似た者たち(下)
「はっ、はっ……ハックション!」
地底湖にいたライトの大きなくしゃみが辺りによく響いた
そんな彼を心配してからゼナイドは声をかける。
「風邪か? 私のマントを使うか?」
「ああ、いや、大丈夫です。なんかムズムズしただけですから」
「そうか……」
ゼナイドは言うと視線を地底湖へと移した。
そんなどこか黄昏ている彼女へとライトは声をかける。
「優しいんですね」
「当然だ。私は騎士だからな。民を守り、害を切るのが私の役割だ」
「俺を殺したかったんじゃないんですか?」
半ば恐る恐るに向けられた質問にゼナイドはうつむいた。
「今はそんなことをしている場合ではない。と言うこともあるが、正直なところ私は迷っている」
「迷い?」
「ああ、貴様を殺すのになぜ躊躇った……その答えが出せずにいる」
ゼナイドの家であるミリアス家は昔から聖王騎士団に席を置く騎士の一家だ。
だが、とある貴族の犯した不祥事の責任を押し付けられたため、その立場が現状かなり危うくなっている。
立場をいち早く戻すには、昔からの繋がりを考慮して勇者派の援助を受けるのが一番だ。
彼らの協力を得るために勇者であるナナカの転移について協力したし、旅にも同行している。
そんな彼女からしてみればライトやライト派のような対立する存在はただ邪魔でしかない。
「だから、俺の命を」
対立する派閥の偶然とはいえ象徴になった存在を消す。
そうすれば派閥は空中分解、勇者派が有利となる。
勇者派が大きくなれば、他の家からの支援を受け、ミリアス家の名誉復活につながる。
ゼナイドは個人の恨みなどではなく、「家を守る」というたった1つの想いからライトの命を狙ったのだ。
「家を守ることを考えるのなら、迷う必要はない。なのに……」
「でも、迷っている」
確認の質問に自分を小さく嘲笑ったゼナイドは頷いた。
それを見てライトは躊躇いながら続けて問いかける。
「それをなんで俺に?」
「ウィスに言われた。その迷いの原因に直接聞いてみたらどうだと」
ライトはようやく合点がいった。
聖王騎士団にいて旅をしているにしては彼女の戦闘の動きは明らかに鈍かった。
おそらく、その質問を切り出すタイミングを探っていたり、自問自答を繰り返していたせいだろう。
敵に塩を送るような真似かもしれない。
だが、ライトは今までの旅で色々な人から話を聞き、自分なりの答えを出してきた。
そんな自分の考えで誰かの迷いに、答えらしい答えが出るのならばしない手はない。
「……率直な意見でいいんですよね?」
「無論だ」
「ゼナイドさんはすごく優しいんですよ。
家のために。そう思っても自分に危害を加えてこない人を殺すことができないんです」
自分で言うには少々気恥ずかしく感じたライトは照れ隠しに笑みを浮かべた。
彼にはゼナイドを説得しようとしたり、先生のように何かを教えようとするような者の面影などない。
言うなれば、等身大のライト自身の言葉とでも言えばいいのだろうか。
裏表がないゆえに、それが彼自身から出てきている言葉なのだとゼナイドにはわかる。
「だが、優しさでは……守れない。意味がない」
「そんなことは!」
「あるさ! 優しさは甘さだ! 弱さだ!
その想いにつけ込まれてしまえば全てを失う!」
ライトの否定の言葉を塞ぎ、叫んだゼナイドは表情を暗くさせて続けて言葉を紡ぐ。
「私の、父がそうだった。優しい騎士であったがゆえに、利用された。
優しい騎士ではダメなのだ。強い騎士でなければ、己の守りたいものを守れんのだ!」
それを聞いてライトは理解した。
貴族の不祥事を押し付けられた者は彼女の父親。
詳しくはわからないが、彼女の言う通り、優しさにつけ込まれてしまったのだろう。
「どうすれば私は変われる。どうすればこの弱さを、私は強さへと変えられる!?
