タジェル祭・攻勢
バハムートが巨大な光を放ち、ガーンズリンドの防壁、小山を大きく抉ったその時、街の外には女性四人のグループがいた。
それは王都セントリアから旅に出た勇者であるナナカが率いるグループだ。
「な、何、あれ……」
異世界から勇者として召喚されたナナカはその光景を見て反射的にそう呟いていた。
この世界に来て約三ヶ月経つが、あのようなものは一度も見たことがない。
「わかりません」
付き人の軽装の甲冑を着た女性が答えた。
それに続くように黒いローブを着ている大人っぽい女性がその雰囲気通りの間延びした声が上がる。
「もしかして〜、あれかしら〜?」
そして、もう一人白いローブに身を包んだ小柄な少女が言わんとしたことを察して口を開いた。
「南副都の一件ですか……」
「そうそう〜それ〜」
ナナカは焦ったような表情を浮かべているが、他の者たちは我関せずという態度でどこか他人事のようにしている。
「な、なんでみんなそんな呑気なの!?」
声を上げるのと同時に僅かに地面が揺れたような気がした。
視線を海岸へと向けるとそこには巨大な生物が見えた。
大きな口と光を反射する鱗のようなものが彼女たちからでもはっきりと確認できる。
ナナカでも直感でわかった。
あれはまともに対処などできない。できるわけがない。
あれはもはや例えるのならば災害。
地震や嵐、津波のようなものだ。
見た目上は生物のように見えるが、生物などとは一線引かれている存在だ。
「みんな!行くよ!」
冷や汗を浮かべ、焦りを露わにするナナカへと冷静に言葉が向けられる。
「行く、とはどこに?」
「決まってるでしょ!アレを倒すんだよ!
私なら倒せる。勇者の私とエクスカリバーなら!」
「やめた方がいいわよ〜」
「そうです。あのような場所でその力は使うべきではありません」
あくまでも彼女らは冷静だった。
冷たく感じるが、彼女らはあくまでも冷静に事を見ている。
「ナナカ。あなたはその力をむやみに振るいたいのですか?」
「それは、違う、けど……」
「では、なぜ?」
「そ、そんなの!あそこに住んでる人を守るためだよ!
勇者って人を守る存在なんでしょ!?
なら––––」
「ならば尚のこと行くわけには参りません」
エクスカリバー。王都から託された強力な剣だ。
全力でその一撃を放てば、あの巨大な生物を倒すことなど容易。
しかし、それ故に扱いは慎重に行わなければならないのは当然のこと。
「それに、我々は正義ではありません。悪でもありません。
ただ、“人間全体”を守るための盾であり、剣なのです」
「全体なら、なおさら!」
「いいえ、アレは一部です。救えないモノです」
騎士の女性は言っている。
選別しろ、と。
我々が戦うのは“全人類”のためであり、あのような一部のモノではない。
ナナカは奥歯を噛み締めて拳を握りしめた。
(なんで……私は!)
あの時とは違う。
何もなかったあの世界とは違う。
大切な者を失うしかなかった自分でもない。
なのに、今苦しむ者を救うことはできない。
「光、ちゃん……!」
縋るように、ナナカはその名前を絞り出していた。
◇◇◇
「––––ガラディーン!」
「––––ゲイ・ボルグ!」
ライトの手には太陽のように光り輝く黄金の剣が、デフェットの手には赤に黒いラインの入った長槍が現れた。
作戦の準備をしていると男性の声がかけられた。
「ライト君」
「え?わ、ワイハントさん!?なんでここに!!」
その声の主はパブロット。
彼は住民の避難誘導の指揮をしていたはずだ。
しかし、今たしかに目の前にいる。
その後ろにいる紐の束を持ったミーツェが仕方なさそうな顔をしているあたり、半ば無理矢理来てしまったのだろう。
「いや、なに。君がなかなか面白いことをやるようなので見に来たのだ」
「そんな簡単に……あなたが死ねば商会はどうなるんですか!?」
「はっはっはっ、なぁに君の作戦が失敗すれば私たちはどうせ死ぬ。
どこで死ぬかぐらいは己で選んでも構わんだろう?」
ぐっ、とライトは言葉を飲む。
たしかにこれから行う行動が失敗すれば、遅かれ早かれこの街は破壊されるだろう。
ならば最後に悔いがないように、という思いはわかる。
かといって、わざわざこのような場所にまで来る必要はない。
だが、それを言ったところで彼が聞かないのはなんとなくわかった。
頭を抱えるライトへとパブロットはふっと表情を優しげなものへと変えた。
「さて、君の要求したもの。シルバーナーヴはたしかに用意した」
目配せでミーツェに合図。
それに従い、彼女は手に持っていた紐をライトたちに差し出す。
「ライト様、ウィンリィ様。こちらでよろしいでしょうか?」
ライトがそれを受け取り、感触を確かめながらガラディーンへと言葉を投げる。
(どうだ?いけそうか?)
『『これならたぶんいけると思う。少なくとも不可能ではない』』
(今はそれで十分だ)
その答えを聞き、デフェットへと差し出しながら問いかける。
「……デフェ、どうだ?」
「……これならゲイ・ボルグに“結べる”、と思います。ぶっつけ本番ですが」
「大丈夫。俺もだ」
ライトは答えるとすぐに少し前のことを頭に浮かべた。
時間を取れば打撃力がなくなり、打撃力を取れば時間が足りない。
かと言って周りを無視すれば衝撃でどうなるか分かったものではない。
最適解は速攻で近付き、一撃で叩く。
不可能と思われたそれを可能にするウィンリィの作戦。
しかし、それはかなり奇抜のものだった。
まず、ゲイ・ボルグとライトを魔力で操作できるシルバーナーヴで繋ぐ。
次に、デフェットがそれをバハムートへと向けて投擲、当然繋がれたライトもそれに引っ張られる。
最後に、ゲイ・ボルガがバハムートに近付いたところでライトはシルバーナーヴを解き、バハムートに接触。
ゼロ距離でガラディーン・リヒターを放つ。衝撃は上へと流すため、津波などの心配もほぼないはずだ。
当然なことだが、二人ともしたことのないことであるため、成功率は高くはない。
だが、街の被害を可能な限り減らし、現状で確実に叩ける方法はこれしかない。
幸いなことにシリアルキラーの時とは違い、ライトにはまだ幾分かの余裕がある。
ガラディーン曰く、マーシャルエンチャントとシルバーナーヴの操作程度であればガラディーン・リヒターを使うのに支障はない。
「ライト様、デフェット結びました。異常はありますか?」
ライトがシルバーナーヴへと魔力を流す。
ふわっとした白の光が生まれただけで外れたり、千切れたりするという様子はない。
デフェットの方も特に異常は感じられないらしく、一度頷いた。
「大丈夫。いけそうだ」
少ない手札の中で策も講じた。
敵は強大だが、そこに存在しているのならば命があり、弱点があり、倒すことができる。
未だ歩みを止めないバハムートへと彼らは視線を向けた。




