の光が、ナナカを中心に白銀の光が辺りに広がり、それぞれの剣へと収束していく。
色は違えどどちらも力強く、包み込むような優しい光だ。
それを見てミーツェが矢を放ちながら声を上げる。
「皆様、私たちも」
「ああ、わかってる。2人とも、下がるぞ!」
ウィンリィの言葉に先ほどまでガメズに攻撃をしていたデフェットとゼナイドが頷き、近づいてきた。
再び4人が集まったところでミーツェが口を開く。
「予定通り、私が引きつけます。ウィンリィ様とゼナイド様はお2人の護衛に」
「よし。デフェ頼む」
ウィンリィはマナティックコンデンサをデフェットに放り投げた。
それを受け取りながら彼女は言葉を返す。
「ああ、頼まれよう。そちらも頼む」
「当然! いくぞ騎士様」
「うむ。抜かりなく」
確認を終えた彼女らは行動を始めた。
ウィンリィ、ゼナイドは必殺の一撃を構えていて動けない2人の元へ。
デフェットとミーツェは今まで通りガメズの誘引。
そして、時はきたーー
ポイントにまで引き寄せ終えたミーツェが叫ぶ。
「今です! 拘束を!!」
その声が響いた瞬間、ウィスとレーアは詠唱の最後の一節を唱えた。
「「ゴット・フェアビンデン・ヴィーア・エールデ!!」」
2人のその言葉が響いた瞬間、紫色の光を持つ鎖が地面から大空へと伸びる。
それらはガメズの上を通り、再び大地に突き刺さり、その巨体を大地に縛り付けた。
大きく上がる音と振動すら気にせずにライトとナナカは目を見開き、敵をその視界に捉えた。
的は大きいため、外す方が難しい。
そのため、狙いをつけることを考える必要はない。
タイミングを合わせる声は必要ない。
なんとなく、わかる。呼吸が合う。
長い間別れていて、顔を見るどころか話すことすらなかったというのに合わせられる。その自信がある。
だから、ただ力を一点に集めて、放つことだけを考えればいい。
『準備できている』
『君のタイミングに合わせるよ』
(ああ、いこう)
ライトとナナカは空へと突き立てていた剣を中段に構え、なんの言葉もかわすことなく、ほぼ同時に歩き出した。
わずかにあったズレも歩くという動作だけで合わせていく。
ゆっくりとその歩調が合い、歩みをゆっくりと早く、最終的には走っていた。
(いつもこうだった)
ライトは走りながら思う。
ナナカと一緒にいるのに深い理由なんてなかった。
なんとなく波長が合う。なんとなく話していて苦ではない。
ふと頭によぎる「もし」しかし、それはもう叶わないことだ。
ゆえに、それを払うためにライトは叫ぶ。
「ガラディーンーー」
ナナカは剣を構えながら思う。
(光ちゃんは変わった)
転生して、新たな世界で半年以上も過ごしていればそれは当然だ。
でも、根本は何も変わっていなかった。
あの世界で見ていた彼と、話していた彼と、隣を歩いていた彼と何も変わらなかった。
自身も変わるのだろう。
勇者ともてはやされようとも何も知らない少女だ。
これからどう変わっていくかはわからない。
だが、おそらく自分も根本は変わらないだろう。
そう、光が好きだという気持ちだけは変わらない。
その決意を示すようにナナカは叫ぶ。
「エクスカリバー––––」
そして、別々の想いを抱き、光を纏った2人の剣が同時に振るわれた。
「「––––リヒター!!!」」
2人の放った剣の一撃はガメズの大きな体に命中、同時に光と衝撃が辺りに広がった。
どうにかそれに吹き飛ばされないように踏ん張りながら、腕で顔を遮った光が弱くなるのを待つ。
それから十数秒。
光が収まったかと思い、彼らは恐る恐る目を開いた。
その先にはガラディーンとエクスカリバーの光を受け、真っ黒焦げになったガメズがある。
様々なところからプスプスと煙のようなものが上がっていたり、肉が焼けたような匂いがする辺り、倒すことができたようだ。
「終わった……な?」
「う、うん……終わった。みたい……」
おずおずとライトとナナカが言葉をかわすと、揃って肩の力を抜くように息を吐いた。
終わったーー
そう確信した2人は疲労困憊の体を満足感、達成感を動力にガメズから離れようと足を踏み出す。
そんな時、ズッズッと何かが地面を這う音がライトとナナカの耳に届いた。
嫌な予感がした。
敵意を向けられた時に感じる背筋に走る寒気。
2人は本能的な部分で感じたままバッと振り返った。
そこには焼け焦げたガメズの体がある。
しかし、そこには本来あるはずの頭はなくなっていた。
体から離れたガメズの頭は独立して蛇のように地面を這い進んでいたのだ。
それの狙いはナナカだ。
(ま、ずい……!)
ほんの少しの油断で行動が遅れたため、確実に間に合わない。
焦りで奥歯を噛みしめるライト。
ナナカが動けばまだ可能性はあったが、突然現れた恐怖に足がすくんでしまっている。
そんな彼女を狙ったガメズの頭は「一矢報いる」とでも言わんばかりに地面から飛び上がると、大きく口を開けた。
それが閉じられた時、肉が潰れる水っぽい音が響いた。