アイゼシュピンの洞窟
ライトたちが入ったその洞窟は思いの外広かった。
高さも横幅も動き回るには十分な広さがあり、洞窟というよりも穴蔵が伸びているようなイメージでもすればいいだろう。
そこをライトのフロースフレイムを灯りとして進んでいた。
彼らの前に現れたのは一メートルほどのクモのような生物、アイゼシュピンだ。
黒々とした色をしており、それが何匹も集まっている光景は人によっては嫌悪感すら覚えるだろう。
最初こそライトたちもそれを感じてはいたがもはや五度目ともなれば慣れてしまっていた。
「デフェ、ゼナイドさん!
俺が突破口を開くから後詰めを!」
「了解」
「ああ!」
返ってきた言葉を受け、ライトは白銀と黒鉄を携えて前進。
目の前にいたアイゼシュピンを白銀で切り裂き跳躍。
宙で体を捻りながら黒鉄を振るい、マナの刃を飛ばした。
帯状に伸ばされた刃で切り裂かれたアイゼシュピンたちの屍の上にライトは着地した。
そんな彼へとアイゼシュピンたちは糸を飛ばす。
糸自体に毒があるわけだったり、傷を負うということはない。
ただ、自由を防がれてしまえばそのまま物量で詰め寄られ、あっという間に食われてしまう。
向かってくるそれらを舞うようにかわし、白銀と黒鉄で絡め取った。
(白銀! 黒鉄!)
『わかってるわよ!』
『あー! ベタベタする!!』
ライトの言葉に答えるように白銀と黒鉄は彼から魔力を受け取り、それを元に竜巻を作り出す。
巻き起こったその暴風で糸を振り払うと、そのままアイゼシュピンの群れへとぶつけた。
ぶつけられたそれらは吹き飛ばされないように踏ん張っていたが、すぐに洞窟の宙を舞う。
白銀と黒鉄が生んだ竜巻には敵を吹き飛ばすだけで攻撃力はさほどない。
ゆえに、このあとトドメを刺さなければならないが、ライトはすでに別の個体群へと意識を向けていた。
では、今宙を舞っているアイゼシュピンたちはどうするか。
「「マーリナ・イルーファ!」」
唱えたのはレーアとウィスだ。
彼女たちの詠唱に呼応するようにマナが複数の矢を作り、それらが一直線に空中にいるアイゼシュピンたちに穴を開ける。
数体撃ち漏らしがいたがそれは全てミーツェが弓矢で打ち抜き、倒した。
アイゼシュピンが撃ち殺されていく中でもライトたちの戦闘は続いている。
「ッ!!」
小さく息を吐き、デフェットはレイピアで一匹突き刺す。
それからレイピアを引き抜きながら前方にいた集団へと蹴飛ばした。
「はぁぁああ!!」
屍をぶつけられ、動きが止まったその集団へと向かうのはゼナイド。
迷いなく、その集団へと一閃。アイゼシュピンをただの肉塊へと変えた。
そんな彼女に三匹のアイゼシュピンが向かっていた。
しかし、ゼナイドは前方にいるメインの集団に気を取られているのか気がついていない。
「まずい!」
別の個体を切っていたライトはすぐに言葉をかけながら駆け寄る。
しかし、ただ走ったのでは奴らが放つ糸には追いつけない。
(投げるぞ白銀!)
言うと同時、走っていたライトは歯を食いしばり、白銀を投げた。
『する前に言いなさいよー!!!』
ライトと黒鉄にだけ聞こえる声を引きながら白銀は真っ直ぐにアイゼシュピンに突き突き刺さった。
それらは突然飛んできた攻撃の方向、ライトへと注意を向け、足を止める。
狙い通りの結果になり、心の中で「よし」と言ったがアイゼシュピンたちが糸を飛ばしてきた。
放たれた糸は左腕に絡み付き、その衝撃でライトは地面に倒れた。
(これ、かなりやばい……!)
