タジェル祭・終結
ガーンズリンドの浜辺を覆った白い光は街の外にいたナナカたちにも見えていた。
ナナカの譲歩案としてもしもに備えて街の外で待機していたため、彼女たちは詳しい状況を知らない。
その光の原因がなんなのか分からず、ナナカが問いかけるように呟く。
「さっきのって?」
「わ、わかりません」
全員が全員、困惑と驚愕の表情を浮かべている。
その光が収まる頃には、先ほどまで沖にいた巨大な生物が消え、代わりに橙色の柱が空高くに登っていた。
「ん〜?なにがあったか見に行く〜?」
「いや、まだ何があるかもわからない状況です。下手に動いてなにかあれば––––」
黒フードを纏いった少女が間延びした声を遮り、全てを言い切る寸前のことだった。
「私は行く!」
ナナカは言うと三人の制止の言葉も振り切りガーンズリンドへと駆け出した。
「あら〜、行動力あるわね〜」
「少し意外です。最初は怯えていたのに」
「呑気なことを言ってる場合か!追うぞ。
彼女に何かあれば我らの責にもなるのだぞ!」
フードの女性たちはいまだにどこか呑気で他人事のようだったが、騎士の女性は明らかに憤りが浮かんでいる。
そうして、騎士の女性を先頭にフードを被った女性たちもナナカを追い、ガーンズリンドへと走り出した。
◇◇◇
一方、ライトがゲイ・ボルグで文字通り飛び立ったガーンズリンドの浜辺は白い光に包まれた。
反射的に目を瞑り、腕でそれを覆いながらウィンリィが叫びをあげる。
「な、なんだ。なにが!!?」
その光から遅れること数秒「ドォォンッ!」という何かが爆発する音と強風が彼女たちを襲った。
耳をつんざくような大きさの音に歯を食いしばり、奥歯を噛み締めて力を込めなければ吹き飛ばされそうな風。
果たしてそれが落ち着いたのは数秒間だけだったのか数分間続いたのか。
ともかく、光と風、音が落ち着いたのを体で感じるとゆっくりと目を開いた。
海の水が雨のように降り注いで服を濡らし、吹き飛ばされた砂が口の中に入ったようでジャリジャリする。
しかし、彼らはそれを気にする様子もなく、その光景を見ていた。
まだ海の水は雨のように降り続き、空には虹を作っている。
確かに綺麗だが、それよりも目を奪ったのは光の柱。
バハムートは跡形もなく消え、代わりに太陽の柱、とでも形容すればいいのか。
橙色の光を放つ柱が空に大穴でも開けるかのように高く伸びていた。
「……な、んですか?あれは」
今まで見たことも聞いたこともないミーツェの困惑の声にデフェットが意識を戻し、声を漏らす。
「わ、わからない。だが、あの柱……似ている」
ウィンリィとデフェットはその光の柱を見たことがある。
シリアルキラーを倒す時にライトが持っていた剣から伸びた光の柱だった。
あの時は放つ前に出ていたが今回は違うらしい。
だが、そんなことは今はどうでもいい。
「と、いうことはあの光はライト様が?」
「おそらく……ん?あれは!!」
デフェットが指で示した場所は空だった。
何かがキラキラと光と反射している。
それは二本の剣。
そして、その近くには先ほどの一撃で吹き飛ばされたのだろう人影があった。
間違いなく、それはライトだ。
気を失っているのか力なく、地面へと向かっている。
「受け止めます!」
このままでは怪我では済まない。そう悟るのと同時、ミーツェは彼が落ちてくるであろう場所へと走り出した。
(これなら余裕で間に合う!)
そのミーツェの後を追おうとしたところで、人混みの中からボウガンの様なもを構えているのをデフェットは見た。
その者へと走るが人混みがある分遅れる。
デフェットはすぐさま声を上げた。
「ッ!?ミーツェ殿!後ろだ!!」
その声と杭が放たれた音をほぼ同時にその方向を向き、短剣で弾く。
「くっ!こんな!」
「まずい!!」
その対応のせいでデフェットとミーツェ“では”もうライトを受け止めるのは間に合わない。
自分の警戒のなさをミーツェが、己の行動の遅さをデフェットが悔やみ奥歯を噛み締めた時だった。
いつの間にそこにいたのか、ライトが落ちてくるであろう場所へと向かうウィンリィがあった。
彼女はスライディングで砂を巻き上げながらライトを受け止める。
ドスン!と重い音を響かせ、さらに砂煙が舞った。
「いっ……つぅ!」
「ウィンリィ様!」
「ウィン殿!」
悲痛の声を漏らすウィンリィへとミーツェとデフェットが声をかけながら駆け寄る。
「だ、大丈夫。私は、大丈夫だ。少し痛いけど……」
はは、と力少なげに笑い、少し心配したが、ウィンリィは本当に大きな怪我はしていないようだ。
それにひとまず胸を撫で下ろし、ライトへと視線を下ろす。
「うっ……ウィン?」
そこで目を覚ましたライトがウィンリィの名前を呼んだ。
「お、れ?やった?」
「ああ、やったよ。お前はバハムートを倒した。
ちゃんと約束も果たした。まさか、飛んで帰ってくるとは思わなかったけどな」
「ははっ、悪い」
ライトは首をゆっくりと海の方へと向ける。
そこには虹色の橋が空にかかり、それを彩るかのように海水が降り続け、それが光を反射してキラキラと輝いていた。
どこか満足気にその光景を見ると小さく息を漏らし、呟く。
「少し、疲れた……」
「ああ、わかった。何かあれば起こすからゆっくり寝てろ」
「……ありがとう、ウィン」
少し笑みを浮かべてライトは目を閉じた。
すぅ、すぅと一定の間隔を繰り返す呼吸がすぐに響き始める。
ウィンリィは彼の頭を優しく撫で、抱え上げた。
少し体が痛むがある程度は歩ける。
「ミーツェ、デフェ。こいつを家に運ぶぞ。悪いけど、手伝ってくれ」
「わかりました」
「ああ、任せてくれ」
彼女たちが歩き出し、その場を去る頃に大きく歓声が上がった。
英雄だ。やりやがった。という勝算の声。
あいつは誰だ。どこの人間だ。という疑問の声。
そんな声たちが上がる中、ウィンリィが抱える少年を人垣の中からナナカは見ていた。
「ナナカ様!勝手に動かれては……。
ん?どうか?」
ナナカに追いついた騎士の女性は彼女の顔が驚愕と疑いの表情を浮かべているのに気がつく。
この雰囲気に押されているのではない。
巨大な化け物であるバハムートが消えたことでもない。
ただ、目の前のことが信じられないという顔を浮かべていた。
「あれって……光、ちゃん?」
ナナカはそう小さく呟いた。