貴様は何か知らないか? 些細なことでも良い。何か!」
ゼナイドの目は必死だった。藁にもすがるとはこのようなものを言うのだろう。
ライトはそれに答えられるようなものを持っていない。
だが、彼女の言ったことははっきり違うと思った。だから言い返す。
「俺はゼナイドさんが欲しい答えを持ってないです。
でも、これだけは言える。ゼナイドさんは間違っている。
「なに?」
「優しさと弱さは同じじゃない。優しさは想いだ」
それは転生したてのころのオーガ討滅戦、そこで出会った女性から言われた言葉だ。
正確な意味は今でもわからない。
だが、今までの旅で積み上げたものから予測を立て、それをライトは口に出す。
「人を想う、それは人にしか出来ないことなんです。
人にしか出来ないものを弱いと卑下するのはあまりにも酷い話だと思いませんか?」
「人にしか、できない……」
「はい。だからむしろ誇って欲しいんです。
それに、ゼナイドさんが優しいのは根っこからですし、そこはどうやっても変えられませんから」
「……断言するのだな」
「だって、生まれ変わって半年ぐらい経ちましたけど、迷うところは変わりませんから」
ライトはそう言うと恥ずかしさを紛らわせるように頭を掻き、笑った。
バカは死んでも治らない。という言葉があるが、ライトからしてみればそれは肯定するしかない。
現に、自身がその証明だ。
根っこの部分はなにも変わっていない。変えられていない。
それを見てゼナイドも小さく笑みを浮かべた。
「ふっ、そうか。それは、説得力のある言葉だ」
「ゼナイドさんの周りにはたぶん、その根っこの部分まで好きな人がいますよ」
「そこはたぶんなのだな」
「俺の周りにはいましたけど、それってかなり幸運なことですから」
「自慢かそれは?」
「ええ、自慢ですよ。
ウィンも、デフェも、ミーツェもみんな俺を受け入れてくれた大切な仲間ですから」
一瞬、ゼナイドは驚いたような表情を浮かべた。
かと思うとふっと小さく笑い、すぐに真剣なものへと表情を変えて彼女は言う。
「それでは、私はどうすれば良い? どうすれば私は貴様を殺さず家を守れる」
「ああ、それなら簡単……じゃないですけど方法はあります」
それをきっかけにライトはゼナイドへと説明を始めた。
ライト派はライトの力を認めている。これはまず間違いないだろう。
そんな力を認めているものが“直接”勇者たちへと協力を仰いだ。
それはライトが勇者たちの力を信用しているということを意味することになる。
ライト派の立場としては、彼が信用しているものはある程度信用できる。
否、派閥からしてみれば、穏便に進めるためには一定は信用するしかない。
加えて、勢力の象徴たる者たちが協力することにより、それぞれの派閥に「片方だけではダメだ」という認識を植え付けることができる。
「つまり、2つの派閥を無理やりくっつけることで派閥同士の争いを消してしまおうと?」
「一応はどちらも魔王が敵であることに変わりはないはずでしょう?」
そもそもゼナイドがここまで焦りを露わにしているのは派閥同士の争いが原因だ。
その大元を解決させることができれば彼女も焦る必要はなくなる。
ゼナイドの気持ちと想いはわかった。
ひとまずはこれでこのことは解決できるかもしれない。
ならば、彼女には聞かなければならないことがある。
弱みに付け込むようであまりしたくないが、タイミング的にはここしかない。
ライトは意を決してそれを切り出した。
「1つ聞きたいことがあります」
「なんだ?」
「顔のない暗殺者。あれを指揮していたのは?」
ライトの口からその単語が出た瞬間、ゼナイドは奥歯を噛み締め、顔を逸らした。
言葉として帰ってくることはなかったが、その反応を肯定と受け取り、続けて問いかける。
「なんで、他の関係ない人にまで危害を加えるようなことを?」
しかし、続いたライトの言葉に違和感を覚えたゼナイドは眉をひそめる。
勘違いかもしれない、と訝しげな表情でライトの話に耳を傾けた。
「バハムートを煽って街に住む人ごと殺そうとするなんて! ゼナイドさんは––––」
「待て。待て! どう言うことだ?
バハムートとはあの魚の生物だろう。それを煽っただと?」
自分の違和感が正しいことを感じたゼナイドが慌てて口を挟む。
否定ではない疑問の言葉に今度はライトが眉をひそめる番だった。
「たしかに、私たちは顔のない暗殺者を差し向けた。
だが、バハムートとやらを煽るような指示はしたことがない」
はっきりとそう言い切った。
今までの言葉や性格から見ておそらく嘘はついていない。
少なくともライトはゼナイドがここで嘘を言う人間とは思えない。
(だとしたら……あれはゼナイドさんたちを利用していた者の差し金か?)
それならば彼女が知らなくても納得はできる。
ナナカだけではなく、あの4人全員がただ利用されていた。そういう単純な話なのだろう。
「間違い無いのだな?」
「自殺して話は聞けなかったらしいけど。顔はなかった」
その答えを聞き、重い息をゼナイドは吐いた。
呆れと落胆。それは自分自身に向けたものであろうことはライトには痛いほど察することができた。
「わかった。では、その辺りは戻ってから調べよう」
「うん。ありがとう。ゼナイドさん」
「礼はいらん。むしろこちらが謝る方だろう。
しかし、この責任、必ず私が取ろう。なにせ……友の頼みだからな」
ゼナイドは少し表情を和らげるとそう言った。
そこからは今まで感じていた刺々しいものは一切なく、優しいものだった。
そのあまりにも自然な表情にライトは確信する。
おそらく、彼女の本当の顔としてはそれが本物なのだ、と。
「ああ、頼む。ゼナイド」
彼女がその顔を見せ、接してくるのならば自分もそうするべきだ。
だから、ライトは礼ではなく、彼女の友人としてその力を借りる言葉を口にしていた。