悩みと後悔
ライトは家のリビングで大きくため息をついていた。
ナナカと再会し、パブロットに打開策を話してからすでに一週間が経とうとしていた。
あれから良い策は出ず、パブロットもクラウ・ソラスの改修の相談が長引いているのか連絡はない。
更に言えば、顔のない暗殺者の襲撃もなければ、ナナカとも会えていない。
言い換えれば実に平和な一週間だった。
「んな、辛気臭いため息ついても変わらんだろ」
「って言っても……こうも何も進展がないと、焦るよ」
「一応ミーツェがあいつらが泊まってる宿は見つけたんだろ?
会いに行って直接お前の考えをぶつければいいじゃないか。得意だろ?」
ウィンリィはさらっと言いのけるがたしかにそれは自分が良くしていたこと。
ライト自身そうしようとしたし、そのためにミーツェに宿を探らせた。
しかし、そこまできて行動に移さないのは単純にゼナイドの存在があるからだ。
他の二人やナナカよりも彼女の存在がずっとライトの中に引っかかっている。
「せめて冷静に話し合えるような状況になればっとは思うけど……」
首を傾げて唸るライト。
もはや見慣れたそれを見てウィンリィが問いかける。
「なら、あいつらと一緒になんか仕事やるか?」
「……はぁ?」
「うだうだ悩むのも良いけど悩み過ぎると気が滅入るだろ。
ならいっそのことパーっと体動かした方がいいんじゃないか?」
ウィンリィの言葉を噛み砕くためにライトは少しの無言。
そして、それを認識すると首を横に振った。
「いや、いやいや! 無理だろ!
話を持って行ったとしても受けてくれるとは思えない!」
「いや、そうとも限りませんよ」
突然横から声が飛んできた。
そこには買い物から帰ってきたミーツェとデフェットが立っていた。
ライトを止めた言葉はミーツェが言ったらしく、更に続ける。
「少なくとも彼らはまともな支援を受けられているとは思えません。
金使いに派手さがありませんし、彼女たちが泊まっている宿も値が張る場所ではありませんから」
「向こうとしてはここに住んでいる我々よりも金銭的な余裕はないと考えられる。
金を積めば自ずと首を縦に振るしかあるまい」
三人の言う通りに行動するかどうか関係なく、貴族たちを拮抗状態に持ち込んだ後の行動があるためナナカたちと話す必要がある。
今しなくとも今後必ずどこかで話すことは確定しているのだ。
(白銀と黒鉄はどう思う?)
『ん?まぁ、あんたの好きにすればいいんじゃないの?』
『そうだね。やることは変わらない。違うのタイミングだけ。
君が決めればいいと僕たちは思ってる』
白銀と黒鉄の言う通り、要はタイミングの問題だ。
ウィンリィたちは「どうせ無茶が入るのならば、今すぐに動く方がいい」と考えている。
白銀と黒鉄は「タイミングの問題だから、好きにしろ」と決断をライトに任せている。
「どちらにせよ。動かないと変わらないってことだよな。やっぱり……」
ライトは目を閉じ、しばらく無言で考えをまとめていた。
そして、落ち着かせるように息をつくとミーツェへと言葉をかける。
「ミーツェ、俺をナナカたちのところに案内してほしい。頼めるか?」
「御意に」
お辞儀しながらそう言った彼女からウィンリィとデフェットへと顔を向けた。
「ウィン、デフェ。しばらく留守を頼む」
「ああ、頼まれよう」
「焚き付けておいて言うのもあれだけど……頑張れ」
二人の言葉を受け、ミーツェの案内でライトはナナカたちが泊まっているであろう宿へと足を向けた。
◇◇◇
泊まっている宿のベッドの上でナナカは膝を抱えていた。
膝に乗せた顔の目はどこか虚ろで窓から見える空を眺めていた。
「やっぱりあんな別れ方しちゃったからね〜
そりゃ、落ち込みもするわよね〜」
そんな彼女を見てウィスはその原因を作り出した者へと横目で視線を投げる。
言葉も誰かを特定して発せられたものではないが、それの原因を作り出した者は一人だけだ。
それらを向けられたゼナイドは自覚があるのか少し苦い顔を浮かべる。
「し、仕方あるまい。彼は敵になるかもしれない存在だ。
今、もしもに備える余裕など我々にはない」
「でも……だからって、いきなりあんなことをする必要なんてなかったよ」
ゼナイドにしてはそこから返事が返ってくるとは思っていなかったらしく、反射的に視線を向けた。
そこには空を見ていたはずのナナカの顔があった。
彼女の目は虚ろなそれではなく、意思を持った目だった。
それでゼナイドを射抜きながら呟くように口を開く。
「光ちゃんは、変わったけど変わってなかった」
「……後悔しているのですか? 私たちについてきたことを」
レーアの問いにナナカはすぐに応えようと口を開きかけたが、言葉が出る前にそれを閉じた。
何も答えない代わりに首を横に振る。
さらに追求しようとしたレーアの肩にウィスが手を置いて止めた。
「なら、ナナカちゃんはどうしたいの?」
「私は……また、光ちゃんと話したい」
ウィスはその答えを予想していたのかを「やっぱり」と言わんばかりに肩をすくめてゼナイドへと言葉を向ける。
「って、言ってるけどあなたはどうするの?」
「……少し、席を外す」
ゼナイドは飛んできた質問に答えず、逃げるようにぶっきらぼうに言いドアへと向かう。
部屋から出ようとドアノブに手をかけたところで首だけを彼女たちに向ける。
「私は、民を守る盾であり、民を苦しめるモノを倒す剣である騎士だ。
この世界を守るのは私たちだ。外の世界の者ではない」
そう小さく、しかしウィスやナナカにわかるように言い、部屋から出て行った。
(少しは、打ち解けたと思ったんだけどなぁ〜)
ゼナイドが出て行った扉を見つめてウィスはため息をつく。
ちょうどその時、同じく扉を見ていたレーアが問いかけた。
「ウィスは、どう考えているのですか?
勇者やあの者について」
「……私としては生まれた場所が違うだけにしか思えないわね〜」
少なくともナナカやライトたちは同じ人間の姿をしている。
生まれた場所が違えば、考え方が変わるのは当然のこと。
“世界が違う”という理由だけではゼナイドのような拒否をすることはウィスにはできなかった。
ウィスは視線だけで「あなたは?」とレーアへと問いかける。
「私はよくわかりません。私は私のために動いているに過ぎない。
だから、他について聞かれてもわからないとしか言えません」
レーアの言葉には「だから質問した」という意味が言外に含まれていた。
「わからないならわからないでいいと思うわよ〜」
(そう、それならそれでいいと思うんだけど、あの子にはそれを教えてくれる人がいないのよね〜)
それを心の中でつぶやいたところで何か思いついたのか「あっ」と小さく声を漏らしドアへと向かった。
「ちょっと出かけてくるわね〜。お留守番よろしく〜」
自問自答でも繰り返しているのか、二人はその言葉に何も返すことはなかった。
それを少し寂しく思いながらもウィスは部屋から出て、宿屋の廊下を歩く。
(せめてものお詫びのために––––)
「すこ〜しだけ、頑張ってみようかしらね〜」
言葉はいつものように間延びしたものだったが、どこか決意のようなものを感じられた。