出来ること
ライトとゼナイドが縦穴に落ちた後、残された者たちはカメのような巨大生物のいた場所から離れることに成功していた。
ひとまず落ち着けると思ったがナナカだけはその場所に戻ろうと走り出した。
「待て!」
ナナカに制止の言葉を飛ばしながらその腕を掴んだのはウィンリィだ。
彼女の手を振り払おうとばたつかせながら叫ぶ。
「離して! 光ちゃんとゼナイドさんを助けないと!」
「ダメだ! 今戻ってもあのカメみたいなやつをどうにかしないと助けられない。
戻るのは策を練ってからだ!」
「私の力なら簡単に倒せる! だから––––」
パニックを起こし、さらにまくしたてるように言葉を続けようとしたナナカを遮ったのはパンっという乾いた音だった。
洞窟ゆえによく響いたそれはウィンリィが彼女の頬を叩いた音だ。
キョトンとしたナナカへとウィンリィは言葉をかける。
「ひとまず落ち着け、何も助けないって言ってるわけじゃない。
ライトはそう簡単に死ぬようなやつじゃない。けど、今の私たちじゃあいつを助けられないってだけだ。
いいな? お前がもしライトを大切だって思ってるなら今は信じてやれ」
諭すようなその言葉を受け、ナナカは深く頷いた。
それと同時に落ち着きも取り戻したのか、どこかバツが悪そうな表情を浮かべる。
ウィンリィはそこに特別何かを言うことはなく、その頭を軽く撫でるとその場にいる全員に提案する。
「今から一度洞窟を出ようと思うけど、何かここでやれることがあるやつはいるか?」
互いに顔を見合わせ、それがないことを確認するとウィンリィへと視線を向けた。
彼女はそれを肯定と受け取り、今まで進んできた道を戻るため、歩き始めた。
幸いなことにライトがそれぞれにつけていたフロースフレイムは残っている。
アイゼシュピンは相当数倒した手応えがあるため、安全に出られるだろう。
(だが、問題はどう助けるか……シルバーナーヴを使えばいけるか?
いや、深さがわからない以上それは危険だよな)
ライトをどう助けるか、ウィンリィの頭はそのことでいっぱいだった。
先頭を歩きながらそのことを考えていたウィンリィにウィスが小声で声をかける。
「ありがとうね〜。私たちじゃ立場的にどうにも言いに難くってね〜」
「立場どうこう以前に一緒に旅してるんだからきちんと言えるようにしとけよ。命に関わることだぞ」
「ん〜、わかってはいるけど〜。世界が違うって難しいのよね〜」
「それは……まぁ」
ウィスの思うところはウィンリィにもいくつかわかるところがある。
しかし、ライトからその話を聞く前に旅をしていた時間が長かったせいだろう。
彼の話に混乱することや自分との関係で悩むことはあれど、立場どうこうでものが言えないということはなかった。
「私たちもあなたたちみたいになることができれば〜。
ナナカちゃんにとってはいいのかもしれないわね〜」
「それは違うだろ。たぶんあいつにとって必要なのはお前たちだ」
でなければもっと早いタイミングでナナカたちは関係が崩壊していたのは間違いない。
旅などしていなかっただろうし、最悪ナナカは生きていなかった可能性もある。
今ナナカがいるということは少なくとも関係が悪いということはない。
「お前たちはお前たちのやり方で支えてやればいい。わざわざ私たちみたいになる必要はないだろ」
さらっと返されたその言葉が意外だったのかウィスは何も言い返すことはなかった。
その言葉を受けたウィスはハッとしたような表情を浮かべて立ち止まった。
「私たちのやり方、か……」
ウィスのつぶやくような言葉はまるで自分自身に問うかのような声音だった。
◇◇◇
洞窟から出たところでようやくウィンリィは息をついた。
(とりあえず、全員を外に出せたけど……)
課題は大きく二つ。
ライトとゼナイドの救出とあの巨大生物についてだ。
巨大生物はナナカが倒せそうなことを匂わせていたあたり何か持っていると考えていい。
となるとライトたちの救出についてが大きな問題になる。
深さがわからず、下に何があるかも分からない以上簡単には降りられない。
ウィンリィが頭を悩ませている中、レーアがすっと手を挙げて口を開く。
「これは疑問なんですけど、あの洞窟はなんなのですか」
彼女の質問の意味がいまいち分からなかったため、全員が首を傾げている中でナナカがそれに答えた。
「何って、シルバーナーヴ? が取れる洞窟でしょ?」
「それはなぜ取れなくなったのですか?」
「そりゃ、あの大きな生き物がいるからじゃ」
言外に「何を当たり前なことを?」という意味合いを含ませたナナカの言葉。
しかし、それを聞いて気がついたミーツェが「あっ」と声を漏らした。
「そうです。あの生物は一体どこから来たのでしょう?」
そこで全員が驚いたように目を見開いた。
そう、この洞窟は少し前まで普通にシルバーナーヴの素材を採取していた。
そんな場所にあんな生物が近づいていると知れば普通は気がつかなければおかしい。
だが、素材採取の者たちが帰ってこなくなるまで気がつくことがなかった、という。
「洞窟も無理やり広げられたって感じはなかったよな?」
全員が「う〜ん」と唸る中でおずおずとナナカが手を挙げた。
「……まさか、もともとこの洞窟にいてそれが出てきた、とか?」
自信なさげに言うナナカだったが、その場にいた全員がそれに反対できるものを持っていなかった。
もともと洞窟に住んでおり、たまたま今まで目覚めていなかった。
それなら状況の説明はつけられる。
そうだと仮定して次に出る疑問をウィスが訝しむように口にした。
「でも、それならなんで今なのかしら〜?
今まではなんともなかったんでしょ〜?」
それにすぐに言葉を返したのはデフェット。
「あの縦穴じゃないか? あんなものがありながらワイハント殿が何も言わないのは妙じゃないか?」
あの穴は見るからに深そうだったが、それについて彼女たちは何も聞いていない。
ワイハントがあれを知らないとも思えないし、ライトを「友人」と呼ぶ彼が警戒を促さないのもおかしな話だ。
「これは……少々調べてみる必要があるかもしれませんね」
「調べる?」
「はい。ワイハント様に聞いてあの洞窟について知ってる者に直接会う方が早いかと」
「そのキャッネ族に賛成です。依頼主、さらにワイハント商会ならば情報は得られる考えていいでしょう」
ミーツェとレーアの意見に反対はない。むしろ正確な状況を確認するにはそれしか方法はない。
だが、それでは一つ問題がある。
「でも〜、それだとここから離れなきゃいけなくなるわね〜」
正直、仲間がいる場所からあまり離れたくはない。
いても何もできはしないが、精神的に嫌なものがある。
「情報を集めることや、もしのことを考えるなら、四人は欲しいところですね」
誰が残り、誰がガーンズリンドに行くのか、それが問題だ。
それをバッサリと切ったのはウィンリィ。
「なら、それぞれの組みから一人ずつ残ろう。私がこの場所に残る」
「……私も、ここに残る」
ウィンリィに続くように言ったのはナナカだった。
それに何か言おうとしたレーアだったがすぐに言葉を飲み、頷いた。
そうしてウィンリィとナナカはその洞窟近くで待機、残りの四人はガーンズリンドへと向かった。




