隔たれた二人
ナナカを家の応接室に通し、ソファに座らせるとそれに向かい合うようにライトも座った。
半ば勢いに任せてあの3人から引き離すために家の中に招いたはいいものの、何から話せばいいのかをライトは決めかねていた。
問いたいことは山ほどある。
なぜ、この世界にいるのか。
なぜ、勇者などになっているのか。
元の世界で何があったのか。
まず、どれから聞くべきか。そもそもそんなものよりももっと話すべきことがあるのではないか、とライトが頭を捻る中でナナカが口を開いた。
「その、久しぶり、だね。光ちゃん……」
「あ、ああ。その、久しぶりだな。
元気、そうだな?」
「ははっ、うん。どうにか、ね」
少し戸惑いながらもそう答えたところで再び沈黙が訪れる。
2人とも次の言葉が浮かばず、顔を俯かせ、己の手を見た。
ナナカは前に垂れかかっている前髪の隙間からライトへと視線を向ける。
(光ちゃんって……こんな、感じだったっけ?)
違和感を覚える。
彼はもっと抜けているというか、雑なところがあったはずだ。
もっと全力を出せばどうにかできそうなのに、上へ行けそうなのに全くそういう素振りを見せない。
だが、今の彼はどうだろう。
どこか大人びており、現実を知っているとでも言えばいいのだろうか。
そういえば、体のラインも違っている。
明らかに一般人程度の力ぐらいしかなかったはずなのに今の彼はどこか身体つきがしっかりしているように見える。
ずっと何かを考え込んでいるその姿、顔付きは昔見ていたものとあまりにも違い過ぎる。
(光ちゃん……)
話したいことがあった。
伝えたいこともあった。
その手に触れて、その体を抱きしめたかった。
だが、感じてしまった距離感がそれを拒否している。
2人が昔のように話し合うにはあまりにも時間が経ち過ぎた、ということをナナカが悟るのにそう長い時は必要ではなかった。
間違いなく、ライトは自分が精一杯手を伸ばしても届かないどこか遠くに行ってしまった。
そう、ナナカは確信し、スカート風のショートパンツをキュッと握りながら唇を噛み締めた。
◇◇◇
「ーーほう、それで?」
「そしたらあいつはこう言ったんだ『俺がこの街を救う!』ってな、そのあと剣からズバーンって光を吹っ飛ばしたんだよ」
ウィンリィは酒が入ったこと、タジェルの料理と今日の戦闘の反動からか舞い上がった様子で他の冒険者たちと話をしていた。
話している内容は南副都サージの白い怪物の話だが、吟遊詩人を思わせるほどの誇張をされている。
「剣からの光ってあれか! あのバハムート? とかを倒したあれ!」
「そうそう!」
「あ、俺知り合いの商人から聞いたぞ!
なんかこうすっげぇ光が空に伸びたって」
「俺もだ。
光の柱だか波だかが怪物を飲み込んだって!」
ライトが持て囃されウィンリィも心地よいのか、旅人たちが口々に言ったそれに対し、嬉しそうに頷いた。
「ああ! まごうこと無き、アイツが出したもんだ」
話が盛り上がるそんな喧騒を少し離れた場所でデフェットは見ていた。
奴隷もこの祭りに参加していいと言われたため、ここにはいるが、正直なところ物怖じしてしまう。
ガーンズリンドは比較的奴隷に関しては気にしていないようだが、それは相手が思うことだ。
自分はそうではない。
手首の奴隷の印がまざまざと現実を見せてくるため、己の地位を気にするなと言われても忘れることなどできない。
(とはいえ、そろそろ止めなければ彼女の口からどんなことが出るかもわからんな)
あれだけのことをやらかしているライトだが、デフェットにはどうにも目立ちたがっているようには見えない。
そろそろ止めなければ普通の話もヒレが付いて大変な噂になるかもしれない。
「えっと、確かデフェット、だったかな?」
そう思いウィンリィに声をかけようとしたデフェットへと声をかけたのはワイハントだった。
なぜ彼が、と疑問符を浮かべながら深々とお辞儀をしてそれに答える。