ゼナイドを狙っていた個体はすでに彼女自身とデフェットが倒したため、それらに襲われる心配はしていない。
問題は倒れたことで見えた洞窟の天井、そこにいる一匹だ。
そのアイゼシュピンはまるで笑うかのように口を開くと真っ直ぐに落ちてきた。
魔術は間に合わない。
ウィスやレーア、ミーツェの三人もライトとの距離が近いせいで攻撃ができない。
せめて命だけでも守ろうと右腕を出したが、その腕が食われることはなかった。
かわりにライトの体に赤い血が滴り落ちる。
「大丈夫!? 光ちゃん!」
彼を助けたのはナナカだ。
鍔に三日月のような装飾を持つ綺麗な剣でライトの腕を食おうとしたアイゼシュピンを貫いていた。
「あ、ああ。腕を糸に取られたぐらいで」
「よかった……。あ、今切るから動かないでね」
半ば呆気にとられてライトは彼女の言われる通りにじっとしていた。
ナナカによって自由になった左腕を確かめるように触る。
少しベタベタするが動く分には全く問題はない。
「ありがとう。助かったよ」
「ううん。こういうことしか私にはできないから……」
「でも助かったのは本当だよ」
「そっかな……うん。なら、良かった」
軽く言葉を交わしてようやく安心できたのか、彼女はほっと胸をなでおろすように息を吐いた。
それとほぼ同時にデフェットが駆け寄ってきた。
「怪我はないか? 主人殿」
心配する視線を受けながらライトはゆっくりと立ち上がり、それらに答える。
「うん。奈々華が助けてくれたから」
「全く、油断するなって何度言えば……。
ありがとうな」
「ありがとうございます。ナナカ様。
ライト様、こちらを」
ミーツェはライトが投げ飛ばした白銀を差し出した。
それを受け取った瞬間、黒い感情を多く含んだ声が頭に響く。
『あんた、また投げたわね?』
(ご、ごめん。でも、おかげでゼナイドさんは助けられたよ。ありがとう)
ライトの反応が予想と違ったのに驚いたのか、返事は少し沈黙を置いて返ってきた。
『む……まぁ、私も怪我はないし?』
礼を受けて満更でもないのか、その声はなんとなく震えているような気がする。
少しほのぼのとした雰囲気が漂うが、黒鉄はそんな彼らへと真剣な声を響かせた。
『でも、彼女はあまりよく思っていないようだよ』
黒鉄が言う彼女、自分を少し離れた距離から見ていたゼナイドへとライトは視線を向けた。
◇◇◇
軽く言葉をかわす彼らを見ていたゼナイドは何も言葉を向けることなく、少し離れた場所からそれを見ていた。
そんなゼナイドへとウィスが言葉をかける。
「らしくないわね〜。敵に気が付かなかったなんて」
「ああ、わかっている。次は気をつける」
そう答えたがゼナイドの意識はすでに現実から半ば抜け出していた。
ウィスの言う通りだ。らしくない、そんなことは自分でもよくわかっている。
これでは自分の疑問に、彼に問う前に命を落としかねない。
それが自覚できていながら剣が迷い、体も重い。
それに苛立ちを感じ、奥歯を噛み締め、剣を握ったところでレーアから声が飛んできた。
「ウィス、ゼナイド。移動を再開するようです」
「は〜い」
「ああ……わかった」
ゼナイドはぶっきらぼうに答えるとライトたちへと向かって歩き出す。
その背中を見ながらウィスは呟くようにレーアに言った。
「ちょーっとまずいわね〜」
「かなり、です。剣も雑ですし体に力が入り過ぎています」
ゼナイドの動きがかなり雑で気配の配り方にもかなり粗がある。
普通ならいくら洞窟とはいえ、背後の敵に気が付かないなんてことはありえない。
今の彼女はナナカ以上に目が離せないほどの危うさがある。
「ん〜、私たちはゼナイドちゃんから目を離さないようにしましょうか〜」
「はい。今は、そうするほかありませんし」
二人は頷きあうとライトたちの元へと戻った。