打開策
翌日の昼過ぎ。
ライトはワイハント商会の応接室にいた。その後ろにはミーツェが立っている。
彼らの目の前にはテーブルを挟み、パブロットがいて差し出された紙に描かれた物を見て興味深そうに呟いた。
「ふむ、クラウ・ソラスの改良案か……」
「はい。タジェルとの戦いで中距離に対応できないのを不便に感じましたので」
クラウ・ソラスの性能を十分以上に発揮させるには二本セットで使う必要がある。
しかし、単体で扱うにはリーチの短さという問題があった。
その欠点を補うために考案したものが今パブロットが読んでいるもの。
具体的には鞘と柄をシルバーナーヴで繋ぐという単純な改修。
「ふむ。なるほど。
戦う者であるがゆえの意見だ」
この改修案は昨晩と朝の間に考えたものだ。
かなり雑である事は重々承知している。
だが、彼は一度頷いた。
「任せたまえ、と私が言うわけにもいかんな。
クラウ・ソラスと共にこれは一度技術屋に持っていくが、構わんな?」
「はい。お願いします」
「ひとまずはこの改修が可能かどうかを聞いてから細かく決めよう」
パブロットは言うとテーブルの上にあるベルを鳴らす。
するとすぐに従者なのだろう男性が現れ、クラウ・ソラスと紙を受け取り、部屋を後にした。
「話、というのはそれだけかい?
なんでも言ってくれ“掃除は綺麗にできている”」
「さすが、ですね」
「当然さ。君は客であると同時に友人。
そんな者を招くんだ。
“ネズミ一匹すら聞き耳ができない”レベルさ」
掃除は綺麗にできている。
それは魔術等でこの部屋の内容が外に流れる事はないということだ。
ネズミ一匹すら聞き耳ができない。
それは部外者がこの部屋の付近どころか、この屋敷の近くにいないということだ。
そこまで言い切ったパブロットを目にしてライトはそれを切り出す。
「デフェから聞きました。
今、貴族たちが勇者派と私派に分かれていると」
「ああ、そうだ。
魔王討伐に関し、どこまで支援し、その後、どれほどの見返りを君や勇者から得るか……
まぁ、よくある派閥争いだ」
貴族たちにとってはよくある派閥争いだ。
だが、それに巻き込まれるライトやナナカ、一般市民たちにはたまったものではない。
現状問題なのは、それぞれの派閥同士の戦力に偏りがあるということだ。
顔のない暗殺者が自身の命を狙っていた。
それだけの事実で少なくとも勇者派は強行策に出なければならないほどに追い詰められている。
対して、ライト派は目立った動きがない。
夜に出会ったナナカの友人、ゼナイドからは特に強い憎悪のようなものを感じたが、あれは個人的な感情。
言葉からの推察だが、組織的にどうこうということはないように見えた。
それはつまり、ライト派は勇者派よりも穏便に進めているか、そうする理由がないから手を降していないということ。
その一通りの説明、仮説を受けたパブロットは彼の成長を感じてか、どこか嬉しそうにしながらも唸る。
「私が個人的に協力する分には構わんがな……。
何か策があると?」
その問いを受けて、ナナカたちと別れた後のことをライトは話し始めた。
◇◇◇
「勇者派を拡大させて、ライト派を焚きつけるぅ?」
「どういうことでございましょう?
ライト派へと支援を求めるならばともかくとしてなぜ?」
ウィンリィとミーツェの疑問の声にライトは少しの訂正を加えた。
「わかりやすく言うなら、対立を煽るんだ」
「待て!主人殿。
それではむしろ争いの火種が大きくなる。下手な犠牲を生むことになりかねんぞ」
デフェットの懸念はもっともだ。
それはライトも己の案の欠点として自覚している。
だが、これにそれ以上の利点があるのだ。
ゆえに、ライトは首を振り、言葉を続ける。
「いや、少なくとも今の状況よりは多少マシになる」
ライトが狙っているのは“勢力均衡”だ。
文字通り派閥の力を均衡させ、どちらも露骨に動けなくするという方法。
これならば貴族達だけの睨み合いに押し留められる。
「だが、今は勇者派が劣勢だろ?
顔のない暗殺者とかバハムートを煽ったのも、情勢が良くないから大元のお前を殺すって行動に出たんだろ」
「ライト派が動かないのは動く必要がないから、という予測ですか」
「ああ、下手に動くよりボロが出たところを突けば落ちるのは早いだろ」
「ふむ……だが、現状そのボロすら付いていない」
顔のない暗殺者はまだ「あいつが勝手にやった」とシラを切ることもできる。
だが、バハムートの件は別だ。
街に住む者たちにも死者や被害を大きく出した。
流石にこれだけの被害を貴族一人、一族のみに負わせるのは明らかに無理がある。
派閥そのものの弱さになるはずだ。
「それは……おそらく内部でも誰がどうするかを決めかねているのでしょう。
勇者と違い、ライト様は貴族たちとのパイプを多くは持ちませんので」
「ついでに言や、勇者並みの力を制御できる自信がない、ってことか」
「そこはどうするのだ?主人殿」
「それも解決できる。
派閥同士の睨み合いになれば相手派閥が共通の敵になるからな」
まとめると現状、勇者派とライト派ではライト派が優勢となっている。
ライト派が動かないのは、優勢を自覚し、その後に誰がどのように利益を得るかで揉めているため。
勇者派が強行策に出るのは、劣勢を認めており、その状況を覆すため。
それをまとめてひっくり返すのが勇者派を大きくしてライト派を焚きつける、ということだ。
そこまでの情報を出されてミーツェがライトの考えに行き着いた。
「なるほど。現状ライト派は余裕がある。
だから勇者派の動きを放置して内輪揉めをしている、ということですね」
それに遅れてウィンリィ、デフェットも彼の考えをようやく理解する。
「あっ!そうか、だから勇者派を大きくして敵とすれば……!」
「……そんなことをしてる余裕がなくなり、ライト派は勇者派に対処せざる終えなくなる」
全員がそこに行き着いたのを確認してライトは頷いた。
「そう、勇者派はライト派から警戒を向けられるから下手に動けなくなるし、ライト派は内部争いなんてしてる場合じゃなくなる」
◇◇◇
「ふむ……良い案だとは思うが、勇者派の戦力拡大とは具体的にどうする?」
「早いのは何かしらの事件を解決する、ですが……正直、まだこれといったものが」
申し訳なさそうに頭を下げたライトを安心させるようにパブロットは口を開いた。
「ああ、いや。責めているわけではない。
策ができたのならばあとは煮詰めるだけだ。
何もない状態から前へと進めた」
「そう言っていただけると、少し安心できます」
「はははっ、ならば良かった。
さて、話はここまで、だな?」
「はい。今回の件、っとクラウ・ソラスの件、お願いします」
ライトの中にはまだ不安はある。
この策を煮詰めることも必要だが、他にも策がないのかを考える必要があるからだ。
しかし、とりあえず進む方向を決めることはでき、パブロットの協力も得られる。
今日はここまでの前進で良しするべきだろう。
それから、ライトはパブロットと軽く言葉を交わすとワイハント商会を後にした。