剣を取る恐怖
二人の微笑ましくも思うその姿を見て、咳払いを一つしてバウラーは話を切り出した。
「さて、私が話したかった事は次の作戦についてだ」
「決まっていたのか……」
バウラーは頷くと表情を引き締め説明を始めた。
「我々は防衛部隊、予備部隊を含めた全部隊で攻勢に出る。
これは確実に奴等を潰すためだ。
だが、正面からぶつかるだけでは恐らく我々は負ける」
「だろうな。攻撃部隊と支援部隊でも数はほとんど減っていなかったように見えたし……」
ウィンリィは先ほどの戦闘を思い出す。
かなりの数を倒した手応えがあるが、ゴブリンやオークの数が減っている感じはあまりしなかった。
「あとどれくらい、いそうなんだ?」
「そうだな……推定、500」
バウラーが言った言葉に二人は耳を疑った。
500とは通常時の約十倍ほどの数だ。
ウィンリィはともかく、ライトですらその数は異常なことだとわかった。
「なっ!!?」
「そ、そんなに!?」
「いや、あくまでも推定だ。実際の数は不明と思ってもらっていい」
どちらにせよ。数が相当多いことは変わらない。
ウィンリィは言葉を失っていたが、しばらくして浮かんだ疑問を口にしていた。
「……それで私たちに何をしろと?」
圧倒的な戦力差があるなか自分とライトに何をさせたいのか。
そんなウィンリィの疑問はもっともだ。
バウラーは一瞬、申し訳なさそうな表情をしたが、それをすぐに消すと表情を引き締め、説明を始めた。
まず、部隊を四つに分ける。
真正面からゴブリン、オークを受け止める近接戦闘を主とする部隊を第一部隊。その後方に第二部隊。
その左右に魔術や弓師で構成された部隊を展開し、それぞれを第三、四部隊とする。
左右に展開している第二、第三部隊でゴブリン、オーク集団を分断、再び集合されるのを防ぐ足止めも行う。
その後、真正面に第一部隊で分断された集団を狩る。
一定数を減らしたいタイミングで第一部隊と第二部隊が入れ替わり、左右に展開している第三、四部隊が再び分断を行う。
あとはその繰り返しだ。
「そのようにして大多数のゴブリンとオークを引き付ける。
その間に君達二人には拠点である洞窟に侵入してオーガを倒してもらいたい」
突拍子もないことを告げられた二人はしばらく言葉を失い唖然としていた。
先に口を開いたのはウィンリィだった。
「……ほ、本気か?
あの洞窟にはどんな細工があるか分からないんだぞ?そんな場所に」
「十分承知している。だが、他に方法はない。
指揮しているオーガは確実にあの洞窟にいる。指揮を乱すには指揮官を倒す方が早い」
ウィンリィは一瞬、言い淀んだがライトの腰のそれを見て切り返した。
「い、今のライトには武器がない。
魔術だって長く使えるわけじゃないんだぞ」
魔術はマナを吸収しそれを魔力に変えて使うため、使用上限というものはない。
だが、使用するたびに集中しなければならないために精神力を激しく消耗する。
そのため、長時間使用すると命中率と威力が下がり、結果的に意味のない攻撃になってしまう。
それは魔法を使わない者でも知っているこの世界の常識だ。
「それに––––」
反論を続けようとするウィンリィをライトは肩に手を置いて首を振り止める。
「ラ、ライト……?」
「もういいよ。ウィン。バウラーの判断は正しい。それに武器なら持ってるから大丈夫だ」
ライトはバウラーの方を向いて頭を下げると言った。
「ありがとう」
バウラーはライトのすべてを悟ったその言葉に一瞬目を見開き「すまない」と頭を下げた。
◇◇◇
二人がテントを出て呼ばれる前にいた場所に戻った。
瞬間、ウィンリィはライトの胸ぐらを掴み言い寄る。
「なんでだよ!!ライト!あんなの––––」
ウィンリィの胸ぐらを掴む手は震えていた。恐怖ではなく、強い怒りによって。
「お、落ち着けウィン。バウラーは、俺を守ろうとしたんだ」
ライトの言葉に冷静さを少し取り戻したウィンリィは胸ぐらを掴む手の力を緩める。
「……どいうことだ」
「俺は暴走してウィンを殺そうとしたんだぞ?