「はい、その通りでございます。パブロット様」
「そう固くならないでくれよ」
「いえ、そういうわけにも参りません。ここには周りの目もありますゆえ……」
「む、そう言われてはしかたあるまい。楽しんでいるかい? この祭り」
ますますパブロットの意図を読めなくなったデフェットはその表情を曇らせた。
彼の質問の意味は分からずとも、ライトの奴隷という立場的に何も答えないわけにはいかない。
「楽しんでおります。良き祭りかと……」
「にしては……いや、やめておこう。
今回の功労者の1人に気苦労を強いるのは私も望まない」
そう言い先ほどまではどこか柔らかい雰囲気だったが、一瞬でその表情をガラリと変えた。
ライトと話しているときに時々見た商人の顔。
相手の全てを見抜かんとする目を向けたまま彼は続ける。
「これはライト君の友人としての助言として伝えてくれ。
貴族や騎士連中が勇者派とライト派に分かれている」
「どう、いうことかお聞きしてもよろしいでしょうか?」
驚愕の表情を一瞬だけ浮かべたデフェットの問いにパブロットはゆっくりとそのことについて話し始めた。
魔王討伐のために王都は外の世界から“勇者”と呼ばれる存在を召喚した。
なんでもその勇者は外の世界からこの世界へと召喚されたらしい。
しかし、彼らは別の世界から現れたその存在を信じられないようだった。
そこで、次に目をつけたのがーー。
「主人殿、ですね?」
「そうだ。彼には南副都サージの件がある。
さらに今回の件もおそらくそこに加味されることだろう」
他の貴族よりも多くの支援で恩を売れば、魔王討伐後もその力を利用できる可能性がある。
そういう考えがある以上、資金的、物資的に両方を支援することはほぼ不可能だ。
そのため、苦労して連れてきた勇者とこの世界の住人だと思われているライト。
そのどちらに付くかを彼らは決めあぐねているのだ。
勇者が世界を旅することになったのは言い換えれば、その決着が付くまでの時間稼ぎのためだ。
それらを聞き終え、出かけた言葉をデフェットは奥歯を噛みしめる事で抑え込む。
しかし、その言葉をワイハントは予測し、彼女が口にできなかったそれを臆面なく告げた。
「何を身勝手な、そう思うだろう?
はははっ、私もだよ」
あまりにも身勝手すぎる。
勝手に召喚しておいて「信用できない」と言い捨て去ろうとすることも。
魔王を倒したとして、その英雄を政争の道具にしようとすることも。
そうやってしている間にもどれほどの者が死に、飢えて、住む場所を奪われているのかを考えれば憤りもする。
「ともかく、だ。
君たちは不本意だろうが、その派閥争いに巻き込まれている。
何かしら強攻策に出る可能性も考えられる。
警戒しておいてくれ、と」
(強攻策……ッ!? そうか、顔のない暗殺者は!)
デフェットがそのことを口走ろうとしたところで己の名を呼ぶ声が耳に届いた。
「デフェット!」
「ミーツェ殿?」
ミーツェはウィンリィを背負いながら続けて言葉を投げる。
「すぐに家に戻ってください。少々問題が起こりました」
デフェットは派閥争いの話を聞いたばかり、しかも、顔のない暗殺者という事態もあった。
とても冷静なままではいられないし、じっとしていられるわけがない。
「ッ!? わかった。すぐに!」
血相を変えてそう答えるとクラフェットⅡを唱えて家へと走り向かった。
「ワイハント様、ライト様より伝言です。
話をしたいため、空いている日にちがわかれば教えて欲しい、と」
「開いている日、たしか……いや、あとで教えよう。何があったかは知らんが急いで向かうといい」
「はい。お気遣いありがとうございます。
では、失礼いたします」
ミーツェはまくしたてるように言い切ると話し込んでいたウィンリィを脇に抱えてデフェットの後を追い、その場から離れた。
あっという間に走り去った彼女らを見て心の中に嫌な予感が広がるのをパブロットは感じていた。