助けを呼ぶ声
留守番をしているウィンリィはわかりやすいほどにソワソワとしながら視線を窓の外へと向けていた。
そんな彼女へとデフェットがどこか呆れたような息を吐きながら言葉をかける。
「心配になるならば背中を押さなければよかったのではないか?」
「うっ」
多少なりとも自覚はあったのかウィンリィは呟くように口を開いた。
「だ、だって……さ。
あんな落ち込んでるアイツ見たくないって思って」
そこにはいつもあるような覇気は感じられない。
正直なところデフェットにも何か良い案があったわけではない。
そのため「そうだな」と同意の声を漏らした。
二人とも数人よりも一人で行動する時の方が長かった。
ライトと共に旅をするようになって多少マシにはなったとは言え、そんな彼女らには誰かを元気付ける具体的な方法などすぐには浮かばない。
「そもそも、文字通り世界が変わるなんて、私にはどんな感じなのかわからないしな」
比喩でもなんでもなく、住んでいた世界が変わるなど、それを体験して何を感じるかなどわかりようがなければ想像もできない。
もし、それらをこの世界でわかることができるのだとすればそれはライトと同じ経験をしているナナカだけだ。
「例え、彼女が敵になっても、か?」
ライト派に対抗する勇者派。それに属しているのだけは間違いはない。
顔のない暗殺者を差し向けた可能性もあり得るのだ。
そんな未だ疑い晴れぬ者たちと行動を共にしようとするなど普通ならありえない。
「その時は、その時だ。今はそう思うしかない。
ライトにも言ったけど、どちらにせよあいつらとはどこかでぶつかるんだ。
なら、策を打たれる前にやるのがいいだろ。
それに––––」
急に雰囲気が変わったウィンリィに首をかしげるデフェット。
それに答えるように小さく彼女は呟いた。
「––––話したいことがあるんだ」
ウィンリィが言った彼女たちに話したいこと。
その内容を聞こうとしたがそれが言葉となる前にドアベルが鳴らされた。
二人揃って玄関の方へと視線と警戒を向ける。
「パブロットの従者、か?」
「……いや、これは」
なんとなく気配が違う。二人の感覚はそう訴えていた。
では、誰だろうか。
すぐに浮かんだのは顔のない暗殺者とナナカの仲間たちだ。
もし、ライトの身に何かあったのだとすれば、何かしらを伝えるために遣いを寄越す可能性は十分にある。
念のため武器を取ってこようとしたところで玄関の方から声がした。
「私よ〜。ナナカちゃんの仲間の〜、ウィスよ〜」
間延びした女性の声だ。
その声が名乗ったように確かにそれはつい一週間ほど前に僅かに会話したウィス・シーパルと名乗った女性のもの。
少しの沈黙の後、ウィンリィが口を開いた。
「私が出る。デフェ、何かあったらすぐにライトを探してくれ」
彼女が頷くのを見てウィンリィは玄関へと向かい、その扉を開いた。
「あ〜、よかった〜。留守かと思っちゃったわ〜」
本当に安心したように笑顔を浮かべたウィスはホッと胸をなでおろした。
しかし、それにむしろウィンリィは警戒を強め問いかける。
「……何の用だ。ライトならここにはいないぞ?」
「あら〜、ん〜、むしろその方が良いのかしら〜?」
ウィスが小さく言っている間に辺りの気配を探る。
(何も、居ない?)
少なくとも彼女が察せるところに人はいない。
一人しかいないのだろうか。そう思ったところで警戒をその身に受けていたウィスはパンと手を叩くとにっこりと掴み所のない笑みを浮かべた。
「ひとまず、入れてくれるかしら〜?
話したいことがあるのよ〜」
「……わかった。だが、茶は出せんぞ」
「大丈夫よ〜、そんなに長い間いる気は無いから〜」
一人だけならば数で勝る自分たちでも対応できる。
そう思いウィンリィはウィスを家に通した。
◇◇◇
応接室に通されたウィスはウィンリィに薦められたソファに腰を下ろした。
金の都合上、買い替えができていないソファの肘置きには短剣が突き刺さっていた跡ある。
それを見て彼女はその時のことを思い出したのか申し訳なさそうに言う。
「にしても、この間はごめんなさいね〜」
「……別に良、くはないけど。あんたのしたい話はそんなことじゃないだろ?」
隠そうともしないその警戒を受けたウィスは少し悲しそうな顔をしながら口を開いた。
「あなたたちに協力を頼みたいのよ〜」
相変わらず間延びした声だが、そこには真剣味がある。
それを聞いた二人は顔を見合わせ眉を潜めた。
浮かんだその疑問をぶつけたのはウィンリィ。
「お前はライトを敵視していたじゃないか。なんで協力を求める」
あの日、初めて出会った日にゼナイドは剣を向けたが止めたのはナナカだけだった。
二人は止めようとする素振りもなかった。
「あら〜? 私は常識を言ったまでよ〜?
スタンスとしてはゼナイドちゃんは反対、レーアちゃんは反対よりの中立ってところかしらね〜」
そう言われて彼女たちの行動を思い出す。
たしかに、剣と殺意をライトに向けたのはゼナイドという騎士風の女性だけだった。
ナナカは止めていたし、二人はただ話すだけで何もしていない。
少なくとも積極的に殺そうとしてはいなかったのはたしかだ。
思うところはあるが今の主題はそこではない。
「……それで、具体的に協力って何をすれば?」
「私たちを、助けて欲しいの〜」
「「ッ!?」」
目を見開き、言葉を失うウィンリィたちにウィスは続ける。
「魔王を倒すよりもライトくんを殺すことに執着しちゃってるのよ〜
ゼナイドちゃんも、貴族たちもね〜」
「それを、どうにかしろ、と?」
「ええ〜、そうよ〜。私たちだけではとてもじゃないけど相手にできないもの〜。
でも、あなたたちの力を借りられれば可能性はあるわ〜」
貴族同士の派閥争いをどうにか納めたい。
しかし、それをするには自分たちだけでは力が足りない。
そこで、相手派閥の中で最も簡単に接触でき、話もできる者たちと話し協力体制を作る。
それはライトたちが一番最初に出して同時に諦めてしまった案だ。
「もう一度、言うわ。
私に、私たちに力を貸して。あなた達の、その力の全てを」
そう訴えかけるウィスの声は今までとは違い、間延びしていない物だった。