捨てた選択
別れの言葉はいつものように間延びした声で、どこか掴みどころのない笑みを浮かべながらウィスは帰った。
ちなみに、ゼナイドの剣も彼女経由で返しておいた。
残されたウィンリィとデフェットは言葉なくリビングに来るとそれぞれいつもの席に座る。
ウィンリィが重々しい口を開いた。
「……どう思う?」
そう問いかけられたデフェットは考えをまとめるように少しの間をおいて答える。
「グループであれば内部で衝突することはありえる」
「勇者派もそうだ、と?」
「むしろ、彼女たちは無理やり祭り上げられた。そう考えられないか?」
彼女たち自身は望んで今の立場になったわけではない。
そもそも、勇者派とライト派の派閥争いも貴族連中が勝手に始めたこと。
一度話した時の印象しかまだないが、少なくともナナカはそうだろう。
ウィスの言葉を信じるのならウィス自身もそうだ。
私たち、と言ったところからもしかするとそもそもあのメンバー全員がただ利用されているだけかもしれない。
その話を聞いたウィンリィは素直に浮かんだ疑問を口にする。
「ゼナイドは違うだろ?
あいつの殺意は本物だったし、剣だって向けた。
ミーツェがいなかったらどうなっていたか……」
「そうかも知れんが、そうとも言い切れんぞ?」
「どう言うことだ?」
「大切なものを奪われそうにもなれば躊躇せず剣を抜くだろう」
「……何か弱みでも握られている?」
「もしくは、相応の対価がある」
デフェットの予想が正しいのであれば、ゼナイドが握られそうな弱み、ないし対価がわかれば彼女がライトへ殺意を向けることがなくなるかもしれない。
さらに彼女たちは騎士だ。上手くいけばこの騒動を収めるのに一役買ってくれるだろう。
二人がそこに行き着いたところで玄関のドアが開くと同時に声が耳に届いた。
「ただいま〜」
それはライトの声だ。声音からして上手く言ったようだが、結果を聞くまではわからない。
それを聞くついでにウィスとの間で起きたことを話すのを二人は決めて、彼へと出迎えの言葉を向けた。
◇◇◇
ライトたちはナナカとレーアに一緒に何か仕事をすることを話したことを、ウィンリィたちはウィスの話とそこから出した考察を共有していた。
それぞれ聞いた内容を噛み砕くための少しの沈黙を置いてライトが全員に問いかける。
「……これ、もしかしていける?」
「いけなくはない、か?」
「まぁ、最初の絶望的な状況よりはマシ程度だろう」
「そうですね……正直、予想外の展開でどう動くべきか迷いますけど」
ミーツェの言う通り、この展開は予想外だった。
ナナカは例外の存在として、他の三人との協力など無理だと思っていた。
だが、彼女たちの力を借りられるのならば、ライト派と勇者派の勢力均衡を狙うという策を使う必要はない。
働きかけることができる存在が得られるということは、そもそも二つの派閥の対立すらも突き崩せる可能性が生まれるからだ。
もちろんまだまだ考えることは多い。
そもそも、それぞれに向かっている意識を魔王という共通の敵に向けさせるにはどうすればいいのか。
ゼナイドが握られている弱みとはなんなのか。
問題はあるが光はある。ひとまずとして考える問題はまた別だ。
「とりあえず先に考えるのは受ける依頼だろ?
こう、インパクトがあるやつがいいよな……」
ライト派はともかく、勇者派に「彼らと協力しなければ」と思わせるような依頼をこなすのが手っ取り早い策だ。
しかし、それを言った本人であるウィンリィ含めて全員が眉をひそめる。
「インパクト……ですか」
例えるのならばバハムートのような巨大な生物を倒すことが早いのだが、そんな物がいる噂は聞いたことがない。
全員が頭を抱える中、ドアベルが鳴らされた。
「出てきます」
「あ、うん。お願いミーツェ」
ミーツェがライトの言葉を受けて立ち上がり、玄関へと向かう。
彼女が対応をしている間にも残った三人で意見を交わしていた。
とりあえず噂はないにしてもギルドで依頼を見るなり、そういう噂話レベルでもいいので調べるなりするべきか。
あーでもないこーでもないと話していると玄関で対応をしていたミーツェがリビングに戻り、声をかける。
「ライト様、ワイハント様がいらっしゃいました」
「あ、うん……うん!?ワイハントさん!?
遣いじゃなくて?」
「はい。御本人様です」
遣いではなく、わざわざパブロットが出向いてくるとは思っていなかった。
ライトたちはそれぞれ顔を見合わせたが、ひとまず彼の話を聞くのが先だ。
「わかった。応接室に通して。あとお茶もお願い」
「はい。すぐに」
深々とお辞儀をしたミーツェは玄関に、ライトはすぐに応接室へと向かった。
◇◇◇
ライトとパブロットの前にお茶が出されたところでライトが切り出す。
「それで、突然どうしたのですか?
まさかワイハントさんが直接足を運ぶなんて……」
「いや、なに。少し込み入ったことになってしまったからね」
その言い方に首を傾げたところでパブロットがそれに答えるように話し始めた。
「クラウ・ソラスの件だよ。東副都の方まで持って行ったので時間がかかってたんだ。
それでだが、改修自体は可能なようだ。技術的な問題で君の設計図とは少々変わるが……」
改修ができるのならばそれで良いはずだ。
しかし、彼の言い方はどこか引っかかる。
「まぁ、一つ問題があってな」
「問題、ですか?」
「ああ、シルバーナーヴが無いんだ」
シルバーナーヴとは魔力を通して操作ができる紐だ。
それは【アイゼシュピン】と呼ばれる蜘蛛に似た生物の張る巣をもとに作られている。
それが生息する近くの洞窟でとある獣が住み着いてしまったらしく、並みの者では倒せず、騎士たちも「住人に被害がない」ということで動かないため、まともに採れなくなった。
加えて、特に良い質の物は在庫もないためどうしようもなくなり、この話をライトたちに持って来たらしい。
「その生物とはなんですか?」
「長い尻尾を持ったカメに似た生物らしいが、それ以外は……。
ついでだが、アイゼシュピン自体はさして強くはない。群れになると面倒らしいがな」
「ともかく、それをどうにかしなければならない、と言うことですか」
「そうだ。君たちなら十分に可能だと思うが、どうだろう?」
答えを出すために考えていたが、そんな中である案がライトの中に浮かんだ。
(渡りに船とはこのことかもしれない)
「実は––––」
ライトは浮かんだ考えと先ほどまでウィンリィたちと話していたことをパブロットにも伝えた。