答えのために
パブロットから依頼されて四日が経った。
アイゼシュピンが生息する洞窟はガーンズリンドから北東に約半日ほど歩いた距離にある。
平原の近くにある小高い丘にポッカリと空いた洞窟。そこの前にライトたちはいた。
そして、ナナカたちもいた。
その中の一人、ゼナイドからの視線が少々こそばゆいく、同時に悪寒が走るような不思議な感覚にライトはとらわれていた。
「ここが、そうなの〜?」
正直なところウィスのその妙に間延びした声が今はありがたい。
「だと思うけど」
ライトはちらりとミーツェの方を見た。彼女は肯定するように一度はっきりと頷いた。
「では、行くぞ」
「あ、待って」
洞窟の中へと向かおうとしたゼナイドの背中をライトは咄嗟に呼び止めた。
その言葉を受けた彼女は睨みつけるような鋭い視線でそれに答える。
剣のような鋭い気配に気圧されるが、浮かんだためらいをぐっと飲み込み、続けた。
「いくら広い洞窟でも無策に突っ込んだら混乱する。
俺とデフェット、ゼナイドさんが前衛。
中衛はミーツェ、その護衛にウィンリィとナナカ。残りは後衛って感じで進むといいと思うんだけど?」
ウィンリィたちはそれに問題がないと判断したようで各々返事を返したが、レーアは違った。
ウィス同様、彼女も今まで会っていた時のように少し距離感を覚える口調でライトへと確認でも取るように質問する。
「本当にそれで構わないのですか?」
「ん? どういうこと?」
「私たちに背中を預けて良いのですか? という意味です」
「ああ、いいんだよ。俺は君たちが背中から攻撃をしてくるとは思ってない。
君たちだって中でなにが起こってるかわからない。保険はあったほうがいいと思うけど?」
そう返されたレーアは満足した様子はないがひとまず答えとして落ち着けたのか黙り込んだ。
彼女の反応を肯定と受け取ったライトはゼナイドへと自分の提案の可否を視線で問う。
ゼナイドとしては彼の提案は盲点だったのか苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていたが、反対する気はないようで頷いた。
一番不安だった人物からひとまずの同意を得られたことで安心し、力を抜くように息を吐いたライトへとおずおずとナナカが声をかける。
「慣れてるんだね。光ちゃん」
「ん? んー、そうかな?」
「そうだよ。昔と違ってなんか頼もしい感じ」
褒められることを何度か経験したが、ナナカのような素直な感想は少々こそばゆい。
彼女の元々の性格を知っていればなおのことだ。
気恥ずかしそうに頬を掻いていたが、ふと彼女の言葉を思い出し、眉をひそめた。
「ん? 昔と違って?」
「あっ」
しまった、とでも言いたげな顔を見て自分が引っかかった言葉は本当にあったことを確信。
そうしながらも、とぼけたようにライトは問いかける。
「ほう、昔の俺は頼もしくなかった、と?」
「えっ、えーっと……」
「散々、お前の仕事手伝って? 課題も見せて? 頼りになっていなかったと?」
「いえ、とても頼りになりましたはい」
ナナカは今までのことを思い出し、潔く認め、謝った。
その様子を見てライトは肩をすくめ、いつもの声音で言う。
「まぁ、言われても仕方ないよな……。
でも、俺も結構頼りにしてるんだぜ?」
「え? そうなの?」
「そりゃそうだろ。俺はゼナイドさんたちのことを何も知らない。
何かを言ったとしても俺よりもナナカの方を聞くだろ」
「……そうかな?」
「うん。俺はそう思ってるよ」
「わかった。少し頑張ってみる!」
ナナカの良いところはこういうところだろう。
ポジティブで誰かから向けられた期待に応える。応えられるように努力できる人間だ。
無理であれば「助けて」と言うことができるのが彼女という存在だ。
だから、ナナカには背中を任せられるし、その彼女が信用している者ならば多少は信じられる。
ナナカの言葉にライトは笑顔を浮かべた。
◇◇◇
ライトとナナカが言葉を交わす中、ゼナイドは深呼吸をしていた。
(落ち着け)
彼らとの間にわだかまりがあるのはたしかだ。時間がないのも事実だ。
しかし、功を焦っていては基本的なことすら見失ってしまう。
先ほどのライトの提案などある程度戦ってきた者ならば簡単に思いつくことだ。
現在の合計人数は八人。しかも今回の戦場は洞窟だ。
そんなところで各々が無作為に動けば、同士討ちが起こることもあり得る。
それが原因で混乱し、場が乱れてしまえばそのまま全滅もあることだ。
彼の提案は誰でも思いつくことで当然のこと。
ゼナイドは自分を落ち着かせるようにそう心の中で唱え続ける。
(そう、落ち着け……)
落ち着きさえすれば、技術的にライトと大差はない。むしろ上だという自負がある。
勇者がなんだ。外の世界から来たのがなんだ。
そんなものは今は関係ない。
唱えるのは冷静。振るう力はいつものように。
何も初めて剣を振るうわけでも、戦場に立つわけでもない。
いつものように、落ち着いて行動さえすれば何も問題はない。
「ゼナイド」
いつの間にか思考の海にいたゼナイドその声で意識を現実に向けた。
その方へと顔を向けるとその先にはレーアがいた。
「……仕掛けますか?」
端的な問い。
普通ならそこで「誰に何を?」と聞くところだが、ゼナイドにはレーアが何を言わんとしているのかはわかった。
「いや、今はやめておこう」
これはチャンスだ。
ライトは自分たちに背中を預けている。やろうと思えばその背中に剣を突き刺すことはできる。
例え、自分の命が消えることになったとしてもできること。
しかし、今それをするわけにはいかない。
騎士としての矜持ではなく、ゼナイド・ミリアスとして彼に問わなければならないことがあるからだ。
それまで殺すわけにも、殺されるわけにもいかない。
「個人的な理由、ですか?」
「ッ!?」
まるでそのことを知っているとでも言うようなレーアの言葉にゼナイドは目を見開いた。
その反応を見るやいなや「やはり」と言う色が含まれる息をついた。
「まぁ、私としても彼の行動を見たい、という思いがありますから。どうこういうつもりはありません」
「すまない」
「あなたの考えは関係ありません。これは私の考え、私の思いです」
それだけを言うとレーアは少し離れた場所にいたウィスのところへと向かった。
それを見送り、ゼナイドは視線を暗い闇が広がる洞窟へと向ける。
(この迷い、その答えをなんとしてもここで出す)
ゼナイドは自らを鼓舞させるように使い慣れた剣の柄を優しく撫でた。