巨大な相手
緊張が解けたライトは深く息を吐いてソファに深く座り込んだ。
「はぁっ……びっくりした。
いきなり剣を向けられるなんて」
「にしては、雰囲気出てたじゃないか」
「気迫でどうにか下がってもらえましたからね。
下手に戦闘になれば本当に人死にが出たところでした」
ほっとしたようにライトたちは胸を撫で下ろす。
ミーツェが再びお茶を入れるため、部屋から出て行こうとしたところでデフェットがゼナイドが放置していった剣を拾い上げた。
「少し待ってほしい。これを見てくれ」
彼女が差し出した剣には綺麗なレリーフの造形がされている。
扱いも相当丁寧なようで使い古された感はあるが、錆びているような箇所はない。
強いて言うならその程度で他に言うことはない。
「ん?普通の剣だけど?」
「いや、紋章があるな。
これ、どっかで見たこ……あっ、これ!!」
ウィンリィはデフェットからその剣を受け取り、持ち手の端に刻まれた紋章を指差した。
それは頭は龍で虎のような手足、亀のような甲殻に鳥のような大翼を持つ不思議な獣の紋章だった。
少なくともライトはそれに見覚えがない。
首を傾げた彼の後ろからそれを見たミーツェが説明をするかなように口を開く。
「これは……聖王騎士団の紋章ですね」
「聖王騎士団って、たしか王都専属の騎士団だっけ?」
「より正確には貴族直属の、です。
王都専属にはまた別の騎士団、中央騎士団がありますから……」
聖王騎士団は副都やガーンズリンドのような街にいる騎士の中から選ばれる。
通常の騎士よりも位がいくつか上で貴族に一番近い騎士という扱いだ。
その証拠として、聖王騎士団に所属すると家名を持つことが許される。
「へー、そういや、全員家名があったな……」
「シーパル、ヴァミル、ミリアス。どの家名も聞き覚えがあります。
古くから家名を持つ家々です」
「でも、えっと、ウィスさんとレーアさんだっけ? は騎士っていうよりも魔術師っぽかったけど?」
「いえ、騎士というのはあくまでも階級です。
剣を持っているか、馬に乗っているか、甲冑を着ているかどうかは関係ありません」
今度は三人で「なるほど」とでも言うように感嘆の声を漏らした。
そこで再び視線をその紋章へと下ろしたデフェットが何か思いついたのか「あっ」と声を上げた。
「そうか……。そういうことか……」
「どうかした? デフェ」
ライトの質問に答えるようにデフェットが話し出したのは少し前にパブロットから聞いた話だった。
転移者であるナナカ派とこの世界の住人であると思われているライト派で貴族が二分化されていること。
一応ライトは全てを静かに聞いていたが、その顔は険しい。
おそらく自分もパブロットから話を聞きながら無意識にそのような表情をしていたのだろう。
そして、彼から出た感想もまた、デフェットと同じものだった。
「身勝手な……。
俺のことも、奈々華のことすらも全く考えてない」
「貴族の政争なんて正直あまり深く考えたことなかったけど……酷いな」
「それに、よくある頭のすげ替えではありませんからね。
魔王討伐が遅れればそれだけ被害が出ます。それに、その政争に巻き込まれッ!?」
「「「ッ!!」」」
ウィンリィに続いてミーツェが感想を言おうとしたところで全員がその答えに行き着き、目を見開いた。
まさか、とは思った。
ありえないとも、そこまでするわけがないとも思ったが、今までの出来事はそう考えることを許さない。
「顔のない暗殺者は––––」
「いわゆる勇者派が差し向けてきた存在」
「しかも、たぶんバハムートを突いてわざわざ攻撃を向けさせたのも」
その時、ライトの怒りが頂点に達した。
それを表すように強く、叫ぶ。
「ふざけるなッ!!」
ライトはその怒りを少しでも鎮めるようにゆっくりと息を吐き、ソファに座る。
再び深くため息をつくと眉間を抑えて認めたくない現実を呟いた。
「政争のせいで住む家を奪われて、人が死んだのか。
本来なら死ぬはずがなかった人たちが……!」
しかもそれに自分が間接的に関わっている。
シリアルキラーの時のような異常ではない。
ライトが転生する前の世界でもあったであろう権力者たちの勢力争い。
それのせいで死んだ者がいるなど、奪われた者があるなどライトには許せるものではなかった。
「俺だけならまだいい。俺だけが苦しむならまだいい。
でも、無関係な人まで巻き込むかよ……!」
先ほどとは違い、少し落ち着いているようだが、その声には隠しきれないほどの怒りが込められていた。
ウィンリィたちはそれに何も言えない。
おそらく、貴族たちからしてみれば民衆のことなど二の次なのだろう。
もし、同じようなことがまた起こるとすれば、彼らは何もできない。
相手はあまりにも大きすぎる。
そんな時、デフェットが提案した。
「ワイハント殿を頼る、というのはどうだろう?」
「たしかにあの人なら、貴族にパイプはある。そこからライト派とやらに接触できれば……!」
「ですが、もし勇者派が紛れていれば、下手をすれば背中から切られかねません。何もなしに接触をするには、少々不安ですね」
ミーツェの言う通りだ。
パブロットは商人。商人同士はもちろん貴族にも広い繋がりを持っていることだろう。
だが、それは勇者派とライト派の両方の繋がりを持っているということだ。
ライトたちが接触のために動けば、情報が漏れ、それをもとに妨害が来る可能性がある。
「なら、ポーラ第三公女を頼るのはどうだ?
たしか、ライトはあの方から名誉騎士勲章を貰ったはずだ」
ウィンリィの提案にライトはすぐに首を横に振った。
「いや、それは一番避けたほうがいい」
「そうですね……。
今は言い換えれば、貴族たちが二分化している“だけ”に収まっている状態ですからね」
「なるほど、もし支援を受けてしまえば国自体が二つに分かれ、内乱状態になる可能性がある、というわけか」
「あー、そうか。打つ手なしかよ」
完全にないわけではない。
どちらもそれ相応のデメリットがあると言うだけ。
ただ、それだけの危険を冒してまで得られるものがどれほどか確証が得られない、ということが一番のネックだ。
「まずったな。勇者……えーっとナナカだったか?
あんな別れかたしなけりゃまだマシだったんだが……」
これが最初からわかっていれば、まだ動きようはあった。
ナナカとの共同戦線を張り、即座に魔王を討伐。
誰からの支援も受けなければ政争に利用されることはなかった。
「……すまない。私が、早くに言えていれば」
悔しそうに拳を握りしめるデフェットへとライトは顔を上げて優しい声音で告げる。
「いや、状況が状況だったんだ。デフェのせいじゃない」
「ええ。そうです。ですが、ピンチなのは変わらず、ですね」
全員が苦い顔を浮かべている中でライトが声を上げて立ち上がった。
「いや、そうだ!」
「ライト。何か浮かんだのか!?」
「うん。これなら少なくとも悪い方向には進まないはずだ。
デフェ。ワイハントさんに会いたいってこと伝えてくれた?」
「あ、ああ、あとで予定を伝えると言っていたから、遣いでも寄越すのかと思うが……」
「どういうことか説明をいただけますか?」
ミーツェが他の二人を代表してライトへと問いかける。
彼のその案を聞き、全員がその顔に驚愕の色を浮かべた。