もしかしたらまたなるかもしれない。そんな奴と一緒に戦いたくはないだろう?」
(それに、バウラーはああ言ってくれたが、四人が死んだのは俺にも原因はある。
それを恨む者がいるかもしれない)
バウラーはそこまで予想したからライトに頼んだのだろう。
敵は数が多い。対抗するには綿密な連携をする他ない。
だが、ライトのような者がいたら……。
考えすぎにも思えるがそれだけで連携が崩れるかもしれない。
バウラーの判断はできる限り不安要素を除いた結果に出たものだった。
そして、二人だけを呼んだことから、このことを知るのはほとんどいないだろう。
あくまでも正面からの迎撃がメインのはず。
言い方を変えればライトたちは体のいい厄介払いをしているのだ。
ウィンリィの怒りはそこまで気が付いたからこそ出てきたものだろうことはライトでもわかる。
しかし、ライトは胸ぐらを掴んでいるウィンリィの手を優しく握ると自分の胸ぐらからゆっくりと手を離した。
離した手を今度は両手で優しく包み、その目を見つめる。
「ウィンは、来なくてもいい。いや、来ないでくれ」
耳に届いた言葉が予想外でウィンリィは言葉を失っていた。
だが、その言葉をゆっくりと噛み砕き終えると反論する。
「は、はぁ?なに言ってんだよ。そんなのただ死にに行くようなものじゃねぇか!」
「でも!もしかしたら俺はまた暴走してウィンを殺すかもしれない。
頼む。俺のために一緒に来ないでくれ」
真剣な表情のライト。
ウィンリィはしばらくその顔を見つめ思考すると頭を横に振った。
「……やっぱりダメだ。
だったら尚更、誰かが付いていく必要がある。私も行く」
「……ウィン」
「さっきも言ったろ?私はお前に負けないって。安心しろ。
もしもの時は私がまた止めるさ」
ウィンリィは迷うことなく、軽い口調でそう言った。
特別なにかに迷うことなく、ただいつも通りに接してくる彼女はライトにとってかなりありがたい存在だった。
「ああ、頼む」
それでこの会話は終わった。
二人は暗にそれを察し気持ちを入れ替える。
ウィンリィは目まぐるしく変わる状況に自分を落ち着かせるように大きく深呼吸。
そして、気になっていたことをライトに聞いた。
「それで武器ってどこにあるんだ?」
ライトの周りを見るが武器になりそうなものはない。らしいのは腰あたりになる小袋ぐらいだ。
ウィンリィの問いにライトは答えながらマントの中に手を入れて二本の刀を取り出す。
「それならここにある、け、ど……」
ウィンリィはその光景を目を見開いて無言で見入っていた。
急に言葉なくそうしているウィンリィにライトは首をかしげる。
「どうし––––」
ライトが全て言い切る前にウィンリィはライトの両肩を掴み前後に激しく揺さぶりながら言い迫った。
「ちょっ、ちょっと待て!なんださっきの!
どっから出したんだ?なぁ!?」
ライトは揺さぶられながらもなんとか言葉を紡ぐ。
「い、いや、これはエクステッドで……って言うから揺らすの止めてくれ。た、頼む」
「あ、ああ。悪い」
ウィンリィはなんとか平静を取り戻しライトの両肩から手を離す。
「このマントは無限収納が出来るんだよ。
収納できる物はマントに覆える物で生物以外だけど」
ライトはマントを軽く広げる。
見た目は何の変哲もない普通のマントだ。それをウィンリィは目を輝かせながら見ていた。
「す、すごい。そんな物があったのか?」
「ああ、まぁな。にしても、なんでバウラーは俺がまだ武器を持ってることを知ってたんだろう?
誰にも言った覚えはないんだが」
ライトは言いながら腰の空の鞘をマントの中に放り込み二本の刀をベルトの左右に挿す。
それから鞘からそれぞれ刀を取り出し、手応えを確かめるように軽く振る
「それにしても随分と変わった形だな。
普通の剣にしては細身だし、かと言ってレイピアにしては薄い。
色も変わってるし、なんだそれ」
「ああ、これはロスト・エクストラで––––」
またライトが言い切る前にウィンリィは再びライトの両肩を掴み前後に激しく揺さぶりながら言い迫る。
「はぁ!?なんでそんなものを二つも持ってるんだよ!
そのマントもエクステッドだし!!お前本当に何者だよ!!」
ライトは再び激しく揺さぶられるなか言葉を紡ぐ。
「わ、分かった。す、少し、説明するから。と、止めてくれ。き、気持ち悪い……」
「あっ!?悪い」
ウィンリィはライトの言葉で再び平静を取り戻し両肩から手を離す。
ライトは軽く揺れる頭を抑え、落ち着くと軽く説明を始めた。
「これは武器屋の店主に貰ったんだよ。場所を取るから邪魔だって」
ライトが持つ二本の剣、確かに武器屋で見たような気がする。そんなことを朧げに思い出しながら呟く。
「ああ、そう言えばあったな。私に合わなかったから無視してた。
でも、なんでそれを最初から使わなかったんだ?」
ライトは二本の黒と白の刀に視線を落とす。
「あんまり目立ちたくなかったんだよ。ロストの二つ持ちなんていないだろ?
それに、これが原因でトラブルになるかもしれないし」
あまり使いたくはないが、ここが使いどきというものだろうことは嫌でもわかる。
「なるほどな」
最後に軽く振ると二本の刀を鞘に戻した。
「さてと、準備は終わったし後は作戦が開始されるまで待機か。退屈だな」
ライトは木に体重を預けながらどこか他人事のように言う。それは明らかなライトの強がりだった。
「……大丈夫か?」
ウィンリィの見透かすような言葉にライトは苦笑いを浮かべた。
「……大丈夫じゃないよ、全然。……見ろよ」
ライトは言いながら自分の両手をウィンリィに見せる。
「ライト……」
その両手は誰が見てもわかるほど小刻みに震えていた。
「怖いよ。
まだ、あの男性の2人の声が頭から離れない。別のことを考えて紛らわせようとしても浮かんでくるんだ。
次は俺がああなるかもしれないと思うと。俺は––––」
ウィンリィは静かにライトの体を抱きしめ、安心させるように頭を優しく撫でる。
「大丈夫。大丈夫さ。お前は強くなれるんだろ?
だったらこんなところじゃ死なない。そもそも私が死なせない」
「……ウィン」
ライトは目を閉じウィンリィを抱きしめ返す。
「ありがとう」
「ああ」
そんな二人を周囲は優しく、ただ静かに見つめ続けた。
◇◇◇
それから数十分後のこと。
「それでは、作戦を開始する!!全員、行動開始!!ここで、奴らを食い尽くす!!」
バウラーの声とともに二回目の攻撃は始まった。